トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

泥水池2の植生調整

2024-06-19 | 水辺環境の保全

 泥水池2の植生調整を実施した。春先にもカサスゲ抜去は行ったもののミソハギが繁殖し過ぎて水面面積が半減してしまい、こうなると大事なミソハギとは言え抜去調整が必要だ。水域内のミソハギはほぼ繁殖するがままに放任してきたもののさすがに水面面積が半減、となると許容は出来ない。

 その上、抜き取りされないミソハギの株の中にヨバイクサが侵入して発生源ともなり、除草困難を更に強化してしまう環境になっている。抜去したミソハギは廃棄せず、カサスゲの抜去が済んだ泥水池4の水際に移植する。現状では周囲の樹木が枝を広げ日当たり不良になった泥水池4であるけれど日照を遮る大元のクワの樹とクルミを伐採する予定でもあるからヒョロヒョロにはならないはずである。水域内の大株をほとんどを抜去した結果はすっきりした空間が出来た。これで泥浚いまで整えられれば夏鳥の塒に相応しくもなり飛び立つときの障害樹も消える。


沼転び夜起き、姥捨て山は今日も雨だった…

2024-06-18 | 今日は真面目に

 リフォームばかりでは孤爺の沽券にかかわるが金券にはご縁も無く、あるとすれば誤飲であって気をつけなくっちゃ。それでもここは姥捨て山の孤爺でもお針子としても抜群の技量を示しておくことが大昔の大和男の心意気でもある。まあ、遠からず鬼の勢子たちに針山に追い立てられるご縁は承知だから現世では針山の予行演習は必須である。その予行演習は待ち針を指先に刺し続けて行ってみた。短期記憶が働かないので針先をひっかけるしチクチク挿してしまうし、今からこんなでは閻魔大王様はさぞ手ぐすねを引いてまってござるのだろう。

 さて、サイズは140と150のハーフパンツだ。世代としてはパンツは下着でこう言う物はズボンがしっくりくるのだが強い世間には巻かれるのが姥捨て山の孤老、その上に低年金高年齢の若輩者としては臍を噛んで倣うのが定めである。「可愛い孫には伽羅着せろ」との先人の金言に添ってキャラクター生地を用意して縫製してみた。

 どうだ!、大変立派な出来上がりとなったが喜んでくれるかどうかは心もとないしサイズが合うかどうかも全くの未知数で、女児用はともかく男児用は少年期ともなれば「着たくない!」デザイン・色調のエッ!品になっているやも知れず、まあ、とにかく出たとこ勝負の風任せ、相手任せだ。だれが何と思おうとこの歳になって今更、路線変更など出来んわい。唯我独損・爺我自賛路線で何が悪い!。話は変るが何と隠れた才能に溢れていたのかと今更ながら気が付いたのだが時期もう遅し、磁気粒を貼り付けたところで肩の疼痛は収まらず遂に指先ばかりではなく肩から後頭部に掛け鍼を打つ羽目になった。それも回数券でである。沽券を満たすより金券が欲しいけど金権は既に枯れた!。


今日のトンボ「マユタテアカネ出た!コシアキトンボ初テネラル‼」

2024-06-17 | 小父のお隣さん

 もう!悔しい悔しい。マユタテアカネの初見、コシアキトンボの恐らく初発生体を至近で撮影できる機会が十二分だったのにぃー。またしても「マーフイの法則」に見舞われたのであった。ホント、大事な時に限って必要な事が出来ない事態に遭遇してしまう。

 朝、自宅を出て直ぐにスマホもカメラも携行していないことに気が付き、一旦は「戻ろうか、どうしょうか…」と思ったのだがUターンするのが面倒で威之志士様に倣ってしまった結果であって、全ては孤爺の至らなさのなす故である。

 マユタテアカネは通常種だし体格もやや小ぶりで額の眉斑文様の確認は出来なかったけれど、孤爺でも間違えない種になった、と言えるかも。コシアキトンボはまだテネラル状態で成熟体の発色こそ無かったものの腰回りの色抜け部分に黒い糸筋も見えたので一瞬は「オオシオカラ⁉」と思いつつ自宅で図鑑対照して間違いないだろうと納得した。それにつけてもおやつはカール、も無い。もう散々・・・。


泥水池4、5の植生調整

2024-06-17 | 水辺環境の保全

 泥浚いのつもりで入ったのだがカサスゲの繁茂が著しくてトンボの飛翔空間を狭めているのでカサスゲ抜去に変更したのだが、泥水池5の抜去を終え4の作業に入りながら堤のコブシの枝が邪魔になってきた。頭に当たる高さまで下がっており、カサスゲを法面まで投げるのに邪魔になるのだった。その上、奥の方への見通しを妨げる格好になってしまい、これでは威之志士様の跋扈蹂躙・お休み処の保証になりかねないのであった。そこで邪魔な下枝の切除をおこなったのだが切除する位置関係が悪くて切り落とす際に左人差し指に鋸刃を当ててしまい出血。これで数日は泥水に浸る作業は出来なくなって切除を終えて撤退。

 三日後に再開、傷口にはテープを張っているが泥水に浸しても安心レベルになった。泥水池4のカサスゲは水面面積の1/3を占めるまでに繁茂して来たので、これはこのまま夏を越えさせれない。放置すれば加速度的に増殖し、この程度の水域を埋め尽くしてしまうのだ。そうなると産卵環境は零に等しくなる。四本鍬を効果的に使い根茎ごと抜き取って泥付きのまま堤の法面へ放り投げる。付いている泥土は法面の太りに少しは寄与するのだが、植物体は威之志士様の跋扈蹂躙を呼び込むのに大いに寄与してくれるワイ。


実用新案「甲草鞋」であーる!、で出歩くフイールド

2024-06-16 | 今日は真面目に

 今時「草鞋」なんて用語を使うのでは「お歳が知れる!」事に相違ないけれど「草履」では装着方法から違和感があって草鞋にしたのだ。履物は足裏に装着する品物であるけれど、これは足裏でなく甲に装着する。何故、このような品を用意したかと言うと「長靴の装着感の悪さ」が原因起因なのだ。作業に長靴を使用する時間は長いので装着感、主にフイット性なのだけれど靴下の重ね履きをすると親指が痛くなるし何もしないと足が長靴内で動くので不快極まりなかった。いつも通り夜間の小用を済ませ「もうひと眠り」と言う処で点存降臨したのだった。そうなると「ああする⁉こうする⁉」と何時もの無限ループに導かれて、ややもすれば虚無の無限世界に導かれる結果もあったかもしれない。それほど大切な睡眠を削って実態を伴わせた一品なのである。

 「あるもので間に合わせる」と言う低年金高齢者の実情から写真のようになってはいるが商品化の暁には長方形でなく三角お握り型が、よりフイット感が増し快適な長靴装着が出来るだろう。親指に掛けるだけでも用は足りるものの足を引き出す際にぶら下がって面倒だった。土踏まず周りに帯ゴムで固定してみたけれど抜く時に外れやすい。やはり足首に掛けないと面倒さが増えるだけだった。親指への掛け紐は試作では角に縫い付けなのだが左右があると装着の時に面倒で、気にせず装着できるには対称形がベストだった。これを長靴を履く日に用いたらその快適性には目を瞠るものがあった。これに近い感覚は昔々三月末で定年退職した翌四月一日の目覚め、生涯で初めての解放感を味わった時に等しい。まあ、今回は解放感ではなく装着感であったけれど快適感は同一だ。

 これを商品化すれば世の長靴愛好諸氏の面々、随喜の涙を流して「有難う‼」と言うだろうし、製作販売するメーカーも業績が長靴のように立ち上がるはずで考案者の小生も豪華客船世界一周クルーズで漫遊できるはずだ。そうなればなったで自転車操業・水商売から抜け出る事が出来る。昔から言う「三方優良尊」とはこの事であって、つまりは共悦至極である。

 さて、冒頭の仕様でしばらく使ってみたのだが装着感は満足が行っても着脱が伸縮素材で無いので煩わしい。そこで丸ゴムを使ってみたらゴム通しだけで寸時の間に完成する。最初の時もゴム仕様を考えてはいたけれど「安易すぎるか…」と手数を掛けてしまったのである。足首に掛ける側を最初に通して親指に掛けて準備万端五郎次郎。親指掛けの方は小さくしたのだが両側とも同様にしても全く問題ない。早い話、マスクの紐様で構わない。その方が向きを考えず装着できるので合理的かも。さーて、今日もお山が待っているしソーイングもプランがあるしい…。


ミズアオイかも⁉、だと良いけど…

2024-06-15 | 小父のお隣さん

 昨季、ミズアオイの群生が見られるかと少々過保護気味にお世話してみた一画のミズアオイは良く育って開花が楽しみだったけれど花径を出す前にハスモンヨトウが大発生して水面近くまで食害されてしまった。「今期は絶望!」と放り出したのだが半数近くが復活して小型ながら花を着けた株も出たのだが「やれやれ」と思ったのも束の間、眉の間で再度のハスモンヨトウ大発生で全滅し再々復活は叶わなかった。

 だからこそ今期の発芽は皆無だと諦めキアゲハの食草にとセリを投入しておいたのだが、様子見に立ち寄ったところでそれらしい一株があった。このサイズだと小生にはコナギと見分けがつかないのだが期待だけは生じた。「せめて一株だけでも開花して欲しい」と思うけれどオンブバッタやヨトウムシに食い荒らされないためにはネットを被せないといかんのだろうなあ。さーて如何しようかと他愛も無いところで悩む孤爺なのである。

 そんな性向だから若きみぎりより天頂に輝きを増す事が出来たのだろう。「輝き」とはポジテブな印象だけれど「若きベルテルの悩み」多き青春の要因にもなるネガテブさも持っている。「青春の輝き!」小生の場合は「嫌いだ!」に尽きる。とは言え「老春の輝き」はどうかと言えば輝きは頭頂にあるけれど春は無く労旬だけの毎日だわい。さて「見ずアオイ」になるのかどうか・・・。もう希望の少ない労旬であればこそ言霊を信じ「アレ!」で行く、と越後ではそう申しましたとさハイ。エチゴサッテモウシタモウシタ、鍋の底ガーラガラ。

    

 


オオカダナモの抜去

2024-06-14 | 水辺環境の保全

 入域して来る理由は様々だろうが中には怪しからん輩は必ず存在する。盗掘者の存在は何処でも常習常識であるけれど盗掘ではないXmasではあるまいしプレゼントをこっそり置いて行く不届き者も存在する。こういう輩は一桁台であろうが散々苦労す、いいえ散々苦労させられる輩なのである。過去にはウシガエルを放たれ、鳴き声を頼りに確認できただけでも6匹数える事が出来たが雨水だけの三日月池はポンプ排水して防鳥網を泥土に被せ呼吸困難で網に絡まった処を3匹捕獲処理したものの上の池は大きくてこの技が使えない。産卵されたら万事休すと危惧していたけれど冬季にイノシシに喰われたのか翌春には姿を現さずホッとしたのだった。この時ばかりは「ありがたやイノシシ様大明神」と拝みたてまつったのだった。

 さて今回抜去作業する羽目になったオオカナダモも不届き者が投入していった結果だ。例年片手では済まない回数の抜去作業を行っているが発生は続いていて、今期も第一回めの抜去作業である。実のところ昨季の晩秋、水鳥が飛来して抜去を予定していたのに食料としてくれた事で「根こそぎ食べてくれていれば来季の発生は無いだろう」と何時もの正常性バイアスによる切望的観測をしていたものの甘かった。昨季よりも更に出現範囲は広がってしまった。水中の茎は切れやすく直ぐに浮遊拡散するし根はエナメル線みたいに細くて丈夫で、まるで蛸の八ちゃん、イカの十チャンの如くしぶとく泥土にしがみついているのだから茎だけ引いても根は残ってしまう。それがオオカナダモの生存戦略でもあろう。

 そこで貝掘り熊手を泥土に差し込み根株ごとユサユサ揺らし泥土を分離させて根茎を回収する作業となる。今回、回収した植物体を観察すれば挿し芽したように茎の破断面から根を出している株がほとんどなので千切れ沈殿した場所で発根したのはほぼ間違いないだろう。だからこそ丁寧に切断しない様に回収するのだが胴長の脚は膝近くまで泥土の中で、竹の杖を頼りにしても思わず沈寸前までの危ない状態が何回かあった。泥に脚を捕られオットットとなるのは注意をしていても避けにくい。

 堆積が進めば水深が浅くなるのは道理で、その進行に従い魚類は生息し難くなる。そうなるとカワセミの採餌場所としての機能は消失してしまう。既に池の周囲で泥上げして済むレベルではなくなってまあ、永田も霞が堰も汚泥と言うのは堪る一方なのであろうが自浄努力は期待できずオオカナダモみたいなモンが繁殖するには天国であるまいか、あるまだこ。


今日のトンボ「テネラルは更に判らない」

2024-06-13 | 小父のお隣さん

 トンボ池の葦が再成長している。既に1mを越えて来たし、ある意味「抜き頃」なので見回りついでに池に立ち入ったのだが、その刺激で池内の植生の数カ所からイトトンボが飛び立ち近くに止まった。羽化してまだ間もない個体たちで飛翔力も弱いままの止むを得ずの初飛行だろう。まあ、小生が初飛行を押しつけた格好になったのだがさーて、種類は何だ⁉・・・。

 フイールドで観測されたイトトンボ類は今現在飛翔中はクロイトトンボ、キイトトンボ。アサヒナカワトンボ、アジアイトトンボであるが過去1回だけオツネントンボを撮影している。今期の様子はアサヒナカワトンボが激減して数が出ない。環境要因なのかどうか不明だけれどテネラル状態のイトトンボはそれだけで種類の判定が難しくなる。撮影してみても実物を指さしても唯一頼りのS先生も「僕はイトトンボの事は判りません」と言われてしまうのは合点承知の助なのでさーて、このテネラルは何だろう。少ないアサヒナカワトンボだと良いけど。

     

 


孫には衣装、孤爺に意匠・・・

2024-06-13 | 何よりの楽しみ

 執着地獄のルーティーンから脱するのは難しい。もう一人の自分が祝着至極!と満足しないうちは抜けられないのである。とは言えお天気の日中まで熱中する訳にもいかず日中は熱中症に注意しつつカサスゲを抜く事でストレスの解消を図る。他人から見れば「自分で決めている事でしょ!」と他愛も無い事と感じるかも知れないのだがそうは問屋が卸さないソーイング泥沼、業なのであった。

 今回のサイズダウンは長袖のシャツでボタンの位置から女性用である。これをサイズ140にダウンサイズする。紙型は同サイズのシャツの紙型を写して賄った。トレーナー風の生地と言うか風合いなので型紙を当て身頃を切り出すのには工夫と注意が必要だったものの何とかサイズダウンに成功した。しかし慣れないのは当然の初心者であるがゆえの間違いも多くて元の一着を分解するための糸切りだけでなく仕上げた物を修正のために再度の糸切りでばらさなければならない事も多発して、縫う事よりも糸切りに手間暇時間を要しているのが現実だった。今回も右と左の袖を付け間違えて切り離す事になった。まあ、小事は大事と粛々と掛け針とリッパーを使う羽目になる。最近はやりの拡大眼鏡、これは拡大鏡よりも使い勝手が良くてリッパー作業には必須のアイテムになった。

  このシャツは使い込んだシャツなので遊び着か部屋着、パジャマようにしかならないかも…。

 リフォーム前 ➡   リフォーム後 ➡  


温水田の泥浚い

2024-06-12 | 水辺環境の保全

 温水田の沈泥部は既に一回泥浚いを実施していたのだが残りの泥浚いに合わせて軽く浚い水深を合わせておく。今回は棚田部との畔に泥を上げた格好なのだが、ここも御多分に漏れず畔が高くなってきた。高い部分を削り取り平らかにすれば移動も作業も楽になるけれど体力気力に余裕がない。しかし、それを埋め合わせる良案が浮かんだ。温水田の水深を上げるのである。これで冬期環境が大幅に安定するはずで、我ながら良案に思えて来たのだが。現行の堰の高さを上げるだけでは耐久性に問題が出るはずで二段構えの堰にするのがベストなのだろう。まあ、これは材を集めつつボチボチと行えばよい。

 水際から長柄のジョレンで届く範囲をL字形に泥浚いして残りは後日だ。泥浚いが大幅に遅れているので梅雨の盛期までに一通りは浚っておかねば・・・少々焦り気味だけれど1月は極度の腰痛で全休、このところは肩の疼痛で鍼に回数券で通う手太楽ではそうそう馬力は出ない。せいぜい0.1馬力程度かも・・・。ゼイゼイは全開であるけれどまあ、人生は苦痛と苦落で出来ている。写真中央部に倒れ伏している植物はイヌビエだかセイバンモロコシみたいな植物なのだが砂泥や有機物が拡散しないで陸地近くに溜まるように制御するための植生堤防にしたもの。引き抜いてそのまま一列に並べただけだが十分に役目を果たしてくれる。宿根してくれるので来期からは必要量を残すだけで済むし水面下は棲み処に、茎葉は羽化台にと使える。

     


ホトトギスのお里帰り

2024-06-11 | 蝶の食草園

 フイールドではホトトギス、サンコウチョウ、モリアオガエルの鳴き声が喧しい。フイールドで作業を開始した当時、サンコウチョウもホトトギスも鳴き声など聴けなかったのだが今では至近で当たり前のようにさえずっておる。これも樹木が育って林相が好みになってきたためとホトトギスに関しては托卵させる相手、恐らくウグイスと同程度まで数を増やしているリュウキュウサンショウクイの定着繁殖に由るのではないかと妄想している。

 さて、今日のホトトギスは植物なので鳴き声は無い。この苗は春先の頃、林道上に堆積した土砂の片付け作業中に堆積土の中から芽生えた株を拾ってポットに移し肥培した苗なので名実と共に里帰りである。ホトトギスも食草の一画を占めている植物なのだが通路周囲は坊主刈りされ続けてきたために大株が無いのだ。林道上の薄い土砂に芽生えても大きくなれず踏み潰され食草としての役割は果たせない。

 そこで苗を取り肥培して戻すことを続けていたのだが「雑草=坊主刈り」の範疇で処理されるので植生はなかなか育たなかったのが現実だ。里山保全や生物の多様性なんてコピー口上を言っているだけでは到達できるはずも無く、ウクライナやガザの空爆地に同じく生物的廃墟を生み出しているようなものである。かくして孤爺が植え続けてきた幾多の植物は刈り取られ抜き取られして現在に至るのだが「生物生産緑地」の立て看板を出してからはいくらかは破壊の手出しが減っている。だからと言って理解されている訳では無いのは承知で「いつでも風前の灯火」「刈り払い一発、生物的廃墟」はすぐそこにあるのだ。

 さて、今回のポット苗は林道を流れ下る砂泥を窪地に誘導して土壌の嵩上げを図り、ようやく定植できる高さまでに至ったから野草の中に点在させ植え付けて来た。良ーく見たところでホトトギスの株なんて野草の一部でしか無いから選択的刈り払いの自覚を持ち、植生育成の作業として認識しない刈り払い機作業者が目を付ければまた元の木阿弥だが、そういう連中の生命より野草の生命の方が長いはずで、それに期待するしかない。


ムラサキカタバミが席巻!

2024-06-10 | 小父のお隣さん

 鼠の額程度の我が庭が今期はムラサキカタバミとウマノスズクサが突出して増えてしまった。外来種でないカタバミはムラサキシジミの食草になるので除草はしないままにしておいたのだけれどムラサキカタバミはその体格も大きく繁殖力も旺盛の様で瞬く間にコロニー状に金時草とミニトマトを植えた周辺を覆っている。ムラサキシジミは飛翔しているのだが産卵対称の草本になるのかどうか小生は知らないのだが、食草とならなければ抜き取りしようかどうかと花を愛でながら妄想中なのである。図鑑を開くと鑑賞用に導入されたとあって、なるほどまとまれば綺麗に見える。

 写真では見つけにくいけれどウマノスズクサも繁茂中で今期は三頭のお菊虫を輩出した。写真は別ページでアップしたがウマノスズクサは地下茎で増える事を知らず奇妙な花姿を鑑賞したくて1本植えたのが、それが今では何十本になるかどうか数えたくも無い。しかしながら昨年度からジャコウアゲハの飛来が極端に減り、今では抜きとらないのであっちこっちで開花してくれる手太楽、これは少々迷惑気味でもある。食草として消費されていた時期はほぼ繁茂出来ずシーズン中に数回は地際まで食い尽くされていたのだ。今では久しき昔のように外壁にXmasの装飾みたいな越冬幼虫満艦飾が欲しい。


泥水池1の泥浚い

2024-06-09 | 水辺環境の保全

 水域の泥浚いも積み上がった泥土で作業し難くなった。その上、草本の活発な繁茂もあって時期を失しての泥浚いは泥上げ場所にも難渋する。泥水池1も御多分に漏れず水際のフジバカマやミソハギが邪魔になって泥上げがスムーズに行えない。それでも泥浚い出来る部分の泥を上げておく事が環境の保全になるので植生を避け避け泥上げした。

 池の全周は不可能なので半分は水域内に丸太の囲いを置いてその中に泥土を貯める。水が抜けてスコップで掘り取れる状態になってから搬出する事にした。この池はこの方法もとらないと泥浚いが難しくなってきたのである。一輪車まではスコップに土を盛って法面を上がらなければならなくなって、これはこれでスリップ多発の作業になるのだが致し方なし。我が身は痛し肩あり、膝腰痛くなる作業だ。まあ、涼しくなってからの作業にする。

 写真右上から垂れ下がっているヤナギの枝にモリアオガエルの卵塊が見えるが、これとは別に水域内のミソハギの中ほど水面から30cmほどのところにも産卵していた。右側の法面の下部、カサスゲにも卵塊が三つほど確認出来ていて「周囲に適当な樹木を配置しているにも関わらず何で・・・」てなもんや三度笠の疑問が絶えない。横着な習性種が増えたのかはたまた異常気象の結果なのか、これで孤爺は今夜も眠れないで自宅の水域に度々作業に訪れるだろうて。まあ、日本男子人生の倣いとは言え辛抱辛抱身砲だい。


孫には衣装、孤爺に意匠・・・

2024-06-08 | 何よりの楽しみ

 自分の事ながらため息三度、てなもんや三度笠散々奮闘中である。と言うよりも持って生まれた性、待てない性格ゆえ執着地獄のルーティーンに入ってしまった。古来より「夜討ち朝駆け」とか「寝食を忘れる」とかと言う表現があるがまさしくそのるつぼに落ち込んでしまったのだ。もう、どうにも止まらない世界で「もういいや!満足」の境地になるまでは終わりが見えない業の世界だ。

 サイズ140と150の甚平を作りたくて目的に適う一冊を購入したのだが甚平とは別に掲載されている洋服を作ってみたくて参考にしながらサイズダウンのリフォームから逃れられなくなった。手始めに一着を試したのが運の尽き、ビビビッと妄想が降臨して来る。下部からのビビビは中身が出るとまずいので控えるようにしているが開放された一発はホント爽快な事であるから、いつかは執着地獄から解放される喜びを期待して食事もそこそこに夜鍋、朝掛けとソーイングにはげむ孤爺なのである。まあ、若き身頃より禿む我が身でもあったので違和感は無い。

 サイズダウンに用いるシャツなどは箪笥の肥やしを探すと次々と出て来るが少年少女期に合う色合いやデザインはやはり少ないのだったが、取り出してみれば10着は出来そうなのだ。その中でもサイズダウンが楽そうな仕立ての洋服を選んでみたのだが襟のリフォームは難しいので襟はそのまま使える衣服に限定される。今回の蒼いシャツは140サイズの女児用なのだが、当初は長袖で袖口には別布を使ってみたけれど、夏場の衣服では少々暑苦しくも思え出来上がってから再度半袖に再加工した。女児用としては地味なのでボタンはカラフルな万国旗デザインの物に交換したのだが着用する当人の好みもあるしさーてどうなるやら、である。

 袖、身頃を切り離す ➡  サイズダウンし袖に別布 ➡  


お菊虫ようやく発生した

2024-06-07 | 小父のお隣さん

 昨季の自宅でのジャコウアゲハの発生は零だった。どうして激減したのかは謎なのだが食草の多かった至近の土手が洪水対策で嵩上げされ舗装された事と全く関係が無い訳でも無いだろう。それがようやく今期初産卵し、幼虫も三頭だけ発生していたのは確認していたのだが見失っていた。ところがたまたま「蛹化しているのではないか⁉」と思い立って気合を入れ探したら見つかったのだあ。

    

 体験的に「人工物で蛹化する」傾向があるので外壁や家の基礎部から点検したが数年来の外殻ばかりで生体は皆無。そこでフェンスを丹念に探したら二頭を確認した。もう一頭いたはずなのでグリーンカーテンに絡ましたウマノスズクサの上の方に目を凝らしたらネットを吊り下げている黒いロープで蛹化している。タフカメラでは苦手な撮影環境で案の定、ピントが甘くなった。フェンスの二頭はそれでも綺麗にとれたかな。そうだとしてもこういうタイプの蛹はしっかりと描写出来れば出来たほど気味悪く思われるかも知れない。

 グリーンカーテン用に吊り下げたネットに絡ましたウマノスズクサについた一頭は案の定、蔓の途中を喰い切って上部を枯らしてしまった後に姿を消している。「立つ鳥跡を濁さず」とは無縁の「後は野となれ山となれ」の怪しからん一頭だったのだが目立つ吊り下げロープで蛹化しているとは見上げた野郎だ!。お蔭でボケ写真になったではないかい。