おかんのネタ帳

日々の雑感や興味のあることを書いています

福林寺跡磨崖仏

2012-08-03 20:25:51 | 湖国日記
磨崖仏(まがいぶつ)というと、栗東の金勝にある狛坂磨崖仏が知られているけれど、
けっこう、あちこちに遺ってるんですよね。

野洲中学校の裏手にある福林寺跡にも、磨崖仏があるというので、
史跡巡りのウオーキングコースにできるかなと思って、行って来ました。

車で行くと、野洲中の正門の奥を上がったところに真福寺というお寺があって、
そこが駐車場になってました。そこから林道を130mほど行ったところにあります。



福林寺跡の石碑がありますね。
その向こうに、磨崖仏が見えます。

「野洲町物語」によれば、ここは「堂山」といい、
約1町歩の松林の間に、4組の磨崖仏があるそうです。

岩に平肉彫りされた、約45cmの地蔵立像が13体ある磨崖仏。



一番見事な磨崖仏と言われているのが、如来像二体と観音立像一体が刻まれたもので、
室町時代の作と言われています。



他にもたくさんの磨崖仏があったようですが、
かなり、持ち去られてるようですよ。

大正9年の調査報告書に、

「近年コノ礎石ニ彫刻セル仏像ヲ割取ラムトセルモノアリ」

と書かれてるようですが、この時にはすでに、かなりの石仏が
大阪、堺の富豪の庭に持ち去られてたらしいです。

・・・富豪の庭って、わかってるんですね~。



岩に残るノミの跡は、盗もうとした痕跡だとか。
なんとも、罰当たりな・・・

林の中、足下にはいっぱい小磨崖仏群があるんで、
なんか、ちょっと、不思議な気持ちになりますね。



福林寺は、壬申の乱の時に野洲川でも戦いがあり、
その時の死者を追悼するために建立されたとか。
かなり古いお寺のようやけど、関ヶ原の戦いの時に、
大阪方の兵士が逃げ込んで、そのために寺が焼かれた、
とも伝えられているみたい。

このあたりが、いつの時代にも、戦火に巻き込まれた、
そういうところなんやね~



地中に埋もれてる磨崖仏。
お地蔵さまの表情が、なんとも物悲しい・・・

ここからもう少し先の、妙光寺山にも、磨崖仏があります。
ついでに行こうと思って、車で登り口付近まで行ったんやけど、
400mほど登らないとあかんのですね。

迷いながら、とりあえず登りかけたけど、けっこう険しくて、
サンダルではねぇ・・・携帯電話を車に置き忘れたこともあって、
250mぐらいで、あきらめて降りてきました。

やっぱり、なんか出てきそうやん・・・長いもんとか~

また、用心棒を連れて登ることにします。

ちなみに、妙光寺山は三上山と同じように、
秋期はマツタケ山なんで入山料がいるらしいですよ。

今月中に、行けるかな~



史跡めぐり

2012-08-02 23:26:51 | 湖国日記
暑い日々ですが、やらねばならないこともあるわけで、
昨日は、野洲まで行ってきました~



国史跡大岩山古墳群の桜生史跡公園です。
桜が生まれると書いて、さくらばさま って読むそうな。
ここには、甲山古墳、円山古墳、天王山古墳などがあって、
それらを保存公開するために総合案内所なども設置されています。



甲山古墳。6世紀中旬の円墳。
西に入り口をもつ横穴式石室があり、見ることができます。
入り口から入ると、急に灯りがともって、ちょっとビックリ(汗)



柵があるので側に寄ることはできないけど、
石室にある石棺を、ちゃんと見ることができるんですよ。



この石棺は、熊本県宇戸半島産馬門石製らしい。
軽い石らしいけど、その当時にここまで運んで来たんやね。

盗掘に遭ってるらしいけど、副葬品の冠などに付けたであろう、
細かいガラス玉などが、数千点見つかってるらしい。



こちらは、円山古墳。
ここも、中を見ることができます。



ここも盗掘されているけど、床面から多くの服装品が出ていて、
ガラス玉の他、鉄製の武器や武具がたくさん見つかってるようです。



天王山古墳は、ここで一番大きな前方後円墳。
ここは発掘公開はされてないけど、中に石室があることは、
調査されてわかってるらしい。

野洲駅から歩いて行ける、史跡ウォークのコースを辿ってみました。
というても、昨日は車で行ってますよ。
あっついもん~

ということで、続きは、また明日。


オリンピック見てたら、ほんま、寝不足の日々やな・・