ヤポネシアンレゲェ

新しい日常を追い求めるギター弾きホワイト教授のゆるゆる人生散歩日記。目指すは架空のリゾートミュージックアイランド。

さよならルーリード・ツアー・イン・東京

2013-10-29 10:56:50 | 
「ベルズ」を聞いて涙して、過去の東京での暮らしを思い出しながら寝たはいいが、深夜Hクンが激しい嘔吐とひどい下痢に。
もう、ウチの布団や部屋はウンコの臭いでいっぱい。
昼には元気になったけど、まだウンコはべちゃべちゃ。こりゃ大変だ、2人旅の直前に非常に困ったどうしよう~

その時、天国の扉を叩く音がしました。
「私が罪を犯しました」
と、母ちゃんが自首して来ました。

どうやら日曜の読谷村「座喜味城通りふれあい祭り」で、寝たHクンを寒い車に長時間放置して、近所の友達や店屋でユンタクしてた結果だと、、、何故か自信を持っての自己申告。

こりゃ、パチンコに熱中して車の子供を熱射病で亡くす親とかわんないじゃないか!と言いたいのを我慢して、罪を償うための看病を任せていたら、翌日は母ちゃんの方が嘔吐と下痢。

うりゃ、ウイルス性の下痢のリスクを考えて塩素で処理するのが医療従事者の常識じゃないか!と言いたいのを我慢して、ただいま保育園へ行けないHを部屋で遊ばせながら、ハイターでドアノブやウンコの跡を今更ながら拭き拭きしてます。

明後日出発ですが、このままでは今回のルーリード追悼ツアーはキャンセルする可能性、大。
たった2泊の短い期間で、過去30年の東京ライフを眺めなおす分刻みの綿密な行動予定を立てていたのに。手作りのツアーTシャツ(力作)まで作成して、気合満々だったのに、、、

歴史に残らない幻の迷バンド、その3

2013-10-27 15:27:33 | 東京フラッシュバック

スカルボのことを書こうと思ったけど。一時休止しただけで、また活動してるみたい。
って、わけで「歴史に残らない」なんていうと失礼だが、ちょっとだけ、、、
今後、このままま歴史に残らない可能性もあるからね。

リーダー(G&V)のM川氏とは、20代の頃から面識がありました。その後、人生の節目節目で偶然出会うことがあり、ソロやミルラ(スカルボ以前のバンド)を見にいったりしました。その後、第一期スカルボに自分はギターで参加することに。
この初期のメンバーが最高でした。みんな西荻在住のワケあり男子(男子と言うには年齢がいってるが)。リハの後はいつも、近所のジャズ処又右衛門で打ち上げ。オール350円と明朗会計の居心地の良い所で、侍の格好をした店主が時々店内で刀を研いだりしてるお店でした。

M川氏=スカルボの魅力は、ギリギリポップからはみ出しそうではみ出てない絶妙なコード進行と構成。甘い声だけど案外バカでかい声。ケビンエアーズ、シドバレット、ピーターペレットなどを思い出させるその立ち姿。
楽曲的には、ジョンレノンから、アレックスチルトン、ピンクフロイド、山口富士夫などの影響が強いと思われます。

そして何よりも、ギターの「出音の良さ」これが最高。
純粋に嫉妬心が湧くというか、身近にいたのに出音の出し方が気になって仕方ありませんでした。サムピックで強くはじくような奏法にフルテンのトーン。ポップな歌モノだけど音量の上がったギターがノイジーに響きます。


これは自分がギターで参加してた頃にもやってた曲。三人のほうが、まとまってよろしい。




とにかく東京というところは才能があふれるところでした。こんな口下手で、人付き合いが苦手なわたくしにも、素晴らしい才能との出会いや融合があったのも、東京という特殊な磁場があったからこそ。

さて来週の三連休、2年ぶりに人生の大半の30年過ごした東京へ行ってきます。何かしに行くんではなく、もはや墓参りがメインになりそうですが、、、


あややちゃんの沖縄旅日記、3

2013-10-24 19:07:08 | 沖縄
先月、初めて沖縄を訪れたアヤヤちゃんから、旅の記録の本が届きました。
3日目は、東海岸から西へ戻って、本部半島方面へ。今帰仁辺りは住んでみたいと思ってるところです。

                             ②                                ①

東村高江の共同売店で購入した大宜味産の今川焼き。かなり甘そうだったのに見つけられた。
アンダーギーは道の駅で売ってる三矢本舗のやつね。
                             
                             ④                                ③

子供のことも、ちゃんと一人の人間として向き合ってくれる宿主。アヤヤちゃんにもらった赤い車をトレードに出す非情な男H。
定番のエメラルドグリーンの海に架かる橋を、渡っては戻る、古宇利島コース。

                             ⑥                                ⑤

今帰仁の集落は、離島と変わらない風情があって素敵です。

                             ⑧                                ⑦

年に一回、この時期に今帰仁、石川、読谷と無料で見られる闘牛大会が開かれます。

                             ⑩                                ⑨

ぜんざいは、是非とも食わせてみたかった、、、

                             ⑫                                ⑪

女子には清潔第一のこの安宿をお勧めしてます。高級魚イラブチャーの青さはまさに沖縄の海の色。

                             ⑭                                ⑬

那覇の朝の散歩には農蓮市場、一押しです。取り壊しになるらしいが、まだあるみたい。

                             ⑯                                ⑮

オジイにね、、、
                             ⑱                                ⑰

我々が、東京から年に何度も沖縄へ通っていた頃に感じてたことと同じことだな。なんだか今となっては、懐かしいその焦燥感。琉球=竜宮。

                             ⑳                                ⑲

野鳥マニアだったのね。今度は双眼鏡持ってこないと。


我が家の宝ものとして大事にこの本は保管しておきたいけど、みんなに見せたくてたまらない。
J-popのように不法投棄ゴミのような大量のCDをつくるようなことは止めて、1冊だけど心こもった宝のようなものをつくることを皆が心がけていけば、日本も豊かになるだろうに。東京オリンピック後、なにかしらの犠牲になった地方で廃墟が広がるか、はたまた日本全体が廃墟になるか、、、

またおいでね。あややとムー。
次は、通りすがりの旅人のように来ると言うことだけど、またきっとね。
6月の梅雨明けから7月の夏休み前までがベストシーズンだよ。夕陽が綺麗過ぎるし、海も綺麗過ぎるし、空も青過ぎるし最高さぁ。


あややちゃんの沖縄旅日記、2

2013-10-23 19:06:42 | 沖縄
先月、初めて沖縄を訪れたアヤヤちゃんから、旅の記録の本が届きました。
二日目は一緒に泊りがけで北部へ。間もなく走行距離15万キロのサンバー君、まだまだ馬力もあるし元気です。今時の車と比べて、かなりうるさい奴だし急に止まれない(ブレーキ効き悪し)奴だけどすっかり愛着が湧いてきて、やっぱりこいつでなきゃって気持ち。

                                 ②                             ①

車で5分のウラ真栄田ビーチは、お魚もサンゴも豊富。砂浜から岩場、洞窟の池まであり楽しめます。普段は地元民くらいしか行かない静かなビーチ。でもこの日は、オモテ真栄田岬(青の洞窟)の北風で移動してきた団体様で見る見るうちにビーチが埋まっていきました。

                                ④                              ③  

円盤CDRシリーズ「ザ・ガキ」!教育上よろしくない下ネタお下劣曲のオンパレード。子供は、こういう歌は瞬時に覚えてしまう。
名護のパーラーわかば、親切に「みそ汁」じゃなく「みそ汁定食」と書いてあったんだっけかな。
                                
                                ⑥                              ⑤ 

塩屋湾から東村に抜ける道中の適当な場所で下りて、マングローブ散策。
映画「標的の村」でやっとその認知度が上がりつつある高江の集落を下った川に下りてみたけど、透明度が今一でした。タナガーはあんまりいなかった。
                                 
                                ⑧                              ⑦

公衆トイレも水道もないとこでウンコ漏らされあせったけど、川はオシリ洗うのに実に適したところでした。
まもなく還暦の宿主ナリちゃんは、一人でインドへ行ったりする強靭な人間。10月から車中泊で日本を横断する旅に出るそうです。                                 
                                ⑩                              ⑨

時間がないのに「ウチ(読谷)まで迎えに来てよ」などと言うわがままをさえぎって、バスで途中まで向かって来て貰う。しかし、無賃乗車でお金ないから降りるバス停まで先に来て待っててくれと、実に面倒なことをしてくれる母ちゃん。
                                 
                                ⑫                              ⑪

たまに食べると美味しい「ヒカゲヘゴの新芽」
いざ収穫しようと思うと、案外その新芽は手が届かなかったりして、取りやすいヘゴを見つけ出すまでずっとキョロキョロ運転で眼が疲れました。
こんな静かで綺麗な海に、基地など造るなんて絶対やめて欲しいと誰でも思うはず。あややちゃんの沖縄旅日記、3へ続く、、、

あややちゃんの沖縄旅日記、1

2013-10-22 19:06:23 | 沖縄
先月、本人にとって久々の旅で、初めて沖縄を訪れたアヤヤちゃんから、旅の記録の本が届きました。非常に丁寧な手作りの本。あまりの出来のよさに感激して、我が家では取り合いになってます。


まさにこの世に一冊だけの手作りの良さ。
                              ②                                ①

沖縄音楽といえば、ビギンでもH.Y.きいやま商店でもなく、高円寺円盤のorijinal CD-R series、いにしえのシングル版発掘作品シリーズです。沖縄モノも多く、名作「みけちゃん」は誰に聞かせても大喜びされます。歴史に埋もれてしまいがちな貴重なレコードの再発見と再評価、田口さん、本当にいい仕事してます。

                              ④                                ③

金月は、キンチチと読みます。読谷のじょうとうなそば屋です。実は、初心者には大衆食堂の味の素が入ってそうな大盛りそばを食わせたかったけどね。ま、人間いつ死んじゃうか分からないないから、いいモンを先に、、、          
                              ⑥                                ⑤

お気にのスカートをロバに破かれても動じないナウシカのようなアヤヤ。
一緒にそらいろ園へお迎えに行きました。
       
                              ⑧                                ⑦

読谷には、小さなやちむん(焼き物)工房がいっぱい点在してます。やはり作る現場を見ながら、顔の見えるお買い物は気持ちがいい。
座善見城→座喜味城
                              ⑩                                ⑨

ビーチパーリーで晩飯も考えたけど、ちょっと風が涼しかったので外食。嘉手納の名店「うみゆり」へ。
あややちゃんの沖縄旅日記、2へ続く、、、

うち、タクシーちゃうねん

2013-10-17 10:07:52 | 読谷
ニュウース速報~
本日、読谷村瀬名波にて、遭難しているおばあさんが発見されましたが、男性に無事救護されました。
本人に怪我など無く、
「こんなおばあちゃんを助けてくれた人には、きっと良いことあるさぁ」と、いたって元気な様子で答えていました。
調べのところ、この女性は高志保在住の知花トクさん。今年、80歳の誕生日で免許を取り上げられたため、ひとり徒歩で外出せざるを得なくなり、途中道に迷ったということです。
発見し救護した男性は、瀬名波在住のタクシー運転手、上室新也さん。
「無我夢中で病院まで搬送した、とにかく無事でよかった」と答えています
報道ステーションからは、以上です、、、


先週も、図書館から車で帰ろうとすると、出口で手を上げてじっとこっちを睨みつけてるおばぁがいたのです。停車すると、H君がすやすや寝ているチャイルドシートの方のドアを開けようとするので、反対に回ってちょうだいとお願いしました。
「ちょっとそこまで乗せてって」
とおっしゃるので、お隣のシートへ座らせると、
最近できた安いパン屋の話を始めました。どうやらそこへ行きたいらしい、、、
ほんの200メートルの距離でしたがお送りさせて頂きました。

そして今日、
買い物も終えて車でウチへ帰ってくると、通りがかりのおばぁが
「道に迷ったさぁ」
と、助けを求めて来ました、、、
仕方がないので、通ってるという近所のクリニックまでお送りさせて頂きました。こちら様からは「きっとあなたには良い事あるさぁ、本当に良い事あるさぁ」と感謝されました。


都会ではカーシェアリングが急増しているようですが、読谷のような半端な田舎では、お年寄りのための何か足になるものが必要ですね。
車社会の浸透のせいで、各字にいくつもあった商店が潰れ、車でないとたどり着けない大型スーパーに変わりました。村内のコミュニティバスは本数が少ないし、ルートが限られてるから日常的には使えない。結構な高齢者が車に乗ってますが、危ないです。

さて、明日も流しにいかなきゃ~

ナイチより近い外国、へんてこで可愛い台湾、その3

2013-10-10 19:52:16 | 
あ!ああ!あああーーーーーーーーーーーーーーー!
「デジカメがない!」
部屋を探してもない。
車を探してもない。
相方のかばんを探してもない(その代わり、いらないパンフや切符の半券がごっそり)。

H君の一生のおもしろビデオ満載のデジカメ、、、、
マメにその成長変化の姿を記録していたのに、、、
余生をこのビデオと写真を見て、笑って過ごすつもりだったのに、、、

帰りに寄った首里のそばや、駐車場までの送迎バス、ピーチ、あらゆるところへ問い合わせの連絡を入れたけど駄目でした。

そんな落ち込みもわれ関せずのHくん、
ふと見たら図書館で借りた「地球の歩き方台北」の地図の部分をビリビリ~
「な、なんてことを、、、」



野柳風景区
基隆からカーブの続く道をハイスピードで進む凶暴な運転のローカルバスで30分。駐車場には観光バスがずらり。


台湾のミニカッパドキア、ちょっとでも岩の上にのると警備員の警告の笛が鳴らされます。修学旅行生やバスツアーの団体でメチャ混み。
ここでも電車ごっこ


金山・金包里老街
「金山廟口鴨肉」は大人気。台湾は何食べても美味いけど、あのノビきった焼きソバだけはピンとこない。鴨肉最高でしたが、ここの焼きそばもフニャフニャソフト麺、、、


宿のリビングで、他の客がいないのをいいことにやり放題。


最後の晩餐は、宿のすぐ近くの杭州小籠湯包
屋台の晩飯からレストランへ格上げ。もうお金のことも考えず、各種小籠包、筍尖鮮暇餃など食いまくりで大満足!



最後の宿泊は、台北の永康街の近く。朝9時半の飛行機に乗るため空港リムジンバスの出る台北駅に出やすい場所にしました。
宿は今時の若い旅人用のゲストハウス「バナナホステル」ダブル、バストイレ供用、$50(米ドル)
これは、那覇辺りのゲストハウスと比べると少々高め。子連れで泊まる日本人など珍しいようです。
バスや電車は安いけど、宿はそこそこするんでやはり台湾は2~3泊で十分です。経済発展が著しく、エキゾチックな感じや旅の醍醐味には欠けるけど、とにかく美味しいものが確実に食べられるのはステキ。


またね~マーキングしとくね。



ナイチより近い外国、へんてこで可愛い台湾、その2

2013-10-10 19:51:57 | 
二泊目は今回のメインイベント「平渓線」
100年ほど前、炭鉱が栄えたときに整備された渓流に沿って走るローカル線で、十分瀑布(ミニナイヤガラ)や小さな老街など見どころ満載な場所です。

電車のない沖縄で暮らす3歳のH君は、無類の電車好き。
道路のどぶ板、歩行者白線、点字ブロック、何でもかんでも電車の線路に見立てて遊びます。
しかも、後部にとーちゃんかーちゃんも乗らないといけないので、三人たて列で歩行することしばしば。
これって、ホント親バカにしか見られないな~。
でもね、乗車しないと道路でふて寝しちゃうんです。そうすると13kgの荷を抱っこして歩くことになるのですよ。電車ごっごするしかないんですぅ~

前もって平渓線周遊切符を購入して、羅東駅から電車で約1時間、瑞芳駅で乗り換え。九份へもここから起点となってるせいか屋台巡りをしたくなるような賑やかな街でした。そこから少し戻る形で平渓線は出ています。


車窓からは日本のいなかのような懐かしい風景(親から見ると)。台湾のおっちゃんやおばちゃんは、誰にでも昔からの知り合いであるかのように話しかけます。右はその典型のおっちゃん。
大華駅で降りるつもりが、ココじゃないよと言われ降り損ねました。そもそも我々がどこへ行くのか知らないくせに、まに受けたのも悪いんですが、何ゆえにそう断言できるのか、、、根拠のない自信でいつも右を左と言い切るうちのカミサンも、他人のことは分からないそうです(自分のことも)。


昭和の日本同様に観光ブームらしく、カメラをもった国内観光客がわんさかいました。ピース!


どこでも、ピース!おまえはギャルか、、、


つり橋、見てるほうが恐い。


十分老街は線路に柵などなく、両脇に屋台や商店がずらり。線路へは入り放題。


廃坑になった建物を利用したカフェ。廃墟マニアにはたまらない建造物だらけ。


夢にまで見た、本物の線路で電車ごっこ。


宿泊は、港町の基隆。
関東で言うと東京(台北)に対する横浜みたいなところ。港には巨大な豪華客船が停泊してました。ここでも魚料理が有名な活気ある夜市(屋台街)があり、電車遊びで疲れて寝んねしたH君をひざに置き、ビールに蛤のしょう油漬けや餃子をバクバク頂きました。
大人2人は、このために台湾へ来てるようなもの。美味い店選びに関しては絶対ハズさない自信(根拠のある)があります。

宿は、E-Coast Star Hotel Keelung、朝飯付きで$58(米ドル)
台北には、今時なドミを含む小型のホステルがいっぱいできてますが、基隆には見つかりませんでした。なるべく個人経営の宿へ宿泊したかったんですが、今後できることを期待します。
部屋は、狭いビジネスホテルを白を基調におしゃれにリノベーションしたもの。連泊はしたくないけど、寝るだけならいいやという感じ。元々、バリの宿のようなリラックスを台湾の宿には求めてないので問題なかったです。中華圏にはどうも、ゆったりしようという感覚はなさそう。
でもビュッフェ形式の朝食、凄く美味かったです。おかゆと、朝から酒のつまみになりそうなものがずらり並んでました。飲み物もエスプレッソから、杏仁豆腐の飲み物版まで。
台湾の宿の朝食って、どこでも美味いのかな?

ナイチより近い外国、へんてこで可愛い台湾、その1

2013-10-10 19:51:33 | 
沖縄からのPeach初の国際線、沖縄(那覇)=台北(桃園)線が就航☆
台北線限定のセール、片道2980円!!

の宣伝に、まんまと騙されて行って来ました台湾3泊4日。なんだかんだで、お金は掛かるし、こうして「すんごく安く、ピーチで行ったの」と宣伝をさせられてるのも引っかかるんですが、、、
次々と台風接近で前日は全便欠航、当日も那覇に戻る可能性ありとのことで半分あきらめてましたが、無事現地に着陸してくれました。こうなると、やっぱうれしい。ハッカクの匂いの台湾、ニーハオ!

台湾は正確には3回目。初回には、高雄、台南の安平、温泉もある原住民の村「多納」、そしてメキシコにある「帝王斑蝶の谷」と並び、世界における二大「越冬型蝶の谷」となっている茂林国家風景区(ここは溜息が出るほど美しかった)などディープなスポットへ行ってます。2回目は「悲劇の飛行機乗り遅れ事件」(高額のチケットを買う羽目になった)乗換えで台北1泊のみ、とほほ。

今回は、台北近郊を攻めようとコースを決めました。羅東~基隆~台北

初日は、台北からバスで東南方向へ約1時間の羅東へ。
目玉は、「国立伝統芸術センター」主催の「アジア太平洋伝統芸術フェスティバル」と、台北からわざわざ来る人もいる地方風情の「羅東夜市」。


宿は、トリップアドバイザーで人気の「Canaan Bed & Breakfast Yilan
朝飯付きで$120。ちょっと高いと思ったけど、沖縄だったら$200位取られるペンション。
くたくたになってやっとタクシーで辿り着きました。が、宿のおじさんはそんな空気を読むこともなく、万遍の笑みで「ほたーる、ほたーる」と、近くの蛍のいるという雑木林へ案内してくれました。息子ちゃんはもう寝んねで重ーいのよ。

この感じ、、、まさに台湾。
親日で、人なつっこくて、マイペース。

ついて行ったはいいが、蛍がいない。大丈夫か?
おじさんは、ニコニコしながら車のライトを点灯させました。
辺りいっぱい、蛍の光でピカピカでした。
よかった、よかった~




歴史に残らない幻の迷バンド、その2

2013-10-05 15:43:32 | 東京フラッシュバック

都会では、あちこちで山口富士夫追悼ライブなどやってるんだろうか、、、
日本不良ロックの最高傑作「ひまつぶし」が聞きたくて、部屋を探したけど持ってきてませんでした。まだほとんどの荷物が大阪にあるけど、「1年以上も使わないで平気なんだから全部捨てちまえ」なんて言わないで。そしてなんだか、ひつまぶしが激しく食べたくなったけど、沖縄では儚い夢。そんな特殊なものはともかく、こちらでは普通に食いたいけど食えないもの多し。安くて美味い鮨(しょっぱくないやつ)、なると巻きの入った普通の(東京)ラーメン、日本蕎麦、サクッとした天麩羅、水羊羹、、、


さて、ヴェガポップというバンドがありました。男臭さナシの3人(男)のボーカル含むギターと、女子っぽさナシのベース(女)とドラム(女)の5人で結成。

東京では、バブル世代であるにも関わらず、バブルの恩恵を受けることも無く、イカ天(いかすバンド天国)に出ることも無く、都内のライブハウス(主に下北~中央線)を拠点として、手書きのチラシを配りながら地味に音楽活動してました。ヴェガが結成されたのは90年代に入ってからですが、皆それぞれその前からバンド活動はしてました。私も自分がリーダーのバンドとの掛け持ち。
おそらくあの時代の東京の地下でしかありえなかった、ある意味素でおかしいというか、天然というか、個性ある才能が出会ったすばらしいバンドでした。懐かしき携帯もインターネットもない時代に、、、

そんな状況で出会った仲間でしたが、一人抜け(ワタシ)、二人抜け、最後は3人でしぶとく活動を続けていましたが、2002年あえなく解散。人数が減るにしたがって、バンドサウンドが重圧になっていき、最初はベガなポップだった楽曲は、最後はヴェルベットのホワイトライト/ホワイトヒート化していきました。


ゆらゆら帝国でおなじみの「キャプテントリップ」から数枚CDがリリースされていますが、今では何枚目まで自分が在籍したのか記憶がありません。ファーストアルバムには自作でボーカルも取ってる曲「乙女の気分ではじめよう」が入ってました。
レーベルでの売り文句:テレヴィジョン、フォール、レッド・クレイオラ等にピンと来た人はマスト。東京アンダーグラウンド・シーンが生んだヘソ曲がりロックン・ロール!...


ギターが3人ですが、なんとなく皆弾き方や下手さ加減が似ているので、どの音が自分のパートなのかわからなかったりします。右チャンネルで沖縄的なキラキラな音を出してるのが私。