水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

夢を売る仕事

2013年03月02日 | 日々のあれこれ

 「毎日、ブログを更新するような人間は、表現したい、訴えたい、自分を理解してほしい、という強烈な欲望の持ち主なんだ。こういう奴は最高のカモになる。」

 でも有名なブログの書籍化は大手がすでにやってるんじゃないですか、と部下が問う。

 「うちが狙うのは、大手が見向きもしないようなブログだ。アクセス数は関係ない。大事なのは更新数だ。誰もみてないブログをせっせと更新するような奴は必ず食いついてくる。(本もブログも)共通しているのは強烈な自己顕示欲だ。根底にあるのは、自分という存在を知ってもらいたい! という抑えがたい欲望だ」

 と牛河原勘治は言う。
 牛河原勘治は、丸栄社という出版社の常務兼編集部長を務める。出版不況といわれる昨今、自費出版の書籍を主体に業績を伸ばしてきた会社だ。
 しかし、ライバル社も伸びてきており、持ち込み原稿やコンテストの応募してくる原稿だけを対象にしていたのでは、今後頭打ちになることは予想できる。
 そこで、牛河原が思いついたのが、ブログを書いている人だった。
 多くの人に注目されているアルファブロガーではなく、目だ立たずしかも地道に更新している個人ブログ。
 そういうブログの著者ほど、自己顕示欲が強いから、出版しませんかという話にはくいついてくるはずだ、と。

 やばいな。完全にばれてる。
 どうしよう。丸栄社から「ブログを本にしませんか」というオファーがあったらどうしよう。
 ふらふらと商談に応じてしまいそうな気がする。
 200万円か、無理すれば払えない額ではないかな、いやそんなお金があったらティンパニの新調を考えるべきではないか、娘の留学費用も今後のためにもう少し用意しておかないといけないか、家人に相談してみようか、いや一蹴されるか、存在を消されるか … 。

 丸栄社は架空の会社名だが、一読すればモデルであろう出版社は誰もが予想がつく。
 なるほど、こんなシステムで本が出されていくのか。
 そういうやり方で100万円、200万円払わせるのは騙していることになるのではないか、と若い部下が牛河原に疑問を口にする。
 何を言ってるんだと牛河原が答える。
 作家気分を味わわせ、しばらくの間はベストセラーになるかもしれないという夢も見られる。
 正式に取り次ぎにおろし流通経路にのせている以上、ほんとうに売れる可能性もゼロではない。
 普通の人が味わうことができない満足感を与えているんだ。
 歳をとってから、若い時に本を出したんだという思い出も残る。
 金銭的に得をするかどうかなんて問題ではないんだ … と語る言葉に、部下は深く納得していく。
 牛河原は言う。
 「俺たちの仕事は夢を売る仕事だ」

 出版界の内実を暴き、現代人の自我のありようを活写し、そして最後の最後に、情に訴えかけてくる一場面を配した百田尚樹『夢を売る男』は、さすが百田尚樹、こんどはこう来たかと思える快作だった。
 
 「ブログの著者ほど自己顕示欲が強い」という言葉は、ばれちゃったかという思いと、でもみんなわかってて書いてるよねという思いで、笑って読んでればよかった。
 「俺たちの仕事は夢を売る仕事だ」という言葉には、むしろドキっとしたのだ。
 おれのやってることって、牛河原と同じじゃないかって。
 あなたには才能がある、ぜひ本を書いてください、夢はかないます、あなたは他の人とは違います …
 そうやって言葉で納得させ、思い込ませ、目標に向かって行動させる。
 そのお手伝いの経費については、費用対効果がどの程度のものであるかは、本人の感覚でしかない。
 
 もっと言えば、この世の商売は、すべてが「夢を売る仕事」と言えないかな。
 夢の大きさや即効性で商品の値段が決められていく。
 そうやって考えるとブランド品の高さも納得できるから。
 なんか、そういうことを書いてる評論文はありそうだ。

コメント
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