水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

4月18日

2013年04月18日 | 学年だよりなど

 古文演習2こ、漢文2こ、会議1こやって、いよいよ一年生の楽器決め。
 なんとか第一希望、第二希望の範囲にほぼ入ってもらえた。
 何があってるのかは実は誰にもわからない。先輩たちのなかには第3希望でもなかった楽器になり、気付いたらマイ楽器をもち、大学に入っても続けることになった人もいる。
 すべては自分次第。大人も同じ。就活で「やりたい仕事」を探しているような人は、意外にパフォーマンス低いものだから。

 

 学年だより「五つの約束2」

2 ボタンをしめる
 学生服は正しく着よう。学生服をちゃんと着るのがいやな人は、もうしわけないけど、よその学校に行ってください。窮屈さは勉強への集中を妨げるという理由を述べる人もいるかもしれない。それを窮屈と意識しないで勉強できるようになる練習をしているのだ。

3 ゴミはそのつど捨てる
 教室は公の場であり、みんなの私的スペースではない。視界に入るゴミは人の集中を妨げる。
 個人のちょっとした面倒くささで、他人の勉強を邪魔してはいけない。

4 勉強道具を床におかない 床におくとバチが当たります。

5 騒がない
 例えば電車で本を読んでて、途中から乗ってきた若者軍団の騒がしさに辟易することがある。
 大声で騒ぐ彼ら彼女らが不快なのはなぜか。
 それは、その場にいるこの私が無視されているからだ。これを傍若無人という。
 わが身をふりかえってみて、そんなことをしてしまった経
験はないだろうか。
 教室で、友達の頭ごしに、遠くの席の同じ部活の人と話してしまったことはないか。
 頭越しされた人はその存在が無視されているのと同じだ。
 わりと静かな教室内で、みんなに聞こえるような声で、個人的なことを話してた経験はないか。
 「やべぇよ、昨日ぜんぜん寝てねぇよ」とか大声でしゃべってたことはないか。
 どう見てもかしこくは見えないふるまいだ。
 休み時間は、ちょっと勉強したい子もいれば、貴重な睡眠時間にしたい子もいる。
 元気に過ごしてはいけないというのでは全くない。誰かと会話するときは、その人に聞こえる音量で話せばいいというだけの話だ。
 その二人で通じ合えばいい内容を、周りのみんなに聞かせる必要は全くないのである。
 まして教室の一角で数人が悪ふざけ的な盛り上がりを見せていたら、他の人はどうだろう。時には「おれのことが笑われてたらどうしよう」と不安に思う人もいるはずだ。
 そんな不安を過去一度も抱いたことのない人は、よほど幸せな人生を送ってきたか、無神経かどちらかである。
 あわせなければ空気読めないと思われないだろうかとか、友達扱いされないだろうかなどと気をつかって、馬鹿騒ぎにつきあう必要はまったくない。
 そんな感覚で仲良くなった人は、友達とはよべない。そういう「友達」はむしろ不要だ。
 喧噪から知的な空間は生まれない。しっとり落ち着いた教室で勉強しようではないか。

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「手の変幻」から学ぶ

2013年04月18日 | 日々のあれこれ

 ミロのビーナスは両腕がないからこそ魅力的だと清岡卓行は言う。
 この言葉自体は、べつに清岡氏じゃなくても言えそうな言葉だろう。
 山田うどんはこしのなさが魅力なのだとか、マクドのコーヒーには色しかないから安心するとか。

 ~ 僕はここで、逆説を弄しようとしているのではない。 … ふと気づくならば、失われた両腕は、あるとらえがたい神秘的な雰囲気、いわば生命の多様な可能性の夢を、深々とたたえているのである。つまり、そこでは、大理石でできた二本の美しい腕が失われた代わりに、存在すべき無数の美しい腕への暗示という、不思議に心象的な表現が、思いがけなくもたらされたのである。それは、たしかに、半ばは偶然の生み出したものであろうが、なんという微妙な全体性への羽ばたきであることだろうか。(清岡卓行「手の変幻」第一学習社) ~

 みんな、ここから何が読み取れる? 
 将来合コンとか出る日が来るよね、そんなとき自分情報をすべて一気にさらけだしちゃだめだよ。部分的に開示しておいて、ミステリアスなところも少し残しておこう。全部をさらけだされないからこそ、そこに想像力が働き魅力を生むもとになるんだからね … 、と言う話をした。本文の冒涜にはあたらないと思うのだが。
 アイドルに恋愛は許されるか否かということが一時問題になっていた。
 答えはあきらかだ。不可に決まっている。そのこと自体がアイドル、つまり神秘性をおびた偶像の定義だから。
 「アイドルだって年頃の女の子なのだから恋愛してもしょうがない」という意見があったが、議論の次元を間違えた空虚な言葉だ。
 彼氏いてもいいけど、それが表に出た瞬間に、生命の多様な可能性の夢が絶たれる。
 夢を見させる存在が、ファンの夢をうばっていいはずがない。
 能年玲奈ちゃんには、このまますくすくとぼくらの夢を育て続けてほしい。

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