一時間目のクラスで、教壇のすぐそばの生徒さんが、かえってきた模試の結果を見てた。
ちらっと見て「やばくね?」と声をかけると、「ですよね。先生こんな感じでも、大学行けますか?」
「やばいって思って今からやり始めたら、ぜんぜん余裕だから」
「がんばろうかなあ」
そうそう、おれも昔、そう思ってたよ。
でも高校2年のときに心入れ替えて勉強をし始めたかと言えば、そうではなかった。
さすがに高校3年の後半は少しはやった気がする。
それでも、「いいかげん、やばくね?」的な声が常に聞こえていた。
で、その後どうなったか。大学でも、そろそろ本気出して勉強しようかと思いながら、のんべんだらりと六年通い、就職してからも少しは勉強したけど(切羽詰まっていたので)、いまだに「そろそろ、やばくね」って声が時折聞こえる。
映画は、大黒シズオの内面をイメージ化したシーンから始まる。
「神様」的風体の堤真一が、シズオに向かって語りかける。
「やばくね?」「いいかげん、やばいっしょ」
42歳にして勤めていた会社を辞め、漫画家の道を目指し始めたシズオ。
かといって、ひたすらマンガを描き続けるわけではなく、テレビゲームに興じたり、朝酒してしまったり。
First Kitchenでバイトをして、小遣い程度は稼ぐ日々。
高校生の娘が一人。奥さんどうしたんだっけ?
同居する父親の年金が大黒家の一番の収入源だろうと思われる家族状況。
誰が見てもやばい。
その年で漫画家目指すと言ってること自体、傍(はた)から見たらイタい。かたはらいたし。
バイト先では年齢ゆえに「店長」とあだ名で呼ばれるが、20代の本当の店長からは叱られるわ、バイト仲間に誘われて行った合コンで若いおねえちゃんから「ちゃんとした方がいい」と言われるわ。
ただ … 、不思議と不幸には見えないのだ。コミック読んでたときも同じ感覚だった。
なんでだろう。
かりにシズオが現実の友人だったりしたら、どうだろう。
生瀬さん演じる友人の宮田が、「おれ、おまえがうらやましいよ」と呑みながらつぶやくシーンにはげしく同意してしまったが、そんな目で見るような気がする。
自分のやっていることが100%正しく、何のまちがいもなく日々を過ごしているという確信のある人って、たとえば100人のうち何人ぐらいいるのだろう。
商売柄「自信をもってやるべきことをやれ、道は開ける!」と時々語る。
一方で、まあ、人生ちゅうもんはなかなか思い通りにはいかへんからねと思う自分もいる。
かりに、すべてがうまくいく人生があったとしたら、かえってつまんなくない? てか、あきんじゃね?
シズオを見てて感じる不思議な愛おしさは、たぶん自分の人生に対するそれだ。
大人になればなるほど、しみてくる作品だろう。
あ、不幸に見えない明らかな理由はあった。
娘と父親の存在だ。
友人だったら、「おまえはいいよな」と言ってられるけど、一緒にくらす家族だとそうも言ってられない。
父親はシズオに愛想をつかしながら見捨てないし、娘の橋本愛ちゃんはグレたっておかしくないのに、けなげに家事をこなす。
人柄なのかな。
実は娘の鈴子には、コミック5巻で描かれた厳しい現実がある。
二時間の尺で、そこまで描くのは難しかっただろうが、その背景を知ってる身には、彼女の笑顔を見るだけで泣けてくる。それにしても自分が語る必要など何もないけど、すごい女優さんだ。
編集者の浜田岳くんも、やる気はないけどちょっと怖い感じの若者の山田孝之くんも、実力を発揮しまくっていたし、マニアックなことを言うと看護婦役でちらっと出た池谷のぶえさんまで、ぴたっとはまっていた。これが日本映画の真骨頂だと思えるくらい愛おしい作品だ。
まさかこんな映画になるなんて … と一番感慨深いのは、おそらく原作者の青野春秋さんだと思う。
ああ、続編観たい。コミック番外編「俺はもっと本気だしてないだけ」に、本気でシズオを好きになる女の子が登場する。ブックデザイナーの上野マキ。この役はぜひとも成海璃子さまにおねがいして、続編つくってくれないだろうか、福田雄一監督。