水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

星華祭前日

2010年09月18日 | 日々のあれこれ
 漢文1、古文1、卒業生の後援会1のあと、合奏、積み込み、星野高校さんへ移動。
 バスを254バイパスに乗り入れるところで、ぴたっととまってしまう。
 これがもし三連休とかいう意味不明の催しものが原因だったらムカつくなあと思いながら、のろのろ走っていくと、事故かトラブルと思われる車とパトカーが一車線ふさいでいて、それが渋滞の原因だった。
 予定より少し遅れて到着。ミーティングとか省略していただいて、すぐ練習に入りたかったが、やはり儀式は必要のようだった。
 その他いろんな面で、お互い慣れないせいか、一つ一つの行動に時間がかかる。
 中庭でのリハーサル時間もかぎられているはずなので急ぎたいのだが、こちらばかりあせってもしょうがないので、がまんしていた。
 でも、本来いるべき人がいたなら、とっくにきれていたかもしれない(笑)。
 リハの後、体育館で少し練習。
 大事なのは、ノリノリで吹くこと、音符のないところは休みではなく手拍子やおどりで仕事し続けること、を最後にお願いして、合同練習を終えた。
 みんなを駅まで送り、課題の終わってない子を学校でやらせるという長めの一日である。
 
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2学年だより№34

2010年09月17日 | 日々のあれこれ
「WHAT」

 ~ 成功か失敗かの鍵は、なにをやるかのWHATではなく、どうやってやるかのHOWにかかっているに決まっている。
 それなのに、どうも日本人はいつもどこかに正解があると無意識のうちに思ってしまうらしい。それで、正しいWHATを探すのにばかり時間と労力をかけるのだ。そのくせHOWにはそれほど気を使わず、通り一遍のことしかしなかったりする。その結果、うまくいかなかったりすると、やっぱりあっちを選ぶべきだったとその原因をWHATのせいにして後悔するのである。
 勝負を分けるのはどちらを選んだかではない、絶対に成功させるという気持ちがどれだけ強いかにかかっている。
 だから、どちらでもいい、まず選ぶ。そんなところで貴重な資源を浪費してはいけない。それらは極力そのあとのHOWに回すべきだ。
 (坂本桂一『頭のいい人が儲からない理由』講談社) ~


 人生において、これこそ自分の「WHAT」だというものに出会えた人は幸せだ。
 そしてその出会いが、若ければ若いほど幸せだと言える。
 幼い頃から、その「WHAT」に向けて徹底して資源をそそぐことができるから。
 芸術やスポーツの分野における第一人者は、こうして誕生する。
 というか、そういうかたちでしか、超一流は生まれ得ないだろう。
 高校生になってはじめて、たとえば音楽の才能に気づき、そこからピアノをはじめたとしても、プロの演奏家になれる可能性は限りなくゼロに近い。
 野球選手やゴルフ選手も、高校生スタートではきびしい。
 フィギュアスケートや囲碁将棋の世界なら、高校デビューでは100%無理と言える。
 箏や尺八の演奏家なら、大学からはじめてプロになった人もいる。
 他のスポーツを小さい頃からやっていて、高校から種目を換えてそれでプロになった人はいる。
 そして、こういう面もある。
 幼い頃、これこそが我が子の「WHAT」のはずだと親が判断し、家族で努力を続けて、その結果プロになることができなかったという人は、実は成功した人の何倍もいる。
 いったい、自分にとっての「WHAT」とは誰が決めるのだろう。
 親? 友人? 彼女? 先輩? 上司? 憧れの人?
 あえて言えば「神様」というしかないのではないだろうか。
 でも、たとえ神に賜った「WHAT」であっても、人によって、これはオレのやるべきことではないと言うにちがいない。
 結局自分がどう思うかなのだ。
 自分で「これかな」と思いさえすれば、それはその人の「WHAT」になる。
 他人から「これかもね」と言われたものは、実は本人の思い以上に「WHAT」だったりする。
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2学年だより№33

2010年09月15日 | 日々のあれこれ
「決める」
 今月末に3年次のカリキュラム説明会が催される。
 昨年の冬、文系か理系で迷ったように、選択科目で迷う人もいるかもしれない。
 その悩みを解決するためには、様々な情報があった方がいい。
 しかし、選択のための情報収集にあけくれ、選択した後にするべきこと、つまり本来の目的達成にかける時間を減らしたのでは、何のために悩んだのかわからなくなってしまう。
 多くの人が、夏休み中にオープンキャンパスに行ったと思う。
 秋の学園祭のシーズンに大学見学を予定している人もいるだろう。
 受験予定大学への意志を確認するために出かけ、その結果やろうという気持ちになれるなら、ぜひとも足をはこんでみてほしい。
 でも、どこか自分にあう大学がないか探してみよう的な悠長な構えならやめた方がいい。
 そんな暇があったら1点でも、1ポイントでも成績、偏差値をあげるために資源を使うべきだ。
 根本的に、向こうから自分にあわせてくれる大学などない。こちらがあわせるのだ。
 入学後、「この大学は自分にはあってない」と発想する人は、たいがいどこに行っても同じだ。
 自分の思ったように過ごせないことを、すべて周りのせいにしてしまう人は前に進めない。
 もちろん、受験しようかなと考えている大学の受験科目も調べずに、選択科目を決めるのは愚の骨頂である。
 でも、自分との相性はどうの、何をとるのが効率がいいのか、まして就職に有利かどうかまで考えていたらきりがなくなる。
 とりあえず「えいやっと」決めて、その後がんばるしかないのだ。
 肝心なのは、決めてからどうするか、入ってからどうすごすかである。


 ~ 脱サラをして飲食店をやることに決めた。あちらこちら物件を見て回るがいまだに迷っている。さて、焼き鳥屋とラーメン屋のどちらをやるべきか。
 私は、この事の相談をされると、たいていこう答える。
「そんなの、どっちでもええやん」
 別に、面倒くさくてそういうのではない。本当にそう思うのだから仕方ないだろう。焼き鳥屋がやりたければ焼き鳥屋、ラーメン屋が好きならラーメン屋、どちらでも選べばいい。なんなら、サイコロでも振って決めればいい、それだけの話だ。
 どちらにも大繁盛して大金持ちになる可能性もあれば、倒産して借金を抱える可能性だってある。焼き鳥屋なら成功するけど、ラーメン屋を選んだら誰がやっても絶対に失敗するなんて、そんなことあるわけがない。
 成功か失敗かの鍵は、なにをやるかのWHATではなく、どうやってやるかのHOWにかかっているに決まっている。
 (坂本桂一『頭のいい人が儲からない理由』講談社) ~
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17歳の肖像

2010年09月14日 | 演奏会・映画など

 舞台は1961年のロンドン。1961年といえば、今は亡きダイアナ妃が生まれた年だ。カールルイス、オバマ、そして日本では佐渡裕とこの私が生まれた年でもある。
 郷里の実家では、この年テレビが入った。
 16歳のヒロインがチェロをかかえて学校から帰宅する途中、30歳すぎの紳士がスポーツカーをとめて、そのチェロだけでも車に乗せないかと声をかける。
 それをきっかけに時々会うようになった二人。自分の知らない大人の世界をかいま見させてくれるそのおっさんに、ヒロインはどんどん心惹かれていく。

 ちなみに恋に落ちるときってどんな状態なのでしょう。
 そのほとんどは、憑きものが落ちるように醒めるものだけど、平生にもどっているのを自覚しながら、いろいろな物語をつくって、その状態を維持しようとするのが人間の脳の役割だろう。

 映画の登場人物に一瞬にして心奪われる瞬間というのは数々ある。
 「パッチギ」。沢尻エリカちゃんがキムチの壺をかかえて登場しながら親指をぺろっとなめる瞬間。
「ハナミズキ」。塾からの帰り道、待っている生田くんの方にゴメンて顔で駆けてくるガッキー。このシーンの設定が橋の上にもってくるというところに、監督さんの芸を感じる。
「武士道シックスティーン」。成海璃子との対決シーンで「見つけてくれてありがとう」と竹刀をかまえる北乃きいちゃん。
「スイングガールズ」。紙を息でふーっと吹きかけるときの本仮屋ユイカちゃん。
 ただのエロおやじか!

 そんな一瞬が、このおっさんにはとっては、どこだったのだろう。どこかにあったのかもしれないが、見逃したか。
 「ここでいっちゃったな、このおやじ、気持ちわかるわ」みたいな一瞬がもっとはっきりわかるとよかった。
 そうしたら、最初は年上の余裕みたく見えてるおっさんが、だんだんヒロインを手放したくなくなっておろおろする様子にもっと共感できたはずだ。
 おっさん、おっさんてすいません。よく見かける有名な俳優さんであることは存じているのだが、カタカナは覚えられなくて。

 今の生徒さんがたは、テレビや冷蔵庫や車のない暮らしは想像もできないだろう。
 我が家にテレビが入った1961年。われわれが幼少から思春期を過ごす時期に、日本の社会はやはり大きく変わったんだろうなと思う。
 日本の1961年が舞台だと、だいたいイメージがわくのだ。そのシーンは時代的にはおかしくないかと感じるような面もふくめて。
 イギリス舞台だとそのへんがわからないのが残念だ。
 だいたい、おっさんが、最初からただのエロおやじにしか見えないというところにも難がある。
 たぶん西洋の人は、女子高生が恋に落ちてしまう可能性をもつ紳士として把握できるのだろうが、そこに違和感をもってしまうと、その後のめりこめないのはたしかだ。
 邦画だったらもっとのめり込めたかな。たとえば下町の都立高校に通う女子高生。成績優秀な高校3年生、多部未華子ちゃんと、一見いい人で実は裏の顔ももつ宅間孝行でこの映画つくってもらったなら、すごく入り込めただろう。 いや、こうなったら邦画界の二大至宝、成海璃子嬢と堤真一さまでいこうか、ALWAYSの時代設定で撮ってもらう。これはすごい。
 もし現代が舞台なら、ヒロインはレイプされシャブづけにされててにおかしくないような危険を実はおかしているのだが、そんな状況に陥らないのは、49年前の話だからか。

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すーちゃんの決心

2010年09月13日 | おすすめの本・CD
 益田ミリ「すーちゃん」シリーズの3作目。
 いやなことがあった時、それに立ち向かうことは立派だけれど、ときには逃げることも必要だ。
 ある程度大人になればみんなわかっていることだけれど。
 でも若いうちは、とくにまじめな子は、そういうのを自分の責任だと受け止めてしまう。
 世の中、おかしい人はいるのだ。
 すべての人に対して同じ距離感で接するのは無理だ。
 人と人には相性がある。
 「この人とはどうしてもわかりあえそうにないな」と思ったなら、完全に逃げてすむならそうすればいいし、一緒にいざるを得ないなら、適度にあしらいながらやっていくしかない。
 「人と人とはわかりあえる」などという幻想を、たとえば教育関係者が本気で教えたりするのは犯罪に近い。
「みんなちがってみんないい」byみつを
「縦とピッチは(できれば)同じがいい」byくにを
 だから、すーちゃんが仕事やめようかなと考えはじめた時は、それがいいんじゃないかなと思いながら読んでいた。
 「嫌いな人のいいところさがしたり、嫌いな人を好きになろうとがんばったり、それができないと 自分が悪いみたいに思えて、また苦しくなる」
 この向井さんタイプの人はぜったい変わんないから。
 無意識のうちに自分の言動が他人を傷つけることに気づかないのではない。
 自分の言動で傷ついた相手を見ることが無意識のうちに快感になっているタイプだ。
 「逃げ場がないなら、その部屋にいてはだめなんだ」
 そうだよ、すーちゃん。生活はなんとかなるよ。
 それ以上がんばったら、ぎゃくに身体こわすから。
 「仕事、もう辞めよ」
 「あたし悪くない、誰がなんと言おうと」
 3ヶ月後、新しい職場を見つけたすーちゃんと、上京してきたお母さんとの会話を読んで号泣してしまったのは、文化祭疲れも多少はあるかな。

 
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二日目

2010年09月12日 | 日々のあれこれ
 前日の盛況ぶりから、テーブル配置を作り直した。
 テーブルを小さくし数を圧倒的に増やしたので、ちょうど六本木のスイートベイジルみたいなフロアになった(行ったことないけど)。
 それでも、朝から空席待ちをしていただくほどの盛況で、演奏もそれに応えようという気持ちでできたのではないだろうか。
 昼休みに「心の旅」「花嫁」を弾き語らせていただいたが、暗譜で余裕のつもりだったのに、歌い始めていきなり歌詞につまり、最前列にお座りだった部長さんのご両親に助けていただいた。
 最後は、全員合奏。
 みんなでごあいさつをして無事お開きである。

 体育館にいって、プロのライブを見る。
 キャンペーンで来校してくださった曽根由希江さん。
 文化放送のパーソナリティーもされてて、来月CDデビューされる。
 いやあ、上手ですわ。
 同じ歌い手として(どこがやねん!)圧倒された。
 やはりプロはちがう。
 歌唱力は問題ないし、ビジュアルもOK。MCは達者。
 実力はたぶんものすごいのだろうけど、同じくらいに力を持つ方は他にもいらっしゃって、ちょっとした運、ちょっとした巡り合わせで、メジャーになれるか決まってくるのだろう。
 映画「BECK」でわかったように、事務所の力が左右する部分の大きいようだが、それも含めて実力と思うべきなのだろう。
 しかし、川越東に来てくれた芸能人は、その後大きく売れてく方が多い。
 爆笑問題しかり、タカアンドトシしかり。ぐっさんもインパルスもオリラジも、うちに来た後の大ブレークした(号泣さんはやめられたようだが)。
 お笑いではないが、曽根さんもきっとビッグになるであろう。
 お笑いライブの二番手に渡辺直美さん。
 いつものビヨンセで登場。
 踊りネタのあと、歌ものまねをいくつかと言って歌い始めたのを聞いて、背中がぞくっときた。
 うますぎる。ネタでなく、ずっと聞いていたいと思った。
 
 お笑いライブ後小講堂にもどると、3年生たちがセッションをやっている。
 楽器吹きたいんだね。
 でも、そろそろ現実にもどろうねという話を最後の集合時にした。
 今年も文化祭が終わった。一段落だけど、もっと練習したい気持ちが正直なところだ。

 保護者のみなさま、ご来場いただいたみなさま、ほんとうにありがとうございました。
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一日目

2010年09月11日 | 日々のあれこれ
 「翔鷺祭」一日目。
 本校の文化祭を「鷺が翔る祭り」と名付けたのはどなたなのだろう。
 入社した開校3年目にはもうこの名前だった。
 稲の刈り入れのこの時期、学校のまわりの田んぼに何羽もの白鷺を見かける。
 「白鳥は~」と歌った若山牧水の気持ちになってしまうほど鮮烈な白だ(なんて国語の先生もたく言ってみたりして)。
 「鷺が舞う」と書くと真島俊夫先生の曲の楽章名にありそうな字面だ(なんて吹奏楽の先生みたく言ってみたりして)。
 さて、文化祭一日目は、ライブ喫茶開店時から終了まで、ほぼずっと満席状態が続く。
 ありがたいことだ。
 昨日合奏をやりながら、「ふざけんな!」と言いそうになってこらえた部分が、ぎりぎりセーフになってて、やはり本番の緊張感が一番成長させるのだろうと思う。
 15:00過ぎにいったんしめて、帰りのHRの後、全員合奏の練習。
 そのあと会場準備や不足分の買い出し、居残りさんをお送りし、ギターの弦を換え、戸締まりをして終了。
 
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前日

2010年09月10日 | 日々のあれこれ
 午前中は各クラスでの準備。
 昨日まで何もなかった教室が、文化祭前日のしかも午前中だけで、その準備を終えるというところが、本校の文化祭全体を象徴しているとも言えるが、在校生の8割が運動部員という学校では仕方ない面もあるのかもしれない。
 若いころ、そういう現状をなんとかしようと奮闘してみたこともあったが、孤軍の戦いに終わった。 
 自分の範囲である吹奏楽部についてだけでも、しっかり文化を届けるられるようにするという姿勢でやってきて、実際その願いは叶ってきてると思う。
 まあ、でもうちなんかありがたい方だな。
 クラスでもときどきがんばってる企画は見かけるし、なかなかじっくりは見れないものの、物理部さん、生物部さんは独自の文化を築いている。マンドリンさんや演劇さんのステージ発表もある。
 いわゆる教育困難校とよばれる学校(最近「進路多様校」とも言うようになったらしい)の先生から、ほんとうに苦労されてるなあという話をきいたこともある。
 そしてそれをなんとかしようと様々な取り組みをされる(ごく一部の)先生方の奮闘ぶりには頭が下がる。
 学校の文化的行事の質を規定するのは、教員の中身よりも、おそらく生徒さんがたのもつ文化的背景なのだ。
 
 
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前々日

2010年09月09日 | 日々のあれこれ
 授業を終えて、放課後会場作り。
 めどが立ったところで合奏曲の直し。
 そのあと当日の進行にしたがって入退場、セッティングなどを確認しようとしたのだが、動きがおそい。
 「じゃ頭からやってみよう」と指示した段階で、まだみんなに流れが連絡されてなかったのを後で聞いて知った。
 つい「何やってんだよ」と大きめの声で、聞く人によってが怒っているかのように聞こえる声を出してしまう。
 「もう、たえられないから、戻ります」となかじま先生に言って職員室にもどった。
 曲練習で、リズムのとれない子に延々繰り返しやってもらうことはいくらでもたえられるのだが、仕事のだんどり不足によるロスタイムはけっこう我慢がきかなくなっている。
 年だな。
 その後どんな風にしてたかは知らない。
 3年生が助け船を出していろいろ動いてくれたようだった。
 いろいろその場で言って(どなって)やらせてしまう方が早いのはわかっている。
 でも、それだとやらされてやってるだけだから、後につながらないのではと懸念するのだ。
 音楽面でも同じかもしれない。
 レッスンをうけて、そのときは上手になっても、自分からその状態を維持し続けよう、もっとよくしようという気持ちがなかったら、時がすぎるともどってしまう。
 自分の意志にもとづいてマスターした技量でないと、自分にも蓄積しないし、後輩にも受け継がれていかない。
 なかなか拡大再生産にならない原因がここにあると思う。
 そのためのシステムをつくることを自分の仕事にせねばとわかってはいるのだが。
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買い出し

2010年09月08日 | 日々のあれこれ
 ロヂャース組、島田包装組の二手に分かれて買い出しにでかけたら、島田包装さんが営業してなかった。
 学校にもどってネットで調べてみたら、この夏営業をやめられたようだ。知らなかった。
 紙コップや紙袋を手に入れるのにこんないいお店はなかったし、行けばその品揃えを見てるだけで楽しかった。
 部の買い物は部員諸氏にまかせ、自分は二階で業務用ぽい鍋やフライパンを見たり、一階でお弁当用にこのプラパック買おうかな、とかあれこれ歩いてまわるのが常だったのだ。
 文化祭前の時期にでかけるので、いろんな学校の生徒さんと会うことも多かったが、今年はみなさんどうしたのだろうか。
 たいへんな世の中だ。
 しょうがないので、セキチューに河岸を変える。
 紙コップはこのへんね、文具はあっちの方ね。自分たちで見繕ってきて。
 はい。
 「あのー、折りたたみの傘どのへん?」
 ご婦人に声をかけられる。
 「えっと、(どこだっけ)あちらの奥の方ですね」と歩き出す。
 「あ、わかったわ、どうも」
 お店の人と思われたようだ。
 セキチューでははじめてだ。
 ケーズデンキでは複数回あるから、量販店の店員さんタイプなのだろうと久々に自己認識する。
 お菓子を入れるちょっとした袋がなく(これも島田包装さんにはふんだんにあったが)、ヨーカドーさんの100均に移動すると、こちらは充実していた。
 あらためて100均は無敵だと思う。
 いろいろ買って学校にもどる。
 19:00の歯医者を予約してたので、再度ヨーカドーさんへ。
 10分ほど早く着いたので「SAPIO」を買おうと思って1Fに降りたら、新星堂の本屋さんが閉店していた。知らなかった。
 なんかこれもさみしかった。
 
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