「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「早くも三・七日が」

2017年03月25日 | つれづれ噺

                                                                    

思いもかけない姉の交通事故から三週間。仏教でいう三・七日(みなのか)の金曜日を迎えた昨日。
事故現場に花のお供えに出かけたら、くだんの横断歩道に、今もたくさんの花束に沿えて、飲料水のペットボトルも置かれていた。
ご近所の方のお心遣いなのか、姉の友人や知人のお気持ちなのか、はたまた事故の加害者となった人の気持ちなのか。

いずれにしても、「あまりにも突然に襲った姉の不幸」に対して弔意を見せられるのは、弟として誠に有り難く感謝あるのみ。
こういった様子を見せられると改めて、姉の無念さや、もう少し生きたかったであろう、もうちょっとやり遺したことがあっただろうという思いがこみ上げる。でも今はただ手を合わせて冥福を祈るしかない。

手塩にかけた二人の子どもは、東京と奈良に住んでいる。
それぞれに家庭もあり仕事もあるのだから、葬儀を済ませ、一通りの段取りを整えて、それぞれに戻って行った。
次に家族連れで帰るのは四十九日法要の時である。そのころにはこの横断歩道の花束はどうなっているのだろう。

今我々に出来るのは、狭い歩道の通路をふさがないよう、古い花束を処分し、新しいものと入れ替える作業くらいのことである。
迷いの世界で何度も生まれ変わることを『輪廻転生』というのだそうだが、出来ることなら迷いのない世界に再び生まれ、迷いの少ない人生を全うできたとしたら、あの世で再会するであろう両親に顔向けできるというものか。さてどうなんだろう。

 

コメント (2)
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