「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「渡り鳥いずこ」

2024年12月18日 | つれづれ噺
                
今年も隣の空き地にやってきて、せわしげに尾っぽをピコピコ震わせ、今ここに止まったと思ったら、カメラのシャッター切る間もない俊敏さであっちこち飛び回る。その名をジョービタキという。通称やあだ名は色々ある。子供の頃に聞いて印象に残っているのが「ヒンコチ」だった。今では主翼に大きな間白い円形模様があることから、紋付き袴の正装に見立てて「モンツキ」と呼ばれたりするちっちゃなちっちゃな渡り鳥である。

このちっちゃな体で東南アジアを舞台に寒い場所を求めて渡り歩くという。渡り歩くという点ではあの旅する蝶「アサギマダラ」こそもっとすごいことである。あの蝶がどうやって大洋を横断するのか、何のために大洋を飛び越えるのか、そのスタミナ・馬力などがどこに隠されているのか、考えれば考えるほど世の中に不思議は幾つもあることに驚かされる。

渡り鳥と言えば、新潟市に住んでおられた高校時代の恩師を訪ねた時、白鳥の大群が渡ってくる「瓢湖」という小さな湖に何度か案内してもらった。東京本社にいた1年間に上越新幹線を利用して何度新潟にお邪魔したのだろう。弥彦山にも登った、豪農館にも村上温泉にも連れて行ってもらった。
その恩師の訃報を受け取ったのが亡くなられて8カ月後という寂しいお別れになったのは、どうしても承服しかねるが、今となっては全てが無になったのだから仕方がない。便箋5枚に綴った手紙を添えて送り届けた岩国特産レンコンのお歳暮が、淋しい結末のもの言わぬ証人となった。くどいようだが、もう少し何かの形があったのではないか、葬儀に駆け付けられないなら亡くなられた直後にお線香でも送れたのではないか。全てが終わったこと、何を言っても愚痴になるが、若干16歳の出会いから66年の長い付き合いは何だったのか、口惜しいがこの話題は今宵で終わりとしよう。

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「最後の訃報連絡」

2024年12月10日 | つれづれ噺
そろそろ本格的に年賀状の準備に入ろうとした今日のこと。
少し遅めの訃報葉書が届いた。仲よし同級生からの一通で「長男〇〇が今年11月、58歳で永眠しました」と書かれていた。
この世で何が辛いかと聞かれたら答えに窮する。それは、想像に絶するほどの不幸を体験していないからではないかと思う。 

彼女にとって、この年齢になって自分たちより先に我が子の不幸を見送る立場に立つことの辛さは如何ばかりか。
もっとも、身内の誰が旅立っても深い悲しみに沈むのは確かであるが、親より先に逝く子の気持ちも測ることの出来ない重さを持っているのだろう。
中国の古いことわざに「親より先に旅立つことほど親不孝なことはない」と言われるが、確かに一理ある。子は親より長く生きて、親をちゃんと見送るのが中国古来の親に対する最高の尊敬を言い当てた子の道徳心であったのだろう。

とうぜん、年賀状を出す友の一人であったが、急遽変更。さてどんな言葉で気持ちを和らげられるのだろう。
そう云えば私の母は、自らが長生きした分二人の子供が先に旅立つ不孝を味わった。ただその分を私たち次男坊夫婦が母の命を全うさせられたことで、その悲しみを取り戻してあげられたのかな、などとちょっと思いあがっている。
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「アンコール!」

2024年11月17日 | つれづれ噺
          

コンサートなどで「最後の一曲となりました」と言われ、その曲が終わったら一旦幕が下りる、のではなく緞帳ともいう豪華なカーテンが閉められる。とたんに観衆が立ち上がって拍手を送り続ける。するとほぼ間違いなく再び幕が開き、ではなくカーテンが左右に開き、観衆の拍手に応えるようにもう一曲サービスで聞かせてくれる。
こんな一連の動作を「アンコール」と呼ぶと、馬鹿の一つ覚えのように思って来た。

今どきアンコールと言う言葉はあまり使わなくて「カーテンコール」というのよと誰かが教えてくれた。
我が定年後の人生を「自分のアンコール人生」と思って来た。つまり60歳で一つの幕が下りる。そして新たに始まるおまけみたいな定年後人生こそがアタシのほんまもんの人生だと、少し突っ張ってきた。というか、現役時代ほど周囲に気を使わなくてもいい、少しは横柄でもいいんじゃないの、などと思いあがった部分はある。
ましてやカーテンコールとは、お客様からの拍手で再び迎えられることを言うのならば、アタシの場合、誰も拍手などで迎えてはくれない。だからアタシはアタシ自身が拍手してアタシ自身がカーテンを開いて再び登場して、アンコール人生と呼んでいるだけのことである。

そんな理屈をこねるのは置いといて、仲良し同級生からアンコールの電話をもらっている話でした。今年の夏、同級生5人に電話して「昼飯を食べようや」と。集まった彼らに「今日は思い切って自分の病気の話をしよう」と持ち掛けたのだった。これまでは「病気の話はダメよ」とタブー扱いだったのを逆手にとって「おいM君、いま体調はどうなん」と向けたところ、みんなが一斉に「実は・・・」堰を切ったように話し始めた。酒もカラオケもない男5人女一人の席があっという間に2時間半過ぎた。

そして昨日も「Y君、あの時は楽しかった、またやろうや」と催促と言うかアンコールをもらっている。そっか~みんな一つや二つは密かに病と闘いながら笑って生きているんだね~。もちろんこのアタシも似たようなもんだけど。
思い切って憂さ話が出来るのは有難いチャンスだったのかも。よしまた近いうちに昼飯を誘おう。夜の幹事はもういい。昼間ならいつでもOKよ。

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「夕焼けこやけ」

2024年11月07日 | つれづれ噺

                

♫ ゆ~やけこやけでひがくれて~ や~まのおてらのかねがなる~~ ・・・ ♬

夕方5時になったら、団地公園に設置されている防災無線スピーカーから「夕焼け小焼け」の優しいメロディが流される。家庭の事情を反映してそそくさに帰り支度をする子もたまにいる。大方はそんなメロディなど無視してさらに遊び続ける子の方が多い。
学校サイドも、夕方5時の時報に合わせてお家に帰りなさい、などという奨励もされていない様子。
もっとも、季節によっては子供は元気に外で遊んでくれる方が有難いという親もかなり多い。

そんな色んな事情がある中でも、あの夕焼け小焼けのメロディは、ひと仕事終えた人たちにとってはなんとも癒しのメロディとして受け止められている。小学校のオルガンで教わったあの歌詞もメロディも、私たち世代は好意的に受け止め、愛唱したものである。それは今も小学校音楽の時間に子供たちは教わり歌っているものと思っていた。それは名曲であり、日本人の心の風景だからと私個人は思っている。

ところが我が家の小5・小1の孫姉妹は、この唄を知らないという。特に小1の妹は、ふる里我が家に帰省する楽しみの一つが、この夕方5時のメロディに耳を傾けることだという。「この音楽大好き」というので歌ってみてというと「知らない、習っていない」という。えっ?今では夕焼け小焼けも教えないのか~、情緒がないなー、寂しいよねぇと思うのはアタシだけかなー。
こういった日本の良き時代、人間と人間の心のふれあいを大切にしてきた時代はもう使い物にならない焼却ごみなのかねー。

夕焼け小焼けを歌えばいい子が育つのか、と問われれば即答には困るが、兎に角私の孫には、夕焼け小焼け、お手手つないで、七つの子、など心演歌ならぬ小学生の心童謡をしっかり教えて行きたい。
詩を口ずさむだけでも無駄にはなるまい。

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「悩み多き秋」

2024年10月20日 | つれづれ噺

             

今やなくてはならない生活の必需品となったスマートホン。弱りかけた脳みそをフォローして余りあるお助けマンの上に、こちらが出した質問に取り敢えずは答えを出してくれる。そんな心強い相棒であることに感謝する反面、ひとたび機嫌を損ねると箸にも棒にもかからない。その強情さはパソコン以上である。

いま使用中のスマホは、機種を変更してからまだ3カ月にもならない新進気鋭である。それが何と2週間前に突然画面は真っ黒。褒めても好かしてもけなしても一切反応なし。急いで購入店に駆け込んだ。状況説明からメーカー修理の書類作成などに約2時間近く。「今色々やってみたところ、使えるようですが」と手渡してくれた。見たかったアプリを開いたらまた画面は真っ黒、応答なし。

結局メーカー修理に出して2週間、今日受取に行った。電話番号控え、ラインのメンバー、大切なアプリなど復活してもらうのに1時間50分。何とか納得のいく復旧をしてもらった。問題はその待たされる時間の潰し方である。普段見かけない男性スタッフから「今、お家の電気代はいくらですか?パソコンプロバイダ料金は?、固定電は?」矢継ぎ早に訊かれる質問にそこそこの答えをしていたら「シミュレーションしてみました」と、詳細な見積もり表を出されて「全部当社お任せいただいたらこの値段です、但し〇〇の条件付きです」ときた。なんだやっぱりそうか、こちらの待ち時間を活用しての巧妙なセールスである。ええよ、そこまでしてくれなくても、今が一番節約できているんだから。とは言わないが断る言葉を探す苦労がある。

スマホが壊れたのも大変だが、気の弱い年寄りにとって、セールスを断るのも一苦労。スマホのお陰で悩み多き秋を感じる一日であった。

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「再会を祝して」

2024年10月11日 | つれづれ噺

               

長い間の都会暮らしを引き上げ、出身地の岩国に定住することになった同級生K君。定年退職後5年を経たころ偶然と言う必然と言うか初めての出会いがあって意気投合したOさん。K君とOさんは高校・大学が一緒の古い友達。K君と私は中学時代の同窓生で、務めた会社が同じ。そんな3人がいつか昼食会をしようという約束が出来ていた。

このごろは駅前繁華街と言えども男3人が、ちょっとビールでも傾けながら少しゆっくり出来る静かなスペースを確保するのが難しくなった。そんな中をOさんの肝煎りで、格好の和食スペースを心配してもらった。互いの置かれた場所に少しの違いはあるが、根っこは同級生でありつながりが確認できる信頼と安心感でつつまれた三人会。予定が実現し、楽しい時間となった。

三人三様ギラギラした過去を持ちながら、一仕事を終えたゆとりが漂うゆったりのペースで話は進んだ。ときには互いを揶揄したりオーバーな褒め方に照れたり、褒め返したり(笑)
類は類を呼ぶと言われる所以か、3人ともアルコール類がそれほど所望ではないが、何はともあれ生ビール中ジョッキでカンパイ。ほろ酔いの心地よさと楽しい会話。元気で生きていれば色んなことに出会える。

またこんな機会を作ろうね、互いの固い握手で解散。たったの三人会なのに、中味は何人の同級生が顔を出したやら。心地よさに任せて、ちょっと飲みすぎ、いささか食べ過ぎ。ダイエットはまた明日から。

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「プロの業」

2024年10月07日 | つれづれ噺

                                               

所属する地区の自治会連合会には、20世帯から250世帯まで大小51の自治会が名を連ねている。
連合会加入数値は51という大所帯ではあるが、実際の仲間として活動に協力するのは30数自治会にとどまる。つまり、名前の削除までは踏み込まないが、自治会連合の活動には参加協力をしない、単に名を連ねておくだけと言う自治会が段々増えつつある。

理由は色々あるようだ。積極的に参加する場合の理由なんて大きなものはないのが実情。しかし、参加しない自治会にはあれこれ理屈がいっぱいあるらしい。だから連合での活動には参加しないという。ならば単一自治会で何か行動を起こすかというと、これまた「やらない理屈」を並べ立てて行動は起こさない。結果的には高齢化の進展もあって、自治会と言う存在が衰退の一途をたどる。
高齢者の助け合い、支え合い、自助・共助などの原点は自治会と言う組織体にある。といったような持論を展開すると我が住む自治会でさえ肩身の狭い思いをすることになる。

話は変わるが、活動中の自治会長さんに届ける書類を預かった今日、小雨ふる中を6人の自治会長の家を探しながら車を走らせた。たった6軒の家を探すのに大きな苦労をした。慣れないこととは言え、小雨が降っていて人っ子一人外に出ていないこともあって、訪ねようにも訪ねる余地がない。
そこで思うのは郵便配達員のご苦労である。仕事とはいえ慣れるまではどんな苦難の道であったろう。これほど一気に郵便料金を値上げした日本郵便に肩入れするわけではないが、大変な仕事であることだけは素直に認めよう。そして今ひとつ。郵便配達さんに○○さんのお家はどこですか?と尋ねないでね。彼らは実に困った顔をして「個人情報ですからあなたが探してください」と断られます。寸暇を惜しんで早く届けようとする配達業務に、水を差さないようにしたいね~。

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「足回り、一新」

2024年09月07日 | つれづれ噺

                      
  

野の花や草木に夜露が降り始め、それが白く見えることから「白露」と呼ぶ二十四節季を迎えた。
朝夕の涼しさも本物に近づいていく季節、と言われているはずなのだが今年の夏はなかなか終わりが見えてこない。いつからが残暑なのかさえわからないほど、いつまで待っても厳しい暑さが続く。

カブ・大根・人参・小松菜など冬野菜のタネまきが迫っているのに、これほどの高温では撒いたタネがすぐに腐るんじゃないかなどと、その勇気がなかなか出てこない。それでも季節は廻り、経験則による自作の農作業日誌に尻を叩かれる時季となってきた。少しでも早く冬野菜の植え付け作業を済ませ、涼しさも本物になったら、クルマで出かけられる範囲のドライブを考えてみよう、などと思い立った矢先、倅から車の足回りを新しくしたら、という提案を受けた。

たとえ軽自動車とはいえ、高齢者夫婦の価値観から考えると決して安い買い物ではなかったハイブリッド新車。カーキチの倅らからみれば新車購入なら足回り、すなわちホイールも純正ではなく別売りの洒落たものにしてはどうか、というご意見もあったのだが、待てよ、純正で付いている新品タイヤを軒下に保管して高価なアルミホイールを履く必要がどこにある。などと反論して純正のまま乗り始めて1年余が過ぎた。

先の見えているクルマ使用期間なら、見栄えにこだわってかっこよく乗りこなすのもありかな、と少し考え方を変えてみた。今さら年寄りが見栄を張ることもないという定説に少し逆らって、倅推奨のアルミホールタイヤに交換した。早速に孫姉妹が丁寧にホイールを磨き上げてきれいにしてくれた。小5と小1の孫姉妹でも、じいちゃんばあちゃんがかっこいいクルマに乗る方が気分いいようである。無駄な出費かもしれないが、価値判断はひとそれぞれ画一ではないということ。ま、ホンのプチ贅沢。明日からまた一つ颯爽と(笑)

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「もう一つの墓参り」

2024年08月17日 | つれづれ噺

 
 青空に映える真っ白いサルスベリが迎えてくれる、ふる里

              
                住む人はいなくなったふる里を、守るように佇む墓所

お盆は過ぎても、灼けつくような日差しとむせ返るような熱気は衰えることを知らない。
そんな暑さに押されてばかりもいられない。我が家のお盆行事を一通り終えた今日は、カミさんの里のお墓参りに出かけた。義兄夫婦がふる里を守っているときは、わざわざの墓参りに出かけることは少なかった。しかし今は住む人もない家と墓所が、もの言わぬままふる里を守ってくれているのだから、私たちが出かけて家の窓と言う窓を開け放ち、空気の入れ替えをして、お墓に水を上げるくらいは当たり前のことである。

それにしても暑かった。背の高いお墓に精一杯背伸びして水を上げる。やはり何かしら心のつかえみたいなものが取れたような爽やかな気分にさせられる。
但しここにも問題は一つ残っている。これだけの墓所をどうするか。姫路と山口市に住む息子二人のどちらかに任せることになるのだろうが、いずれにしても大変な話である。

墓所の周囲にある住む人のない住居跡は、すでに雑草や雑木に覆われようしている。この墓所を放置すれば、森に還っていくのは時間の問題である。今のところ、詳しい話し合いはしていないが、大切なことゆえに慎重にもなるし、意外に厄介なことではある。                

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「明日は我が身か」

2024年07月04日 | つれづれ噺

               

地元の特養を併設する多機能介護施設が、コロナ禍を経て4年振りの講演会を開催した。参加依頼もあったことから知り合いを誘って参加した。尻に火が付いた感のある『認知症ケアの基本と認知症診察』をテーマに「認知機能が低下したかな?と思ったら周囲の人が本人にすべきこと」という具体的な内容で、約90分。あくびをこらえ寝息を立てないよう心がけた。

講師は岡山県で認知症専門のクリニックを営む院長先生。何年か前に拝聴した時よりは随分語り上手になっておられて「認知機能低下時の対応方法の基本」とか、耳に馴染んでいるような、深くは理解できていないような、複雑な思いで講師の話に段々引き込まれていく。そういえば、おふくろの晩年を思い出す。

完全な認知症になって、こちらの言葉が飲み込めなくなった最初のころ、認知症と言うものを正しく認識してしていない私たちは、高齢のおふくろに対して何と失礼なことをしたものか、と大いに反省させられる講師の言葉が胸に刺さる。ただ、初めての体験に、認知症をどのように受け入れるのか、オロオロするのがさきになる。そして、あの物分かりのよかった人が、なんでこんなことを理解してくれないの?という期待が裏切られる怖さは、益々介護素人を追い込んでいく。

ま、やがて認知症は訪れるのだろうが、介護をする側は認知症は病気なのだからこちらが気を遣わなければならない、この割り切った気持ちにたどり着くまでに時間が掛かる。
要するに認知症介護は、実際に体験した人にしか、その大変な本質は判らないと思っている。だから今、若いママさんやパパさんにこんな講習を受けて欲しいと思う。決して無駄にはならない。

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