「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「ころばぬ先の」

2014年10月29日 | つれづれ噺

                 
                            内視鏡検査

食欲の秋に触発されたわけではないと思うのだが、このところついつい食べ過ぎを感じている。
そのような後ろめたさを持つと、なんかしらお腹の調子が万全でないものを感じたりする。
そうなると急いで?、でもないのだが、市から勧められる健康診断のついでに、胃癌検診も受けて安心を担保しよう、などと思い立って主治医のもとへ。

胃カメラによる内視鏡検査は、と指を折ってみると、両手の指でも足りはしない。なんと25年くらい前に一度っきり経験があることを思い出した。
その時は、なんと人差し指大の硬いチューブを、げーげー言いながら飲まされた記憶がある。
それがトラウマとなって、あれ以来会社の胃検診はバリウム一本で通した。それもこれも異常が見つからなかった、つまり健康であったということ。

今回は自らの志願で診察台に。ハスキーな声の看護師さんに、脅されたり慰められたりして準備が進む。
この頃ではカメラもチューブもコンパクトで、口からでなく、鼻からだという。「鼻から?」初体験のこの身、また恐怖が襲う。
物言いの柔らかい、私より少し年下の医師が、「ここがちょっときついかな・・・」とか言いながら、鼻から押し込まれたカメラがどんどん体内に入って行くのがわかる。

ものの20分。終わってみればあっという間だが、実は体中突っ張っていたような。兎に角終わって先ずはホッ!
結果説明を聞きながら、再びホッホッ!!「大きな異常なし、きれいなもんです」と太鼓判?でもないが、要するにOK。
「腹の中はきれい」と言われて、やっぱりね!そうだよね!!

「ところで・・・」 オッきたな、と思ったら「部分的に少し赤くなっていて・・・」。「ピロリ菌はご存知ですよね・・・」と。
明日から2週間ヨーグルトを欠かさず、次の1週間は処方の薬を朝夕欠かさず、その1週間は飲酒厳禁。そうして4週間経過後に、ピロリ菌の量を測定しましょう。ということで、何はともあれ一件落着。 食欲の秋もご用心。忙しすぎるのもご用心。
「無理をせずにのんびり楽しく過ごしてください」と念を押された。
これは、いつもこちらの口から発信している言葉なのに、これからは先ず自分に向けて発信することになった。

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「予告編」

2014年10月27日 | おせっかい

                  

関西地方では、この秋一番の冷え込みとかで、「木枯らし1号」が吹き荒れたという。
もうそんな季節か・・・ などと呑気なことも言っている場合ではない。

田舎の夜は早くて、玄関に鍵をかけ外灯も消した8時過ぎ、ピンポ~ン!
「郵便局です」というインターホンに慌てて印鑑持って玄関に出たのは、かれこれ10日も前になるだろうか。
配達物でも、贈り物が届いたわけでもない。顔なじみになった郵便配達員さんが、恐縮そうにパンフレットを差し出す。
例によって、年賀状の予約申込用紙である。「今年も是非よろしく・・・」と、丁重にお辞儀をして帰って行った。

ということは、今年も早、年賀状の準備をする時季になっているのだ。木枯らし1号も決して早すぎるわけではないということか。
さて今年したためる年賀状はどのようなスタイルで臨むか・・・などと、郵便配達員さんの熱心さに乗せられて、早くも賀状のデザインに気持ちが傾き始めている。

というのも、またまたおせっかい虫が頭をもたげはじめた。中学校同窓会をやろうやぁという話が本格化してきた、ということ。
70歳、古希を記念した同窓会を盛大?にやったのが2年半前。その時は「次は喜寿77歳で元気に再開しよう」と言って別れた。
ところが、たったこの2年半の間に3人の仲間が相次いで黄泉路の彼方へ旅立った。

「77までは待てん。早くやろうやぁ」と、何人かからせっつかれるようになった。
「やはり来たか」という思いもあったし、喜寿までは待てないよな~と自分でも納得して近々幹事会を招集することにした。
その前に、クラス代表数人で下話をして、「来年5月までには開こう」と大筋で合意している。
どうせやるのなら、早くから準備をして、一人でも多くに声をかけるのが幹事の役目、と決め込んで。
そして、これから準備する年賀状には、格好の「同窓会案内予告編」のお役目を託したいと思っている。

恩師に、そして同窓の仲間に、幹事のみんなが協力して、1枚でも多くの年賀状を出そうよ、ということになる。
決して、日本郵便の回し者でもなんでもないが、兎に角同窓会に一人でも多くの参加を願う、幹事の心意気を示したい。
同窓会案内予告の年賀状などというと、口の悪い友は「根回し」・「小細工」などとのたまうが、われ関せず。
来年5月を目指すなら、案内状は2月末に発送。その前の年賀状。やはり格好の予告編に違いない。

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「笑う門には・・・」

2014年10月23日 | つれづれ噺

                   

10月も下旬に入ると、涼しいという感覚を通り越して、早くも寒いと感じるようになる。
それもそのはず、今日は『霜降』。露が冷気によって霜となって降り始めるころ。カエデやツタが紅葉しはじめるころ。
と定義され、晩秋を言い表すのに最も都合のいい表現・言葉が耳になじむ。

秋から冬への季節の変わり目。夏場に無理をしたツケが出てきたり、一気に風邪をこじらせたりする要注意の季節でもある。
そのような、季節に絡む患いの多い時季ではあるが、中には、季節に関係なく気がかりな病にとり付かれることもある。
定期的な健診を真面目に受け、こと細やかに健康に留意していてさえも起こりうる病。色々ある。

一口に、「ガン」という表現は如何なものかと思うが、身体のどこかに腫瘍なるものが出来たことを知らされると、誰しもいい気はしない。
それどころか、本人にとっては、目の前が真っ暗になり、考えることの全てが決していい方向に及ばないであろうことは容易に想像出来る。明日は我が身と、この身に重ねて考えると、まさに他人事ではない。
そうはいっても、一緒に落ち込むばかりでは益々見通しが悪くなる。責めて明るく振る舞うことが、周囲を取り巻く者の勤め、かな。

そのような厳しい状況に置かれた友の姿を目の当たりにすると、「なんとかしてもうしばらく猶予を・・・」と神頼み。
弁舌さわやか頭脳明晰。正直、毒もあるが薬になることの方がはるかに多い大切な友。
もうしばらくとは、片手5年、両手10年。少なくとも平均寿命を越えさせてほしい、と自分のことも含めて祈った。

せっかくのご縁を得て知り合えた友。何かに付けて刺激をもらいながら、まだまだこれからが楽しみな年齢である。
そんな思いが奏功したのか、そうこうしているうちに見事に吉報。「まだまだしばらく付き合いなさい」という神の思召しがあった。
再び大声で笑い合いながら話の出来る状態に復活。大きく安心。一つの関門を突破した思いがある。

そういえば今日は暦の上では「霜降」。急激な進歩を遂げた医学の発展が奏功したことも事実。「何とかしてよ・・・」との神頼みが奏功したことも、何万分の一かは貢献したかも。 兎に角笑う門には福来る。
また明日から、11月30日の岩国検定試験に向けて、無理のない範囲で真剣勝負が始まる。

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「道案内」

2014年10月19日 | 宴会・会食

                
                            暮れなずむ、萩の街並み

同じ時期に、一つの方向に向かってスクラムを組んだ仲間の会に所属している。
会長・副会長・会計さんがいて、年に1度全員に案内を出す例会と、たまに声が掛かるプラスαの小例会とがある。
会の発足以来20年を経過して、それこそメンバーは減ることはあっても増えることはない、高齢化の一途をたどっている。

年に1度の例会は、県内各市が持ち回りで引き受け役を担っている。
今年の会場は萩という、歴史豊かな市。来年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」の吉田松陰の妹を描く舞台の地。
全国に放送される経済効果を当て込んで大いに盛り上がっている市でもある。

例会と言えば、ご他聞に漏れず近況報告と称する、大々宴会である。宿泊を予約して、クルマで出かけた。
結構時間的ゆとりをもって、途中休憩も挟んでのんびり運転。詳細の道筋はカーナビ任せ。
深まる秋景色を楽しみながら2時間余り走った。目的地にかなり近づいたという感触があった。

但し今回は、いつもの高速道路利用の馴れた道を避けて、カーナビ頼りの初めての道に挑戦した。
これがそもそもの間違いの始まり。別に高速料金をケチったわけではない。格別急ぐたびでもないしのんびり行こう。
そんな軽い気持ちと、カーナビがあるのだからという安心感がねー・・・。

「この先700メートル先を左に曲がります」という案内の通り左に曲がった。ひょっとしたら近道を教えてくれたのか、と喜んだ。
段々山道に入って行く。どんどん道は細くなる。ついに、クルマの幅ギリギリの、イノシシが走りそうなけもの道。
それでもナビは、ちゃんとピンクの道筋を追うように黄色い矢印で追いかけている。うん、間違ってはいないのだろう。
益々細くなる道。木の枝はボデーをこする。タイヤは小枝を拾って横揺れしたり・・・。

対向車が来たら全く離合など、はなから無理な一本道。
対向車の来ないことを祈りながら、脂汗をにじませておよそ25分の命がけ運転。「間もなく右に曲がります」でやっと人心地。
大昔の萩往還と言われるようなそば道に案内されてしまった。なんとか時間に間に合うように目的地には着いた。
カーナビの購入からかれこれ5年になろうか。新しくできた道路はさておき、こんな大昔のけもの道へ案内されて。

決して安くない会費に、高い宿泊費。その上、こんな状態ではカーナビの新調もやむなし。えらい出費だな~
でもまあ、こんなことがなければ、クルマであんな道を通ることもなかったろう。何事もなかったから生意気を言っている。
とにかく、カーナビ信頼もほどほどに。「実際の標識や交通規則を守って運転してください」といアナウンスに耳を傾けよう。
アー怖い思いをした。その分、宴会でのはしゃぎもちょっとだけ余分に張り切った、のかな?

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「弟の運動会」

2014年10月14日 | 家族・孫話

    
            大好きな大きい兄ちゃんと、満面の笑顔でダンスを楽しむ悠雅君。    肩車もいとわず!!

心配された大型台風19号が襲来する前日の12日日曜日。
年中さんになった孫三男坊「悠雅君」の運動会が、薄日さす秋日和の中で予定通り行われた。
やんちゃで、わがままな三男坊。いっくら機嫌をとっても、幼稚園で教わった遊戯などを家でやって見せることはなかった。

本番を迎えて大丈夫じゃろうか、ちゃんと人並みに出来るのか、少なからず心配ではあった。
ただ、あのエネルギッシュで豆タンクのような身体能力は、かけっこはダントツ。ダルマさん運びも玉入れも、嬉々としてリード役を演じる。さて保護者とともに輪になって踊る「きみにあえてうれしい」という親子遊戯の番になった。

母親と踊るものと思ってカメラを構えたら、なんと、あの母親べったりの甘えん坊が、中学2年生の兄ちゃんと手をつないで入場してきた。
その満面にたたえる笑顔の嬉しそうなこと。
兄ちゃんはとみれば、ちょっと照れくさそうではあるがマンザラでもない様子。幼稚園の運動会という大衆の前で、弟の手を取り、習ってもいない遊戯に挑戦することを拒んではいない。むしろ、弟のいうがままに一緒になって楽しんでいる様子。思わず、〝 なんじゃこりゃ ”

中学2年といえば、花も恥じらうシャイな年代のはずである。しかも、クラブ活動が休みだからといって終始幼稚園の運動会に付き合うことが自体が異常に感じられるジジであった。
ハハ~~ン、なるほど!だから次男坊のカー君が、何かにつけてジジ・ババのもとにやってくるのだ。
三兄弟が揃うと、長男と三男は体育会系で大大大の仲良しウマが合う。そこへいくと次男はどちらかというとインテリ派。観察眼は鋭く理屈もこねる。二人とは一味違う面白みがある。

兄貴からは威圧で抑えられ、弟からは涙とわがままで突き上げられる。サンドウィッチで押しつぶされそうになる次男坊。
ところが、そう簡単には押しつぶされない。それなりの耐性と強さを秘めている。だからいさかいが絶えない。見ていて飽きない。
そして詰まる所、判官贔屓(ほうがんびいき)ほどでもないが、次男坊がいとおしくなる。

なんかしら、兄弟三人のそれぞれの心の内が透けて見えるような、楽しい秋の一日を過ごした。
三人姉妹にしても三人兄弟にしても、二番目の子は個性が強いとよく聞くが、無理からぬ事情と理由があるようだ。

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「秋風と共に・・・」

2014年10月12日 | 季節の移ろい・出来事

             
                       
玄関を出てホンの数十歩歩いたところに広がる蓮田の風景。その向こうの山に沈む夕日。
毎年のこととわかってはいても、一度はカメラに収めたくなる夕景がひろがる。

特に今年は台風の襲来が多く、またまた超大型の台風19号が日本列島を狙っている。そんな物騒なニュースを聞くと、このような穏やかな夕焼け空が妙に愛おしくなって、散歩の途中でわざわざカメラを取りに帰ってでも写してみたくなる光景である。

こんな心癒される秋の夕焼けも、やがては消えて漆黒の闇になる。
あれほど日本全国の球場を真っ赤に染めた、カープ女子に始まる熱狂的な広島カープファンの悲願も、秋風と共に去って行った。
クライマックスシリーズ、ファーストステージ。敵地甲子園球場とはいえ、2試合、21イニング戦って1点も取れずに敗退。
秋風が身に染みるなどという風流なものではない。怒り心頭に発したまま、今年のプロ野球は終わった。
早速に持ち上がった監督交代の話。1点にこだわる貪欲な、ハングリー野球を見せてくれることを新監督に期待しよう。

  ^^♪  ・・・ ・・・ 秋風のなか枯葉が一つ 枝を離れるように ・・・ ・・・ ^^♪

深秋を表現するには、ついついこのような歌詞が頭をかすめる。
季節は巡るのだから、春に華やいで夏にあえぎ、待ち望んだ涼しさの秋を迎えて、ことさら淋しさばかり感じては、秋に失礼であろうと思わないでもないが、この季節は妙にそんな気分に駆られるのは確かである。

「あき」という言葉が「飽き」につながって、何かの区切りをつける時の気持ちの切り替えにつながるのだろうか。
秋風に誘われて、枝から離れようとする葉っぱをつなぎとめる手立ては、演歌の世界にも、現実世界にもないのかな~。
いやいや、そんなことはない。
かならず花咲く春はやってくるのだから、じっと耐える時期を乗り越えるのもまた楽しみに変えることも出来ようというもの。

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「秋には秋の・・・」

2014年10月11日 | つれづれ噺

10月の声を聞いたのはついこの前だったような気がするのに、早くも中旬。秋も深まるばかりである。
歳を重ねてから、時間の経過を早く感じることは、老いを迎えている証拠だという人がいる。
つまり、自分の中で没頭する何かを持っていれば、時間は決して早く流れない、むしろゆったりした時の流れがあるのだ、と。

本当にそうかな~。色んなノルマや、趣味に時間を使っていると、1日があっという間に過ぎる、つまりあれこれ追っかけていたら、1日の時間が足りないくらいに思うことがある。本当のところはいったいどうなんだろう。
いずれにしても私の場合、良くも悪くも時間が早く流れるという実感に変わりはない。

        
                 キツネノマゴ                                  鮮やかなこちらは金色を見せるツワブキ

今日の目に留まった一句は 〝 花野から盗むキツネノマゴひとつ ” なんとも心優しくなる光景ではある。
道端に自生するキツネノマゴ。穂の先に紫色の小さな花をつけるが、その穂の形がキツネのしっぽを小さくしたみたいに見えるところからその名がつけられたのだそうな。それにしても粋な名前を思いつく風流人がいたものである。

これからの季節、目を見張らせるのは、手塩にかけて育てた菊の大輪が本命ということになろうが、その前に、黄金色に染まる田んぼのあぜ道を彩った真っ赤な彼岸花に代わって、こちらは鮮やかな金色を放つツワブキの可憐さも見逃せない。今まさに見ごろを迎えている。

食欲の秋に逆らって、極力食べる量を抑えにかかっている今、ついでに多少の運動も取り入れようと、お城山登りやウオーキングに向かう努力をしている。そんな汗をいとわないお城山の頂上では見事なツワブキが出迎えてくれる。

秋は物悲しい季節である、と万葉の昔から相場は決まっているようだが、こうして外に目を向けると、秋には秋の、いや秋ならではの花も咲く。見上げるお月様も星空も秋に勝る季節はない。
秋だからこそ、気持ちを広げて自然と向かい合ってみる。決して中身の濃い頭ではないが、それでも時に整理してみたくなる時もある。

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「秋の夜長を」

2014年10月09日 | 季節の移ろい・出来事


   満月   徐々に欠け始め 皆既月食            少しずつ回復                  やがて元の満月に

秋の夜長、見事な天体ショーを見せてもらった。
つたない腕を顧みず、窓辺に三脚を構え、50枚近く撮った写真のお粗末。これでも一応セレクトしたのである。
なんとなく、皆既月食の雰囲気を味わって頂けたら、それだけで十分。飽くまでも自作というのがせめてもの慰み、なのかな。

皆既月食とは、太陽と地球そして月が一直線に並ぶときに起きる現象であることは説明を待たない。
地球の大気で屈折した太陽光だけが月面を照らすために、月が完全に見えなくなるわけではなく、赤銅色のお月さんになる。
この赤銅色も、大気中のチリが多いためで、チリが少ないとオレンジ色に見えるのだという。
できることなら、大気中のチリを少なくして、皆既月食のたんびにオレンジ色のお月様を拝めるようにしたい気もする。

いずれにしても、2年10か月ぶりに観測された皆既月食。全国的な秋晴れに恵まれたらしく、私の家からも堪能できた。
日本全国、各地で同じ夜空を眺め、一つの月の動きに感動したのだろうか。
このように、周期的にやってくる自然の現象に出会えるのも、やはり何かのご縁なのであろう。
これからもいろんな自然現象に巡り合えるよう、目に見えない『えにし・縁』を大切にしたいものである。

そして、なんらかの形で、その場に居合わせた証拠を残しておきたいとも思う。それは写真でも、日記文でもいい。
長い一生、自分の意思や、普段からの心がけなどではどうにもならない病魔に襲われることもあろう。
それはそれで甘んじて受け入れ、回復に向かって闘うしかない。
その一方で、普段の節制や注意である程度解決できるものに対しては、出来る限りの努力をしなければなるまい。

月を見れば月に、書をひもとけば書に、友を思えば友に、何かと物思うことのある秋の夜長ではある。

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「出世魚」

2014年10月06日 | 季節の移ろい・出来事

 
                       カー君が奮闘の末、つかみ獲った、大物の鰤(ぶり)

ときは秋、あちこちが秋祭りで賑わっている。
我が住む町や近くの町でも、土日となると、前夜祭に続く本祭りなど、人出を呼ぶのに躍起となっているようだ。
夏には海水浴客でごった返す近くの人工海岸でも、4・5日は大きなお祭りがあった。

4日土曜日に予定されていた、海に浮かぶ台船から打ち上げる豪華花火大会は、残念ながら台風の影響であえなく中止に。
が、翌5日はおおよそ予定のプログラムは消化された。
そんな中に、小学生を対象とした「魚のつかみ取り大会」があったのだという。ブルーシートでこしらえた即席のプール。深さはおよそ30cm。参加料1人800円。つかんだ魚をプールの外まで運んだら獲得できる。

6年生のカー君が何はともあれ参加した。大物のブリが泳いでいるという。
最初っから狙いを付けてはいたものの、元気のいいうちはなかなか手に掛からない。最初のひとりが持ち上げた。なんと尾っぽで顔を叩かれて逃がしてしまった。二人目がまた持ち上げた。同じように尾っぽで叩かれ、跳ね回って逃げられた。
いよいよ3人目がカー君の出番。最初の二人の様子を観察していたのか、ブリの方が泳ぎ疲れていたものか、身体を張って抱きかかえ、一目散にプールの外へ。

見事、つかみ取り達成。長さ70cm。重さ5.6kgの活きたブリをゲット!。鼻高々と我が家に持ってきて「刺身を作って・・・」という。
狭い流し台でどうやってさばくか、途方に暮れるバアちゃんを横に、「最初はね、寒かったんよ、でも魚を追っかけていたらね・・・ ・・・」「ああしてこうしてね、オレがつかんだんよ・・・」事細かにハイテンションでまくしたてる。

悪戦苦闘の末、なんとか三枚に卸した刺身を早速賞味。うまい。こりゃうまい。しかし多くを食べられる代物ではない。
なんと脂が乗って、それはそれは口当たりはいいし、まさに活き作りの味。この濃密さは、ホンの少し食べるところがいいようだ。

ところでこのブリという魚。昔から言われているように、出世魚の代表格でもある。地方によって呼び方は色々変わる。
関西やこちら方面では、 モジャコ(稚魚)・ワカナ(兵庫県瀬戸内海側)・ツバス、ヤズ(40cm以下)・ハマチ(40-60cm)・メジロ(60-80cm)そしてブリ(80cm以上)というのが一般的である。
ということは、今回のつかみ取り大魚は、80cmに満たないので、実際にはブリというよりメジロと呼ぶのが正しいようだ。

まあそう硬いことは言わないで、魚を放流したお祭り本部の人達も、精一杯追いかけた子どもたちも、「ブリだ、ブリだ」と気持ちよく騒いだのだから、ここはひとつ出世魚の「ブリ」を掴んだということにして頂こう。
カー君の将来において、出世魚がつかめるのかどうかは別として・・・。

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「生き方は違っても」

2014年10月04日 | つれづれ噺

                   

高校時代の同級生が主宰する写真愛好家グループの写真展を見学してきた。
市の美術展で好成績を残した実績のある仲間15人が、自信作を持ちより、計80点に及ぶ豪華な写真展であった。
いずれ劣らぬ力作ぞろい。一枚一枚に足を止め、自分なりの感覚でじっくり見学させてもらった。
一言でいえば堪能したという言葉に尽きる。

クラスの中で飛びぬけて体格がよかったかれは、確か柔道部に所属していたと思う。
ぼんぼん育ちのお人好し。そのせいか、柔道の成績は、必ずしもその体格とは比例していなかったよな・・・。
そんな昔話はともかく、早くに脱サラして町の写真屋さんになった彼。間もなく一国一城の主になった。
その後自他ともに認める努力もあり、写真技術を磨き、デザイン畑も勉強して、企業のパンフレットも手掛けるような、オンリーワン的な地位を確保した。 ちょっと褒め過ぎの感もあるが、彼の本質を知らない部分もあるので、ちょうどイーブンというところか。

お互い現役の頃は、自らの生活を守るのに必死で、友に目が行く余裕もなかったが、60歳の定年を機に急接近。
パソコンが堪能な彼に一目も二目も置きながら、お付き合いを願ってきて今に至っているのかな。

そんな彼が主宰する写真愛好家グループが誕生したのが30年前という。
まさに男一匹、脂が乗って働き盛りの絶頂期にスタートしたこのグループ。名付けて「写団 のら犬」。被写体を見つけたら、野良犬の如く、とことん食いつこう、そしていいものを生み出そう、という意欲を表したものだという。
市美展では、上位成績を収める常連の中に、必ず一人や二人は入っている実力者集団になった。

これもひとえに、加入している皆さんの感性の高さによるものであるかもしれない。が、写真技術に関しては、穏やかながら一歩も妥協しない主宰者の厳しい指導があったことは見逃せない。 やはりちょっと褒め過ぎかな~。
途中体調を崩して、我々クラス会仲間に大いに心配させた一時期を乗り越え、今こうして30年という記念の写真展を開ける彼にある種の羨ましさを覚える一人でもある。

生き方こそ違うが、お互い何かを求めながら磨いてきた心のよりどころを持っている、という点では一致するところがあるのだろう。
毒づきあいながらも、何故かウマがあって、というか、ウマを合わせて、今も遊び仲間の筆頭ではある。

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