「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「悪魔との遭遇」

2019年05月30日 | ニュース・世相

         
           悪魔というタイトルで探したら、こんな絵が出て来た。

筆舌に尽くしがたい、理不尽で悲惨この上ない凶悪事件が、物語や空想の世界ではなく現実として起きる世の中である。

保護者に見守られ、同級生や先輩後輩と顔を合わせ、楽しい一日が始まろうとするスクールバスの待合所。子どもたちの笑顔があふれていたに違いない。
そんな、ごくありふれた日常の営みに、まさに突然『悪魔』が牙を剥いてやってきた。そんな構図が目に浮かぶ。そして胸が痛くなるほどの深い悲しみに沈む。やり場のない怒りがこみ上げる。

近くに住む娘家族の孫は小学4年生の男の子。運動神経抜群の活発さは持っているものの、静かに平然と近寄る悪魔の両手に握られた柳包丁に気づくすべは持ち合わせていないだろう。
来春から1年生になる倅家族の長女は、路線バスを利用しての通学となる。
そんな孫を持つジジとしては、今回の川崎市多摩区の「無差別殺傷事件」は他人事どころか、身につまされて言葉もない有様である。

何故こんなことが起こるのか。
言っても詮無きことながら、欲望に対しては脆い弱さを露呈する人間という生き物がうようよする地球上では、このような凶悪犯罪を完全になくしてしまうことは不可能なのだということか。
そんな馬鹿げた話があってはならない。無くさなければならない。ではいったい、何をどうするのか。決め手となる方策など持ち合わせていない。

えたいの知れぬ悪意によって人を襲う犯罪を「通り魔」と、江戸時代から呼ばれているという。悪意と通り魔を縮めるとまさしく「悪魔」そのもの。そんな悪魔の存在は現代社会に限らず、遠い昔から存在していたのである。それなのに今もって防ぐ手立てが見つかっていないという現実をみても、犯罪を根絶することの難しさを物語っている。

などと呑気なことを言っている場合ではない。この近くでクマが発見されただけであれほどの大騒ぎしたのに。
今回のような、病的な自殺テロの対策として何をなすべきか。決め手とまでは言わないが、幾つかの方法は浮かぶ。
子どもたちにとっては、通学時のおしゃべりも、小競り合いも、友達同士のコミニュケーションの大切な時間なのである。
完全に保護者が付きっ切りで送迎となると、そういった楽しみまで奪うことになる。

そうならないように、校区内に眠っている高齢者パワーと、保護者の悲壮感と、学校の教職員、三位一体となって「本気で子どもを守る」組織を作り上げてみるのはどうだろう。いずれにしても、それぞれの本気度がホンモノでなければならない。そして誰が旗を振るか。ウーン、やはり難しさはある。しかし流暢なことは言っていられない。なんとしても、模倣犯だけは避けたいものである。

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「予期せぬ事態に」

2019年05月26日 | 家族・孫話

 

  第4走者、白ハチマキ悠雅君、2位でバトンタッチ    すぐに追い上げ、1位赤の背中を捉えた

             
               この後間もなく横並び、一歩前に出ようとしたその時に・・・

全国的な快晴好天に恵まれた5月25日土曜日。孫の悠雅君4年生の運動会が行われた。
汗だくを覚悟で、午前9時の開会式に間に合うよう、ばあちゃん手作りのお稲荷さん、デザート、おやつなどをひっ提げて小学校へ。
開会式から容赦なく照り付ける日差し。避ける木陰もあらばこそ。カメラ片手に少しでもお気に入りのアングルを求めてあっちこっち。

一番のお目当ては、プログラム最後の選手リレーの雄姿を追いかけるのだから、それまではのんびりと・・・。
などと思って出かけたのに、現場に立てばついつい悠雅君の一挙手一投足を追いかけたくなるジジである。
小学4年生の運動会はこの日しかない。二度と返らぬ日々、などとやや大げさに思いながらも至るシーンにカメラを向けてしまう。

徒競走は言わずもがな。圧倒的なスピードで一着。台風の目という団体競技も、障害物レースもやはり見ていて心地いい。
興奮状態の彼は、みんなで囲むお昼の弁当もあまり興味がない。そこそこに好きなものをつまんで、早く友達と走り回りたい。
「食っておかんと走れんぞ」と口をそろえる父親とジジの言葉に耳を傾けない。兎に角じっとしていられないタイプ。

そうこうして迎えたプログラム21番、紅白選手リレー男子、団体競技、男子選手。
中継点からっこちらに向って走ってくる最高の場所に陣取って、さあござんなれ。来たねー、オー来た来た!!
1位から約5m離された2位でバトンを受け取った悠雅君。自信満々で追い始めた。あっという間に差が縮まった。こりゃいける!!
思った瞬間に、左手に持ったバトンが前の選手の背中に当たって、バトンがコロリ、コロコロリ!!拾い直す間に3位になってしもうた。

結局2位で受け取ったバトンを3位で渡す羽目に。ウーン、自信はあっても油断は禁物。
レースが終わって控え席に戻った彼に「よーやった!惜しかったね」とだけ声をかけた。
「思いがけんことが起きたね」は、改めていつか冷静なときに話すことにしよう。

「世の中は何が起きるか分からんよ。冷静な自分を信じて、慎重にベスト尽くそうや」なんてね。聴いてくれるかどうか。
でも一応話して聞かせるのが、ジジの役目なんじゃないかな~、などと思うんよ。大きなお世話かね~。           

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「何年ぶりだろうか」

2019年05月24日 | 季節の移ろい・出来事

         
                                  何年ぶりだろう、見事に二輪の花を付け、凛としたたずまいのアマリリス。

裏庭のブロック塀にへばりつくように植えられたアマリリスが、何年振りかに見事な花を付けた。その凛とした立ち姿を褒めてやりたい。

今年もダメだったか~。昨年夏の水やりが不足だったのかね~。肥しも足りんかったのかね~。
などと嘆き節を何年続けてきただろう。昨年も一昨年もその前の年も・・・・・・。
ここ数年一切花を見せなかったアマリリスが、今年は見事に花開いた。写真を数枚撮ってやろうと思うくらい愛おしい。

別に驚くほどのことでもないのだろうが、ほったらかしの主人の怠慢にもめげず「いつか花開こう」と、土の中に根を張って耐えて来たかと思うと、その健気さを褒めてやりたい。真っ白い大きな花弁を手の平で包んでやりたくなる。

水を切らさず、ほどほどの肥しをやれば毎年、季節には花を咲かせるはずなのに。
考えてみれば、花の営みを途切れさせていたのは人間様の身勝手だったのではないか。だとするなら申し訳ないことをしたものだ。
花と生まれて土に恵まれてさいれば、踏み荒らされたり、掘り起こされたりしない限り、いつかは花開く機会をうかがっているのだろうか。
それが花の持つ生命力であり、花の本領発揮と言うことなのだろう。その健気さは見上げたものである。

反省しよう。水やりをサボったことも、ろくに肥しをやらなかったことも。要するに愛情が足りなかったことを。
手を出せばすぐ近くにあって、どうにでもしてやれるのにしなかった。これはよくない。
きれいな花に感動するためには、それなりのちょっとした心がけが要る。頑張って成果を出そうと努力する姿に拍手を贈りたいなら、同じようなちょっとした心がけが要る。
そんなことは、子育て孫育ての中で、多くの似たような体験をしてきているはずなのにね~。            

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「貯金」

2019年05月22日 | カープ一喜一憂

           

拙ブログに「カープ一喜一憂」という新たなカテゴリーを取り込んだのが4月26日。かれこれ1カ月前の話。
そのころは、開幕当初の4勝12敗借金8という泥沼から、もがきにもがいて7連勝。翌日も勝って連勝を8に伸ばし、一気に借金地獄から抜け出すという驚異の強さを見せたのである。

普通なら8つの負け越しを勝率5割に戻すには、2勝1敗のペースを8カード続けて、やっとこさ借金ゼロになるところ。
8カードと言えば約1カ月と言う期間が要る。しかも2勝1敗と言う条件が重なる。考えてみれば至難の業である。
それを一気に8連勝で
わずか3カード11日間で5割に戻したのだから、一喜一憂どころか、一喜一喜、一気にいてまえという勢いであった。

その後また4連敗して、やっぱり今年は・・・・・・などと、あれこれマイナスイメージを掻き立てて落ち込んだ。
ところがである。ここにきて今度は9連勝して貯金が8つにまでなった。目下26勝18敗。
ということは、4勝12敗の時点から見れば22勝6敗、勝率7割6分8厘という驚きの数字である。
今の時点で順位などどっちでもいいが、取り敢えず首位に立った。2位に1.5ゲーム差をつけて。

そんな通過点の中で色んな別れ道、岐路となる試合が幾つかある。そんなポイントとなる試合を勝つか負けるか。そこが強いチームとそうでないチームに色分けされる。かつての低迷カープ時代は、ポイントとなる試合をことごとく負けて来た。
ここ数年はそこが違う。ついよいチームに変身した。
今シーズンの前半のポイントとして必死に応援したのが、5月14・15日のヤクルト2連戦である。ここで大逆転を含めて2連勝したことで一気に浮上の目が向いて来た。それとは逆に、ヤクルトは落ち目の一途をたどっている。

何をもって、この2試合が前半のポイントなのかと聞かれれば、それこそ長年プロ野球を眺めて来て培われた一つの勝負勘とでもいうのであろうか。もちろん数字的な裏付けもある。相手投手の順番、打者の調子など、総合的に判断して、あの2試合はカープにとって試金石であった。
うまく連勝したお陰で、今夜の9連勝につながった。

余り当てにはならない勝負勘ではあるが、そういった勘を働かせながら見るプロ野球は、やっぱり面白い。
では、カープの負けが込んできたら、いったいどんな言い訳をするんじゃろうね~。

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「第4走者」

2019年05月19日 | 家族・孫話

             

孫三男坊悠雅君の運動会が1週間後に迫った。
4年生になった今年もクラスの予選を突破して、3年生の時に続いて選手リレーを走るという。
短距離は見るも無残だったジジとしては、選手として選ばれ、運動会のフィナーレを飾る選手リレーは、手の届かない憧れの世界であった。

悠雅君も、スポーツでは引けを取らない自信の持ち主だから、さぞや鼻高々なのだろうと思い込んでいた。
それが大間違いであったのは昨年、初めて選手に選ばれた運動会のことである。
選手リレーは3年生以上が出場する。初めて体験する選手リレーに胸躍らせていた。しかしそれは、選ばれた当座だけのこと。
スタートラインに立つのは3年生、しかも第1走者であることが決まってからというもの、気持ちの持ちようがガラッと変わった。

「1番になれなかったらどうしよう、みんなに迷惑をかける」という心配が日に日に大きくなって、楽しみだったはずの運動会が苦痛に変わって行った。運動会の練習が始まる午後になると、頭が痛くなって早めのお迎えを頼まれるほどの重症であった。
心痛穏やかではなかったのだろう。選ばれたら選ばれた者の悩みと責任を一人で背負ってしまった。

「心配せんでもいいよ、悠雅君が1番でなかったから負けたなんて誰も言わないよ」「精一杯、一生懸命走ったらそれでええんよ」などというジジやババの言葉はあまり説得力はなかった。それでもなんとか当日を迎え、個人種目ではぶっちぎりのダントツで少しは気分もほぐれたのか、結局選手リレー第1走者のプレッシャーなど吹き飛ばし、1着でバトンを渡した。

そんな苦い経験をもってはいるものの、今年は4年生で第4走者である。運動会が待ち遠しくて仕方がない。
放課後教室に迎えに行って「ダッシュ1本やるか」と声をかけたら、ランドセルを車に投げ込み、靴の紐を締めなおしてグラウンド1周猛ダッシュをして見せる。1年前とは雲泥の差。あのスポーツ万能の男でさえ、第1走者のプレッシャーは相当なものであったようだ。

全国都道府県対抗駅伝のように、順不同で、5年生あたりを第1走者、次に3年生・4年生最後が6年生、といった工夫があってもいいのかな。いずれにしても、今年は余裕をもって選手リレーに臨める悠雅君。どんなパフォーマンスを見せてくれるのだろう。

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「熊さん出没」

2019年05月17日 | ニュース・世相

               

「〇〇地区でクマが目撃されました。生ごみの扱いと朝晩の外出はご注意ください」
という警報音声が、3日も4日も連続で流されている。
国道も走っている。山陽本線も走っていて、それほどの山間の集落とも思えないこの地区で、たびたびクマの姿が発見されている。
怖いことである。地区内の小学生などは地元有志による登校班見守り隊の協力を得て、集団下校でなんとかしのいでいる。

孫君の通う小学校でももちろん最大級の警戒レベルが続いている。
特に昨日などは、小学校の近くで子熊が目撃されたことで、下校時は全員体育館に集合。迎えの保護者に直接手渡すという、大災害時並みの厳重警戒である。

4年生の孫君が言う。「母さん迎えに来なくていいよ」と。「なんで?」「母さんに何かがあったら大変じゃけー。じいちゃん迎えに来てよ」とのたまう。なんじゃこりゃ!!
母親を気遣う4年生の心配りは見上げたものである。とは思うが、じいちゃんには何かが起きてもいいんじゃろうか。
そうじゃなくて、母さんは「女だから」。じいちゃんは年はとっていても「男だから」というひとくくりの判断のようである。

いずれにしても、男の子にとっての母親の有難さは、10歳の今からもうすでに心と身体に沁みついているのであろう。
孝行息子に成長してくれるといいねぇ。それにしても、ジジとかババの存在は有り難いことこの上ないが、所詮3枚目なんだよねぇ。

子どもは世界の宝物。大切に育てなきゃならないこの時期に、都会ではクルマによる無謀な交通事故で命を散らされ、虐待によって親が子を傷める。その点、のんびり田舎の暮らしはいいね、などと思っていたらクマさんの出現で時ならぬ、命の危険にさらされる大騒ぎ。

これもひとえに、農業人口の減退や人手の不足によって発生する里山の荒廃が原因の一つではないか。などと思う。
山裾は人間の手が回らなくて荒れ放題。動物にとっては「どこまでが自分たちの領域なのか」「この荒れ地は全てが自分たちの住処だ」と勘違いして、餌を求めて徘徊するうちに人郷に出てしまった。そんな構図ではないのだろうか。

共に生きるためには、人間と野生動物の領域をはっきり区分けする必要があるようだ。ITが全ての世の中の大きな落とし穴かも。
クマさん、お願いだから、孫君たちの周辺に現れないでね。現れると、それ相応の処置が待っているんよ。

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「ちょっとひといき」

2019年05月15日 | つれづれ噺

                                    

何かにつけて時間に追いかけられるような落ち着かない日々が続いた。
しっかり準備をして迎えた4月初めの「中学校、最後の同窓会」。その3ヶ月前あたりから始まったこの慌ただしさであったような。
本番を終えて40日余り経過、やっと同窓会あれこれから解き放たれそうである。

というのも、記念アルバム発送以来多くの反応を頂いた。全てに相応の対応をしてきた。同じ人から2度も丁重なお手紙が届いた。1度目は「ごくろうさま、幹事皆さんでお茶してください」と商品券を贈ってもらった。当然ながらそれ相応の丁重な返信を。
3日前、再び彼女から「写真をいっぱい載せてくれてありがとう。47人分の電話や手紙への返信大変だったでしょう。〇〇ちゃんはお世辞も上手じゃねー、みんな気持ちよくさせてもらってます・・・」後略 との手紙が来た。おそらくこれで一段落であろう。

別にお世辞など言ったつもりもない。ただ、目に見えない部分のわずかな努力に気付いた反応を示してくれる相手には、ついつい感謝の表し方が丁寧になってくることはある。だって生身の人間だもの。おだてられりゃ嬉しいし、ホンの一瞬苦労が報われるときである。
その手紙の中に「忙しさから解放されたらこの作品集を読んでみて」と、『被爆 怒りと悲しみの短歌集』を紹介された。
彼女のすぐ近くに住む90歳の女性が最初は数冊を自費出版した。それを「幻冬舎」が全国版にしようと発刊したといことであった。

素早く対応したいが、明日16日の大役を終えるまで❝おあずけ❞である。
他にも、同窓会を通じて大病に苦しむ友が何人かいることに気付かされた。年齢にふさわしく、というべきか内容も様々。
落ち付いたらそちらへの訪問もしてみたい。但し、自分がいつまで見舞いが出来る立場かの保証などありはしない。
その分、やれ忙しい。やれ時間に追われる。趣味に費やす時間がない・・・・などと嘆くまい。

次から次に降りかかって来る世間の雑事も「もう少し頑張ってみんさい」という神の思し召しかも。
と受け入れてはみたいが、欲張りすぎて、大切なものを手の平からこぼれ落とさないよう、心しないといけんよね~。・

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「ルールブック」

2019年05月10日 | 地域活動

           

このたび新たに取り組んでいる、小さな小さな小地域活動の「グラウンドゴルフ同好会」。
それこそ緒に就いたばかりのホヤホヤ組織のお試し期間。詳細なルールなどはまだ説明していない。最初っから小難しいことを言い立てて、嫌われてしまっては元も子もなくなるので、現段階では厳しいルールは度外視して、先ずはやりかたや遊びの方法などを説明している。

などというと厳しいルールがいっぱいあるような錯覚を起こすかもしれないが、実際にはそれほど厳しいルールでもない。
あるのは、ルールというよりも『大人のマナー』を守って、『お互いを尊重し合い、楽しく遊びましょう』という基本原則である。
高齢者の集まりと言うことは、世間の酸いも甘いも噛みしめた、言うなれば人生のベテランであり、やたら自己主張するだけではない、丸みのある成熟した集団、だと考えるのは果たして如何なものか。

高齢者ゆえに、自己主張を曲げにくい厄介な脳みそを確保している人も少なくない。
そこで、本格的な同好会を始める前にちゃんとしたルールブック縮小版を皆さんに配布するべく、編纂を重ねている。
第1章 エチケット 1~3条。 第2章 ゲームに関するルール 4~16条で構成されており、要するにこれだけのことをそこそこマスターしてゲームに臨めば、先ずは楽しく遊べますよ、と言った塩梅。

例えば第1章第1条。プレーヤーは自分のプレーが終わったら、すみやかに次のプレーヤーの妨げにならない場所に行く。
 解説:ボーっと突っ立っていてはいけませんよ、と教えている。
第2条では、プレーヤーは、同伴のプレーヤーが打つときには、話したり、ボールやホールポストの近くやうしろに立たない。また自分たちの前を行く組が終了するまで、ボールを打たない。
 解説:このようにきめ細かく決めておかないと、勝手な動きでプレーを妨げる恐れがある、ということ。
    油断をすると、プレー中であっても、個人的おしゃべりに大笑いしたりする無粋を戒めている。

 おばちゃんたちの集まりに是非聞いていただきたいルールではある。単なるマナーに過ぎないのだが。

第2章ゲームに関するルール第5条、用具では、クラブ、ボール、ホールポスト、スタートマットは定められたものを使用しなければならない。などなど。

要するに、言われてみれば「なるほど」と思えるのに、意外にも実際の場に立つとつい忘れそうな「マナーの欠如」を戒めている。
さて、これから始まる同好会が、どれほどのことを皆さんに守ってもらって、楽しく遊べるか、リーダーのお手並み拝見というところか。

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「また一つ背負いこんで」

2019年05月08日 | 地域活動

            

大型と大騒ぎした10連休も、個人的には「何をしたのかな~」といった塩梅で通り過ぎた。
強いていうなら、悠雅君のソフトボール応援と、姫孫二人としっかりじゃれあったことくらいか。
特に希さんは、上手にジジにつきまとい、花火見物も海の公園もおねだりしてきた。海の公園では、珍しいほどの大潮の最も大きな干潮で、普段は見ることもない沖の方まで潮が引いていて、お手手つないで海の中を遠くまで歩いた。

そんな連休に入ったら、今年の初めから自分の中で密かに練って来たあることへの挑戦が具体化して来た。
それが写真の如き「グラウンドゴルフ」の同好会結成である。
世に言う高齢化の一途をたどるこの団地の中で、何か一つみんなが気軽に笑顔で寄って、井戸端会議の一つもして時間を費やせる方法を探していた。「あった!これだ!」と取り敢えず注目したのが、グラウンドゴルフの世界である。

75世帯が集まる小さな団地に、〇〇街区公園という小さな公園がある。それこそお決まりのすべり台とブランコとシーソーがあるだけの、決して広くはないが高齢者にとってはほどほどの広さの公園である。10数年前までは、子どもの声が絶えない賑やかさだったのに、今はたま~にしか聞くことはない。この公園を活用してみようと思い立った次第。
先ずは近くのクラブが練習しているところを訪ね、様子を見ながら話を伺う。快くあれこれ教えてくれた上で「兎に角一緒にプレーしてみましょう」ということに。何度か大きな大会の取材にも出かけており、おおよそのことは飲み込んでいる。

             

そんなこんなを経て「街区公園は使用許可証が必要」ということで市役所に申請。運動公園管理者を訪ね、お試し用の道具一式を借り入れる手はずを整えてきた。ちょうど喜寿同窓会の準備と重なった上に、地域活動の総会を控えてその資料作りなどなど、目が回るほどの忙しさの中で、着実に準備し、連休の中ほどに1回目。連休明けの昨日から、お試し期間の2回目を楽しんでいる。13人が賛同して、入れ代わり立ち代わり参加している。
高齢者の引きこもりや、世間からの隔離を望むお年寄りが、一人でも二人でも減ってくれたらもうそれで十分。

集会所もない。ご近所づきあいも疎遠。そんな中で「向こう三軒両隣お付き合いの復活」を叫んだところで無駄な労力。それよりは、団地の公園で、ホールポストを目がけてクラブを振る。合間におしゃべりに花が咲く。そんな時間をみなさんと共有したいという、単純な発想である。この程度のことなら「喜寿でも始めることがある」とばかりに、ちょっとだけ張り切っている。
差し当たって、ホールポスト三基とスタートマットは私費で購入。ついでに当然ながらマイクラブ・マイボールも購入。

今日それらが届いたので、明日からはマイクラブでマイボールの尻を叩き、スコアを抑える技量を磨くぞ~。
ルールは普通のゴルフとお同じ。叩く回数が少ない方が勝ち。
それにしても「アンタも好きね~」という声が聞こえて来そうである。

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「新年三が日」

2019年05月03日 | 季節の移ろい・出来事

 

令和天皇のご即位に合わせた10連休で、日本列島各地で大賑わいを見せている。
特に今年の場合は、新たな年を迎えた新年の三が日といった祝意もあって、何とはなしにお目出度い気分が伴う5月の3日間であったようだ。もちろん、従来からのゴールデンウイークと呼ばれる5月の3・4・5日は、各地で大きなイベントも用意されており、格別な賑わいを見せる。

地元でも、毎年恒例の「くすのき花火フェスティバル」という、初夏の夜空を彩る花火大会が行われた。
早くに里帰りしていて、いくつもお泊りしてこの花火見物も予定に入っていたが、急な発熱で一旦呉の我が家に戻った。すぐに熱も下がり安定したら、「花火が見たい」と、矢も楯もたまらずお父さんの車ではなく、電車で再び里帰りして来た。
そうなると「じいちゃんは疲れるから」などと言ってはいられない。

             

ということで、久しぶりのくすのき花火フェスへ、お母さん・希・奈那を連れだってお出かけした。
先に出かけていた従兄の悠雅君と一緒に、パフォーマンスステージに上がって大はしゃぎ。やはり子ども同士。ふれあいたわむれ合う姿に笑みをこぼしながら眺める。これもまたジジの精神衛生上のサプリメントとなる。

自らの精神衛生管理やボケ防止には、努力もしているしノルマも課している。
その上で、こういった心のサプリが身辺にあるのは有り難い。
同窓会をやった仲間からは数々の感謝ももらった。これもまたsサプリの一種に間違いない。

爽やかこの上ない5月初め。まさしくゴールデンウイークを堪能させてもらっている。

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