元々山林を切り開いた高低差の激しい地形に、継ぎ足し継ぎ足して作り上げた病舎だっただけに、国病になってからも迷路のような通路が続いた。そんな地形をどのように活用し、どんな近代的な空間を見せるのか、よみがえるふる里の風景を楽しみにしている。問題はこの施設完成まで、我が寿命が待ってくれるのだろうか。特に福祉の拠点と言われると、是非運用開始に立ち合いたいなどと欲張っているがさてどうだろう。
元々山林を切り開いた高低差の激しい地形に、継ぎ足し継ぎ足して作り上げた病舎だっただけに、国病になってからも迷路のような通路が続いた。そんな地形をどのように活用し、どんな近代的な空間を見せるのか、よみがえるふる里の風景を楽しみにしている。問題はこの施設完成まで、我が寿命が待ってくれるのだろうか。特に福祉の拠点と言われると、是非運用開始に立ち合いたいなどと欲張っているがさてどうだろう。
錦帯橋フォトコン応募御礼はがきの裏面に印刷されていた作品
選考の歯牙にもかからなかった、我が応募作品
昨年10月、創建350年を迎えた岩国のシンボル「名勝、錦帯橋」。市内の幾つかの団体が一緒になって、錦帯橋を世界文化遺産に推す会として活動している。
その会が、昨年は「錦帯橋思い出エッセイコンクール」を募集した。今年はエッセイコンクールに合わせて錦帯橋フォトコンテストも同時募集した。
昨年の錦帯橋思い出エッセイでは、思わぬ賞を頂く表彰式に招かれた。今年はエッセイは他人に譲って、フォトコンテストの方に挑戦してみた。そんなに甘くないと分かっちゃいても、心密かに二匹目のどぜうを狙って応募したというのがホンネ。
桜満開春うららの錦帯橋下でお花見に遊ぶ遊覧船など、人々の憩いの場「錦帯橋」をテーマに撮った写真である。タイトルは「いわくによいとこ一度はおいで」とした。
見事に落選。選考対象とは遠く離れて、歯牙にもかからなかったようだ。
これでいいのだ。昨年エッセイで今年はフォトコンで表彰台に上がれば、いったいどっちが得意なの?なんて調子に乗るに違いない。やはり、柳の下を何度探っても二匹目のどぜうがいなかったのは幸いであったのかも。
春夏秋冬季節に合わせた写真はパソコンの中にゴマンと収められている。当然ながら自称芸術的な写真から幾何学的な紋様を収めた写真など多彩。我が青春を象徴する二十歳の1枚はアルバムにある。
ただ画一的に芸術写真を狙っても所詮素人は素人。それじゃハナから勝てない。ならばいっそ、芸術とも幾何学紋様とも無縁な、観光地錦帯橋、お花見を楽しむ錦帯橋、庶民の錦帯橋を写し撮ったつもりだった。思惑は外れたが、応募から結果発表までのワクワク感は、応募した者だけが感じる高揚感ではある。
我が町の数少ないアイドルの一つ、国の名勝に指定されている『岩国錦帯橋』。もっともっと多くの人に見てもらいたい、岩国に来てその気品ある木造の五連のアーチを、じっさいに踏みして渡り、河原に下りて下から見上げる橋の構造、木組みの巧みさをゆっくり鑑賞して欲しい。そんな願いを込めて色んな活動が展開されている。
そんな取り組みの中で最も規模の大きな「錦帯橋を世界遺産に推す会」というそのものずばりの会の定期総会の案内を頂いて、雨降りしきる中を出かけた。総会そのものは事業報告・会計報告と予定案が上程され、シャンシャンのお決まり総会であった。でもその総会を取り巻く、先攻・遊撃・しんがりといった部隊全体にはやる気が満ちているように思えた。
世界の文化遺産登録。そのハードルは高く、クリアしてクリアしてさらにクリアしなければならない壁があると聞く。勝手にクリアでき兼ねる課題だってある。それらを持ってはいてもさらに世界の文化遺産としての価値があることを証明しなければならない。難しさはあるが、誰かが声を上げ、考え、方策を立てなければ事は前に進まない。
「錦帯橋の世界文化遺産登録をめざし、その推進活動を行うとともに岩国の伝統と文化を学び、市民文化の向上に寄与すること」を目的に、平成26年3月に設立されたこの会。まだまだ歴史としては若いしこれからの踏ん張りがモノを言うことになる。我々の世代での実現はどうだろう。驚異的な長生きが出来れば可能性無きにしも非ずだが。子どもたちに嫌がられそうだね~。
今日は、元の会社OB会のお花見が行われた、国の名勝いわくに錦帯橋ふもとの観光ホテル屋上から眺める、岩国人ならではの桜をご覧頂きたく、二日連続で食傷気味でもおありでしょうが、滅多に見られない桜の風景という高いご見識を持ってお許しいただき、とくとご覧ください。
岩国国際観光ホテル屋上から見渡す、桜桜の錦帯橋周辺です 1
その2
その3
その4
錦帯橋五連のアーチの最も高い第三橋の上から
数台の観光バス、その向こうに大量の自家用車。錦帯橋周辺は気の毒なほどの大渋滞。
このようなOB会のお花見も4年振りとあって、参加者が随分減ったこと。参加者の高齢化が進み、まさにいたわり合う会話がこだましていました。紛れもなく私もその一人ですが(笑)
それでも何でも、懐かしい顔が久しぶりの出会いで、笑い合い肩を叩き合う姿はなんとも微笑ましいものです。次は6月の総会を楽しみに・・・と散会しました。
2024年 令和6年の元朝に当って 謹んで新年のお慶びを申し上げます。
拙ブログお立ち寄り頂きまして誠に有難うございます、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
瀬戸内海のご来光画像と共に謹んでご挨拶申し上げます。
幸いなことに当地方はご来光を仰ぐ時間帯は晴れてくれました。お陰で震え上がる寒さでもない中で、ご来光の写真を撮ることが出来ました。腕がイマイチで出来栄えはともかくとして、瀬戸内海の彼方から昇る初日の出を感じて頂ければ幸いです。
今年も、皆さまにとって素敵な1年となることをお祈り申し上げます。
午前7時に到着したら、駐車場は道路に停める以外駐車の空きなし。すごい賑わいに驚きました。
残念!水平線は厚い雲で遮られ、雲の上に顔を見せてくれるまで15分はかかります。ひたすら待ちます。
岩国市のシンボル錦帯橋に門松が飾られて、迎春準備が整ったというニュースを小耳にはさんで、孫たちにも見せておこうと子守がてらお出かけ。
私たちは普通、錦帯橋を渡った横山側の吉香公園で遊ぶことが多いため、こういった岩国側から渡り始める錦帯橋を眺めるのは、写真を撮る目的で行くことが多い。今日は孫の散歩も兼ねて、錦帯橋下流の河川敷に駐車して、写真に収めるためにわざわざ訪れたというところ。
大きな門松が飾られ迎春縦鼻OKの錦帯橋入口(岩国側)
5連のアーチ錦帯橋を川の上流側から見た絵になる姿、橋の向こう側に吉香公園が広がる
せっかく一緒に行ったのがから、モデルも撮っておかないとね。
こちらが橋の下流側の石畳。三角おむすびに似た石を見つけてごきげん。
この時季の主婦は大変な忙しさであるのは何年も何年もず~~っと目にしてきたからよく解っている。同時に宿六の方は、餅をついてもこねるくらいで、準備や後始末はお任せ。つきたてのアツアツお餅をうまいねって言いながら食べるのが落ちである。
まあせめて、ばあちゃんばあちゃんと追いかけ回るお二人さんを隔離するのが内助の功というもの。門松錦帯橋はかっこうの逃げ場であり、冬枯れた季節の中でも凛と立つ(龍)素朴な姿を、全国の皆様に改めてお披露目できるいい機会でもある。とくとご覧あそばせ。
なんだかんだ言いながら、お節づくりに手を貸すわけでもないのなら、せめて邪魔しない配慮くらいしないとね~。彼女たちも喜んだし(笑)。
お友だちが少なく、ひっそり咲く冬桜
岩国の歴史が香る城下町、その一角を占める吉香公園をゆったり散策してみると、色んな草木や歴史に出くわす。
そんな一つが、この季節にひっそり咲いて人目に触れることも少ない「ふゆざくら」である。紛れもなくさくらの花である。
ソメイヨシノと見まがう可憐さと、秘めた勇気みたいなものを感じさせる。木(気)も小さいしあまり目立たず、内木(気)に二つ三つ咲いている。見上げるまでもなく目の高さにある。それがまたいい。いわくによいとこ一度はおいで・・・
さて桜といえばソメイヨシノを筆頭に、エドヒガンザクラ、マメザクラ、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カンヒザクラ、オオシマザクラ、カワヅザクラなどなど色々である。ちっと不思議なのは、あの誰もが認めるさくらの代表格であるソメイヨシノに「さくら」の名が欠けている。なんでじゃろう。
誰かの漫才のネタにしてもらってもいいが、ちょっと不思議と言うか違和感を感じるんよね~。
ところでこの世の中に桜と名のつく木や花はいったいどのくらいあるのか、考えたことある??
しょうもないことですが、上に並べた様々な桜に少し足した10種を基本に、変種や野生化などしたものが約100種類。さらに育成された園芸品種などを合わせると200以上になるのではないかと言われている。さらに、八重咲や枝垂れ裂きなど多種多様である。
理屈抜きで咲いた花を楽しむ、それだけで十分だよね~。
季節外れを承知で桜の話になったが、小さいながらもこの寒さに向かって咲く吉香公園の「ふゆざくら」に出会って、ふと思った感想であ。
「またかよ!」なんて言わないでね。今年は岩国市のシンボル錦帯橋創建350年という記念の年。
商工会議所をはじめ青年会議所、錦帯橋を世界文化遺産に押す会などなど色んな団体が、晩秋の岩国を盛り上げようと奮闘している。
そんな一大イベントの一つとして昨日・今日の二日二宵、錦帯橋をぼんぼりで飾り、錦帯橋を渡る人には手提灯を持たせてのんびりゆらり。
どんな写真より、どんな巧妙な説明も、実物には勝てないことを承知の上で、敢えて拙い腕で撮影した錦帯橋画像を押し売りおしうり~~!!
いずれにしても、ホンモノを見て頂きたい魅惑的なかがり火の宵でした。少し遠慮気味に少しだけ見てください。いっぱいいっぱい撮った中のホンの数枚!です。雰囲気を想像して頂くのが一番かと、とも思います。
そこでやっぱり少しだけ歌いたくなるのが、❝ おいでよ 岩国 ❞ の自作自演の一節である。
^^♪ 一度はおいでよ 岩国へ 人情溢れる城下町
肩を寄せ合い二人で渡る 五連アーチの錦帯橋に
はじけるかがり火 ア~ 胸焦がす ♪ お後がよろしいようで!!
ピンクに彩られた10月2日の錦帯橋
山口県では、10月は「やまぐちピンクリボン月間」に指定されている。
女性特有のがんである乳がん、子宮がんについて広く県民に関心をもってもらい、定期的な検診受診の重要性を理解促進のため、毎年10月に県内各地でキャンペーンを実施している。その一つとして岩国では昨夜を駅前広場を中心に、そして今日は錦帯橋をピンクに染め上げたものである。
つい先日は手話言語の国際デーによるブルーライトアップであったが、今宵はまた趣向を変えた華やかなピンクに彩られた錦帯橋をご覧あれ。
錦帯橋はるか彼方に浮かび上がる夜空の岩国城もまた一興ではある。と地元の人は云っていますよ。
カメラとカメラマンの腕がもう少し良ければ、さらにいい写真をお見せできるのでしょうが、「オッそうだった、今日は錦帯橋ピンクのライトアップだった」と思い出して、いきなり駆け出すカメラマンの作品だからせいぜいこんなもんだと思召せ。
これでも岩国市民の一人として、錦帯橋を歴史的な観点からも技術的な観点からも宝物として、大事大事に心に留めているのである。
数少ない観光資源、数少ない自慢話のネタとして。
川面に写る優美な姿は、薄幸な美女を思わせる 錦帯橋
ライトアップによっては登り龍にも変身して見せる 錦帯橋
創建350年を迎える我が町のシンボル、国の名勝「錦帯橋」。このたび岩国市議会において10月1日を「錦帯橋の日」と定める決議案が可決された。
一市民としては遅きに失した感は否めない。なぜもっと早く、その歴史的な価値、木造建築の技術の高さなど、評価するべき点を吹聴する手立てを講じて来なかったのか。何故もっともっと観光業者に売り込んで来なかったのか。観光行政や地域の歴史感覚の遅れを感じてしまう。
今さら何を?同じ穴のムジナじゃないかとのお叱りを甘んじて受けながら、我が町の歴史遺産を改めて売り込みたいという気になっている。
今までも非力ではあったが、自分なりのPRを随分やっては来たと思っているが、行政手段に訴えるまでには至らなかった。
錦帯橋は江戸時代の1673年に、吉川広家から数えて3代目の領主吉川広嘉によって創建された。たび重なる洪水流失の従来の橋から、様々な知見や手法を考えて作られたものである。かつて岩国検定を企画する中で、色々な文献をあさった過去もある。
何故その日が10月1日なのか。諸説ある中で、政治の決済を担った御用所の「御用所日記」に「10月1日夜までに工事が残らず完了し、領主に報告された。3日には往来が可能になった」記述が残されていたことが決め手になったという。このようなアピールを続けながら、残るは「世界文化遺産登録」を目指して地道な活動をしている団体を応援したい。
あわよくば、山口・萩・津和野そして宮島につながる観光ルートの一角として岩国錦帯橋が食い込める日を夢見よう。