夏も真っ盛りの葉月ついたち。文字通り、各地で大小色んな夏祭りのシーズン到来である。
特にこの季節、地域にある様々な介護施設が「夏祭り」を催す。
入所者や通所者ご本人やその家族が祭りを通して交流し、施設側が飲食の格安販売やステージイベントなどを提供するのが通例となっている。
岩国太鼓保存会の勇壮な演奏でオープニングを飾ったり、地域で活躍する民踊同好会の華やかな踊りでスタートしたり、いろんな工夫が見られるのはなんとなくほほ笑ましい。中には、結構お金をかけている割にはイマイチ盛り上がりに欠けたり、ちぐはぐだったりする場合もある。
やはり周到な準備と、気配りの出来る総合プロデューサー的なリーダーの存在が必要だなーなどと勝手な評価を下したりする。それもこれも、同じやるんならもっと楽しく、もっと盛り上がる方法があるんじゃないの、などとつい欲張ってしまう。こんなのを下司の勘繰りとでもいうのかもしれないが。
いずれにしてもこのようなイベントの担当者は、仕事に追われる中でプラスアルファーの別の仕事として取り組むのだろうから、万人のお気に召すような内容にはなかなか至らない。それをを期待する方が無理なことであろう。まあそこそこの出来栄えでよしとしないと、せっかくの夏祭りが面白く見られなくなる。
若いころから地域の盆踊りや、青年団演芸会など、いろんなことに首を突っ込んで来た。
特に夏の夜の「慰霊盆踊り大会」は、年間行事の代表格であり、準備や会場設定などに苦心した熱い思い出がある。
それらのことを運ぶときには、「これがベスト」と思って取り組むのだが、終わってみるとあれこれ指摘事項が出てくる。
それをまた来年の肥しにして、さらにいいものを……と思ってやってきたつもりなのだが、果たして。
このような試行錯誤の繰り返しは、母を見送った後の「悔悟の念」に似ているようだ。
「母の思いを本当に受け入れてやったのだろうか」「もっともっと母に寄り添う方法があったのではないか」などと。
いまさら考えても栓なきことながら、お盆という節目を迎える暑さの中で、夏祭りに寄せて色んなことが頭をよぎる。