そう わたしはずっとあの人が気になっていた
だけどそれを認めてはいけないの
あの人はわたしから店を奪おうとしている敵なんだから
心を許してはいけないの
揺れる心なんて要らない!!!!
(弥生)
ー6-
多鶴摩千子が会う約束を取り付けたのはローウェル家の三男坊ジョージ・ローウェル
少しでも年が近い相手が会いやすかった 話がしたかったのか
「うん 町おこしのミスコンのことは聞いてるよ」
ジョージは日本語も流暢だ
「へえ 摩千子さんも出るんだ で?」
「出場者が集まらないの 景品とか賞金とか出場メリットが良ければ と思うけれど
たとえばここの豪華なお部屋に宿泊できて食べ放題とか」
「ふうん」と面白そうにジョージが笑う
「兄達や姉に交渉してもいいけど 一つ条件がある
花野弥生さんも出場すること
僕は彼女が人並みに着飾った姿も見てみたいんだ」
摩千子はにんまりとした「願ったりかなったりだわ あのコも着飾る喜びを知ってもいい頃よ」
「じゃあ利害は一致だね」とジョージ
口笛吹きながらジョージは去っていった
場所はホテルの屋外カフェ
少し呆気にとられたあきら子がジュースを飲んでいると やたら果物を盛ったスイーツが運ばれてきた
「ホテルからでございます」
「ジョージからね こういうことやっちゃう男なのよ あれは」
と早速スプーンを持つ摩千子
「えっと~~~ あの摩千子さん つまりー」
「うん あのね どうやらジョージは弥生ちゃんに一目惚れだったのよ
似合わない厚化粧でドスのきいた声で震えながら啖呵をきったあのコにね
全くどんな趣味なんだか
興味を持って花野酒店へ訪ねていって 素顔の16歳の弥生ちゃんに会った
弥生ちゃんには 店を取り上げようとしている敵ーとして認識されてるーっていうのにね
この5年の間にも色々あって・・・・・
ジョージは花野酒店も生き残れる道を模索しているし助けようともしている
弥生ちゃんも心の底ではジョージを信じたい
そう思っているのに素直になれない
意地っ張り
若いし 若いぶん頑なだわ」
「は・・・あ」
恋は あきら子には苦手な分野だった
「あの摩千子さん ジョージさんて外見的にもいい男でしょ 長身・金髪・青い瞳で
摩千子さんの方が弥生さんよりトシも近いし
そういう対象にはならないんですか
結構 気安そうだし」
くすりと摩千子が笑う「唐突に恋に落ちるタイプじゃないから それに弥生ちゃん可愛いし 苦労してきてるのも見てるから
とにかく幸せになってほしいなって」
日向竜子と多鶴摩千子が仲が良いのが あきら子は分かるような気がした
自分の事より他人 周囲が幸せで居てほしい・・・
でもって どこかおねえちゃん気質
そうあったかい人が多いのだ ここは
うんうんと一人頷くあきら子
表面では喧嘩して憎まれ口を叩いても 本心から相手の不幸を喜んだり望んだりする人間はいない
「町おこしかミスコンか 少しでも成功するといいですね」
そうあきら子が言うと 摩千子も「そうね じゃ 弥生ちゃんだまくらかしてミスコンに出る同意取り付けましょうか」
ーだまくらかしてー言葉は悪いけれど 摩千子のは善意からのおせっかい
仕掛けなければ物事は動かない
何かと親切にしてくれる 相談事の頼れる相手で 色々心配してくれる摩千子を 弥生は頼りにしている
摩千子に輪をかけておせっかいで面倒見の良い摩千子の母 そのおかげで兄もどうにか店を維持していけているーと弥生にはわかっている
いま花野酒店に必要なのはインパクト
何かで賞を獲るとか話題を呼ぶ「何か」
ーその細腕で何ができると思っているんだー
あの人 ジョージはそう言った
ひと言も言い返せなかった・・・・・
美味しいお酒なんて確かに世界中にある
わかってる この手でできることは・・・・・
まだまだ経験も工夫も足りない 思い付く頭もない 愚かでちっぽけな自分
掌の中に答は書かれていない
おかあさん いま どこでどうしているんだろう
おかあさんなら この花野の水を利用してどんなお酒をつくっただろうか
摩千子とあきら子が花野酒店に着いた時 ひとりぼっちで弥生は落ちこんでいた
「ま~た考え込んでいたんでしょ このコは」と大袈裟に摩千子が騒ぐ
「はじめまして」と頭を下げるあきら子
長身のあきら子を遠くから見かけたことはあった
知らない顔ではない
「あ・・・はじめまして」と弥生も答える
摩千子が提げていたのはホテル菊野の紙袋
途端に弥生の顔が険しくなる
「美味しいものを拒むのはよくないわ」と摩千子
取り出したのはキウイと苺と生クリームの詰まったフルーツサンド
照り焼き唐揚げと卵のサンドイッチ
メロンジュース 桃のジュース
「果物は美容にいいのよ 菊野のテイクアウトは美味しいわ
敵!なんて拘ってないで飲みなさい 食べなさい 命令よ」
笑顔で押しつけて弥生が食べるまで腕組みして待つ摩千子
笑顔なのに迫力がある
根負けして弥生が口にすると
「よろしい」
しかも弥生が食べ終わるまで無言の摩千子 それも笑顔のまま
なんて怖い笑顔なんだろうと あきら子は思った
「うふふふ・・・・食べ終えたわね しっかり食べたわね いいコだわ弥生ちゃん
お姉さんが撫で撫でしてあげましょう」
こういう性格だったのか この人ーと あきら子は驚いてばかりだ
「あの・・・・何なんでしょう お二人 何か用事でも」
言いかける弥生に「よく聞いてくれたわ 実はね困ってるの さびれた商店街に賑わい取り戻そうーってことでね
見た目のいい女のコたちに出場すべしーなんて招集がかかったの
迷惑だけど出ないと言い張るのも大人げないしね
ここは見世物パンダよろしく出ましょうって度胸のいい娘達がいるのよ
けど数が足りないの イベントとしちゃ弱いわね
そこで出場者を餌で釣ろうーって ホテル菊野にも景品についてご協力くださいーって交渉に行ってきたの
そしたらそんなに大切なイベントなら協力ーという色よい返事はもらえたけれど
けれどね 条件があるの
弥生さんも出るのならーって
このあきら子さんは出場者集めの いわば美人スカウトのお仕事を言いつかっていてね
お店の仕事あるけれど一緒に走り回ることにしたの
だって生まれ育った町の為だもの
どうか協力してくれない」
摩千子の話の途中から弥生は青くなったり赤くなったりした
表情変化の豊かな人だーと あきら子は思う
黒目がちの大きな瞳 噛み締めている唇は淡い桜色
男の腕にすっぽりおさまりそうな身長 体つき
かと言って小柄でもなくて
くっきりした眉は意志が強そう
うん これはメイクすればかなりの美女だわとも
「出ていただけませんか 勝手なお願いですが」と あきら子は頭を下げる
「まさか断らないわよね 弥生ちゃん あなた今 我々からのワイロ受け取って食べちゃったじゃない」
「あ あれは摩千子さんが食べろってーーーー」
うん それは無いわ 汚いわーと あきら子も思う
気の毒だ弥生さん
「つまり自分の意地 プライドが大切でホテル菊野ごときが出す景品の為などの役に立ってはやらないと
我が町の商店街なんざどうなってもいいと」
そこで摩千子は大きく溜息をついた 「仕方ないわ あきら子さんごめんなさい
花野酒店は参加せず ホテル菊野のイベント協賛もなし
みんながっかりするでしょうけれど」
じわっじわと追い込まれる弥生
気の毒なほど項垂れる
「とにかく少し考えてみてくれませんか」とだけ あきら子は言った
「藍の衣」ー1-
「藍の衣」ー2-
「藍の衣」ー3-
「藍の衣」ー4-
「藍の衣」ー5-
(コメント欄は閉じております ごめんなさい)