絶好のバイク日和だったが車で出かけた
三重県多気町の近長谷寺(きんちょうこくじ)、 伊勢自動車道の勢和多気ICの北方にある
瓶底眼鏡さんのブログを見て行きたくなったのだ
仁和元年(885年)に建立された寺で、本尊の十一面観音立像は国の重要文化財。ご本尊は像高6.6mという全国屈指の巨大仏で、奈良・鎌倉の長谷寺のご本尊と並んで 「日本三観音」の一つに数えられている。
相変わらず走りなれた道、、、名阪国道針TRSからR369・368で榛原~御杖~美杉~仁柿峠を越えて勢和多気IC方面へ向かう
バイクと違って660ccの四輪である、ノンビリ走らにゃシカタがない
多気町に入りちょっと寄り道、勢和振興事務所近くにある五箇篠山城址へ寄る
標高140mの山で、この城は740程前野呂氏代々の拠城だったとのこと
頂上までこんな階段が250m続く
右の石碑には、「五箇篠山城址」と刻まれている
頂上から西を望む
国道368号線が飯南方面に走っている
ちょっと休憩して、近長谷寺へ向かう
丹生大師前を通って、案内板を見ながら山の中へ入って行く、広い道路から1車線の細いくねくね道になってくる~駐車場で行止り、ここから徒歩、ずっと坂道で約7分
なかなかリッパな本堂だ、千年以上の風格が漂う
赤い頭巾を着た柔和な石の仏様が出迎えてくれた
本堂の軒先を見上げれば、永年の歴史を感じさせる
横を見れば、『 本尊十一面観世音菩薩ご真言 をんまかきやろにきやそわか 』 と書かれている、何のことかさっぱり解らない???
とりあえず拝んで賽銭をあげる
鐘楼には、これまたリッパな鐘がかかっていた
この山の上に 「近津長谷城址」 がある
伊勢湾の景色がすばらしいらしい・・・
田丸城・一之瀬城とともに北軍をおおいに悩ました伊勢における南朝方の拠点の一つであった
今を遡ること六百数十年前のことである
こんな階段を300段ほど登る
頂上に到着
案内板やコンクリート製のテーブル・イスは笹や雑木に埋もれていた
伊勢湾、小浜半島、朝熊山、田丸城、国束山等々見えたらしいが ・・・・
背丈の倍ほどの雑木が生い茂り、こんな景色が見えただけ
せっかく汗をかいて登ってきたのに
景色は諦めて城址を後にして寺から駐車場に戻る
車で山を下る途中の 「夕日ケ丘展望台」 より北方面を望む
麓の多気町の家々でしょうか? ボンヤリとカスミがかかった様な景色でした
三重県多気町の近長谷寺(きんちょうこくじ)、 伊勢自動車道の勢和多気ICの北方にある
瓶底眼鏡さんのブログを見て行きたくなったのだ
仁和元年(885年)に建立された寺で、本尊の十一面観音立像は国の重要文化財。ご本尊は像高6.6mという全国屈指の巨大仏で、奈良・鎌倉の長谷寺のご本尊と並んで 「日本三観音」の一つに数えられている。
相変わらず走りなれた道、、、名阪国道針TRSからR369・368で榛原~御杖~美杉~仁柿峠を越えて勢和多気IC方面へ向かう
バイクと違って660ccの四輪である、ノンビリ走らにゃシカタがない
多気町に入りちょっと寄り道、勢和振興事務所近くにある五箇篠山城址へ寄る
標高140mの山で、この城は740程前野呂氏代々の拠城だったとのこと
頂上までこんな階段が250m続く
右の石碑には、「五箇篠山城址」と刻まれている
頂上から西を望む
国道368号線が飯南方面に走っている
ちょっと休憩して、近長谷寺へ向かう
丹生大師前を通って、案内板を見ながら山の中へ入って行く、広い道路から1車線の細いくねくね道になってくる~駐車場で行止り、ここから徒歩、ずっと坂道で約7分
なかなかリッパな本堂だ、千年以上の風格が漂う
赤い頭巾を着た柔和な石の仏様が出迎えてくれた
本堂の軒先を見上げれば、永年の歴史を感じさせる
横を見れば、『 本尊十一面観世音菩薩ご真言 をんまかきやろにきやそわか 』 と書かれている、何のことかさっぱり解らない???
とりあえず拝んで賽銭をあげる
鐘楼には、これまたリッパな鐘がかかっていた
この山の上に 「近津長谷城址」 がある
伊勢湾の景色がすばらしいらしい・・・
田丸城・一之瀬城とともに北軍をおおいに悩ました伊勢における南朝方の拠点の一つであった
今を遡ること六百数十年前のことである
こんな階段を300段ほど登る
頂上に到着
案内板やコンクリート製のテーブル・イスは笹や雑木に埋もれていた
伊勢湾、小浜半島、朝熊山、田丸城、国束山等々見えたらしいが ・・・・
背丈の倍ほどの雑木が生い茂り、こんな景色が見えただけ
せっかく汗をかいて登ってきたのに
景色は諦めて城址を後にして寺から駐車場に戻る
車で山を下る途中の 「夕日ケ丘展望台」 より北方面を望む
麓の多気町の家々でしょうか? ボンヤリとカスミがかかった様な景色でした