■The Thelonious Orchestra At Town Hall (Riveside)
ただでさえ難曲が多いセロニアス・モンクのオリジナルをオーケストラで演じたら!?
そんな無理難題というか、夢想&妄想の叶ったアルバムが、これです。
もちろんセロニアス・モンク自らが10人編成の中型オーケストラを率いたライブ盤なんですから、こんなアルバムがあると知った瞬間から、私は興味深々でした。
録音は1959年2月28日、ニューヨークのタウンホールでのライブセッションで、演奏メンバーはセロニアス・モンク(p)以下、ドナルド・バード(tp)、ロバート・ノーザン(frh)、ジェイ・マカリスター(tuba)、エディ・バート(tb)、フィル・ウッズ(as)、チャーリー・ラウズ(ts)、ペッパー・アダムス(bs)、サム・ジョーンズ(b)、アート・テイラー(ds) という強力な面々! 気になる編曲はセロニアス・モンクとホール・オーヴァートンが協力して行ったようです――
A-1 Thelonious
セロニアス・モンクのピアノが鋭角的なテーマメロディの一節をリードし、それがバンドの合奏に繋がって演奏がスタートした瞬間、ハッとするほど躍動的なビートと不可思議なハーモニーの一体感に惑わされます。
膨らみがあって尖鋭的なアレンジは、当時の他のビックバンドには無いものですが、セロニアス・モンク自身はデューク・エリントンの熱烈な信奉者であったことを思うと、なかなかに意味深です。
演奏はセロニアス・モンクのピアノがアドリブを演じるだけの短いものですが、挨拶代わりとは言えないテンションの高さが感じられます。
A-2 Friday The 13th
これもミョウチキリンなテーマメロディを持ったセロニアス・モンクの代表曲ですが、混濁したハーモニーを強烈なビート感でゴッタ煮解釈していくアレンジ、それを見事に表現していくバンドアンサンブルの猥雑さが、強い印象を残す名演です。
まずはサム・ジョーンズのペースとアート・テイラーのドラムスが見事に共謀したハードバップのグルーヴ、それを信頼してこその凝った編曲という目論見なんでしょうねぇ~。正直、楽しくない演奏だと思うんですが、やはり聴いているうちにジャズという悪魔の音楽の虜になってしまいます。
アドリブパートではお馴染みのチャーリー・ラウズが毎度「お約束」の展開からセロニアス・モンクのピアノへと、全くの「お決まり」が演じられますが、続いて登場するフィル・ウッズとドナルド・バードは予想どおりに新鮮♪ なんともハードバップなグルーヴが逆に珍しく感じられるという不思議さよっ!
A-3 Monk's Mood
憂鬱な浮遊感に満ちた、これもセロニアス・モンクの代表曲ですから、作者本人のソロピアノから膨らみのあるテーマアンサンブルが入ってくる最初の部分だけで、それが心地良い脱力感に変化するという素敵な演奏です。
尤もこれは、あくまでも個人的な感想です。しかし何度聴いても、この瞬間は最高なんですよねぇ~~~♪ けだるいチャーリー・ラウズのアドリブも、何時もとはちょいと違ったアプローチが新鮮ですし、力演だと思います。
ちなみにアレンジで参画したホール・オーヴィートンは、クラシックや現代音楽も本格的に学んだ学術派みたいですが、モダンジャズでもチャールズ・ミンガスやテディ・チャールズと共演したり、自己のリーダー盤も出している俊英でした。そういう幅広い音楽性が、この曲のアレンジではイヤミなく発揮されているんじゃないでしょうか。
B-1 Little Roote Tootie
そのホール・オーヴァートンが驚愕の目論見を達成したのが、この演奏です。なんとセロニアス・モンクが同曲の以前のバージョンで残したピアノのアドリブパートを、オーケストラのアンサンブルで再現しているのです! う~ん、これは後年、チャーリー・パーカーのアドリブをサックスアンサンブルで再現したスーパーサックスというバンドの元祖でしょうか!?
しかし実際のアドリブパートも素晴らしく、グイノリで炸裂するペッパー・アダムスのバリトンサックス、難曲をものともしない流麗なドナルド・バード♪ ビシバシに敲きまくるアート・テイラーにピンピンピンのサム・ジョーンズというリズム隊も最高です。
そしてクールで熱いセロニアス・モンクの独善的なピアノからは、不協和音と西洋音楽拒絶の姿勢に貫かれたような厳しいアドリブが放たれ、その過激な勢いがフィル・ウッズの熱演を呼ぶのですから、後に続くエキセントリックなバンドアンサンブルにはグッと興奮させられるだけです!
あぁ、この激ヤバの雰囲気はモンクスミュージックを濃厚に煮詰めて正体を明かした潔さでしょうか!? ホール・オーヴィートン、恐るべし!
B-2 Off Minor
このアルバムの中では比較的オーソドックスな演奏ですから、チャーリー・ラウズもリラックスした本領発揮のアドリブを披露しています。しかしそれは、後年のような些かマンネリしたものではありません。なかなか意欲的というか、この突っ込んだ雰囲気には思わず気分が高揚させられます。
そういえばデータ的には当時、チャーリー・ラウズはセロニアス・モンクのバンドレギュラーになったばかりだったんですよねぇ。そしてサム・ジョーンズ&アート・テイラーもそうでしたから、ここでの気合いの入り方にも説得力が充分!
ですから親分もアドリブを演じているメンバーの背後では怖いコードワークを叩きつけ、こういう雰囲気が私は一番好きですし、全体のアレンジも、ほど良いアレンジが結果オーライだと思います。
B-3 Crepescule With Nellie
オーラスは比較的新しいセロニアス・モンクのオリジナル曲で、気分はロンリーなメロディと奥深いコードの響きが絶妙のバンドアンサンブルで演じられています。特にリズム隊が控え目なところに重厚なホーンのアレンジ、異常とも思える「ゆったり感」が危うい「緊張感」に変質していく展開は素晴らしいですねぇ。
明確なアドリブらしいパートが無いのも凄いと思います。
ということで、決して楽しいアルバムではありません。実際、その場の観客の拍手も熱気と感動よりは呆れに近い驚きの雰囲気と、私には感じられます。整然とした観客の拍手ほど怖いものは無いと思うんですけどねぇ……。
しかし演奏の密度は濃厚すぎるほどで、幾何学的で底知れないセロニアス・モンクのオリジナルメロディから、これほど上手くエッセンスを抽出して魔法のハーモニーとアンサンブルを組み立てたホール・オーヴァートンは、まさに鬼才でしょう。
セロニアス・モンク自身も、この時の編曲には大変に満足していたそうで、この後にも再演ライブをやっているほどですし、モンク対ビックバンドという企画は、オリバー・ネルソンがアレンジしたアルバムも作られているほどです。
鑑賞用音楽としての「セロニアス・モンク」としては、最もそれに適した1枚として、それでも楽しんでしまう作品ではないでしょうか。