■Volunteered Slavery / Roland Kirk (Atlantic)
ローランド・カークはモダンジャズ裏街道の人かもしれませんが、実はこれほど人気のあるミュージシャンは、ちょっと見当たらないでしょう。
ご存じのようにローランド・カークは盲目の黒人管楽器奏者で、テナーサックスやフルートの他にも自分で開発した各種の管楽器を自らの体にぶら下げ、ある時にはそれらを同時に吹いてしまう荒業とか、ジャズだけにとらわれない汎用性の高い音楽をやっています。
ところがそれは、ジャズ者からすれば、その奥儀がジャズの真実に近づいていると感じるのかもしれません。実際、一度でもローランド・カークの演奏に接すると、忽ち驚愕してシビレるファンが続出するのです。
なんて、最初から確信犯的な事を書いてしまいましたが、例えば本日ご紹介の1枚を体験すれば、必ずや納得していただけるものと思います。
その内容はA面が1969年7月22&23日録音のスタジオセッション、B面が1968年7月7日に行われたニューポートジャズ祭でのライブ録音という二部構成で、その多様な音楽性と圧倒的な演奏がズバリと楽しめます。
A-1 Volunteered Slavery
ここから始まるA面のメンバーはローランド・カーク(ts,fl,manzello,stritch,vo,etc.) 以下、ロン・バートン(p)、ヴァーノン・マーチン(b)、ソニー・ブラウン(ds,per)、チャールズ・クロスビー(ds)、チャールズ・マギー(tp,tb)、ディック・グリフィン(tb) 等々が入り乱れ、さらにコーラス隊も加わっています。
このアルバムタイトル曲は重苦しいゴスペルムードがボーカルやコーラス、叫び声なども交えながら表現されるテーマ部分、そして混濁してドロドロのファンキーな合奏、それがいつしかビートルズの当時の大ヒット曲「Hey Jude」へと流れていくんですから、悶絶感涙です。
それにしても「奴隷志願」とでも訳する他は無い曲タイトル! ほとんどSM映画みたいですが、なんとも意味深ですねぇ。原盤裏ジャケットには、それを裏付けるようなローランド・カーク自らの言葉も載っていますから、それは現物を見てのお楽しみです。
A-2 Spirits Up Above
これまた真っ黒なゴスペルムードが横溢した猥雑な演奏で、冒頭からゴスペルコーラスの呻きが充満し、その背後ではローランド・カークのサックスが蠢きます。そして演奏テンポが上がっていくにつれ、それがゴッタ煮のジャズへと変質していくあたりは、ちょっとチャールズ・ミンガス調ではありますが、ローランド・カークも一時はそのバンドに在籍していたのですから、さもありなんでしょう。
明確なアドリブパートはありませんが、妙に納得させられる演奏です。
A-3 My Cherie Amour
そしてこれがローランド・カーク的フィール・ソー・グッドな演奏の極北♪♪~♪
曲はご存じ、スティービー・ワンダーのお洒落な大ヒットですねっ♪♪ それをここではバタバタしたボサロックで猥雑に演じているんですが、この不思議な気持ち良さは唯一無二! 初っ端からの、ど~しようも無いユルユル感と重心の低いビート、さらに不真面目極まりないスキャットが最高としか言えません。
そしてテーマとアドリブをリードするローランド・カークのフルートが絶品です。特有の唸り声を伴いつつ繰り出されるフレーズには美メロがいっぱいなんですねぇ~~~♪ しかも決して素直では無いというあたりが、ジャズ者の琴線に触れること請け合いです。
あぁ、何回聴いても飽きませんょっ♪♪♪♪~♪
A-4 Search For The Reason Why
どっかで聞いたようなメロディがゴッタ煮にされたローランド・カークのオリジナル曲で、ゴスペルっぽいコーラスと調子っぱずれなローランド・カークのボーカルが、これまた不真面目な雰囲気……。しかしバックのリズム隊がご機嫌なボサロックという、ただ、それだけの演奏なんですが、これも不思議と心地良いトラックです。
A-5 I Say A Little Prayer
バート・バカラックの代表曲が、これもアッと悶絶の演奏にされています。
なにしろ最初からダサダサのボサロック、猥雑な混濁ビートの嵐なんですが、良く知られたキュートなテーマメロディが、まさにローランド・カーク以下、バンドメンバーにレイプされていくが如き展開が強烈です。
ガツンガツンのピアノ、ブカブカのトロンボーン、蠢くテナーサックス等々、それらが何時しかジョン・コルトレーンの「至上の愛」へと変質していくんですねぇ~~~!?!
もちろんローランド・カークは得意技の複数管同時吹きや呻きのボーカル、あざとい仕掛けが見世物小屋の胡散臭さの楽しみという感じで、私には絶対、憎めません。
B-1 One Ton
さてB面は既に述べたようにライブセッションで、メンバーは一応、ロン・バートン(p)、ヴァーノン・マーチン(b)、ジミー・ホッブス(ds) をリズム隊にしていますが、他にも数名の参加者がいるように感じます。
そしてこの曲が、猛烈至極な開始宣言! ガンガンに突進するバンドの勢いも素晴らしく、ローランド・カークは唸りまくったフルートで大熱演です。もう、これだけで夢中になってしまうのがジャズ者の宿命じゃないかと思うほどですよっ!
B-2 A Tribute To John Coltrane
a) Lush Life
b) Afro Blue
c) Bessie's Blues
タイトルどおり、ジョン・コルトレーンに捧げた演奏で、その代表的な演目が選ばれ、巧みなメドレーにしています。そしてローランド・カークの凄まじいばかりのジャズ魂に圧倒されるのです。
まずは「Lush Life」での歌心と混濁したコルトレーン世界の融合が、テナーサックス王道の響きで鳴りわたります。あぁ、これだけ正統派を演じられては、ローランド・カークを決してゲテモノ扱いしてはならないでしょう。
それが一転、チャルメラのような音色のソプラノサックスもどきという、独自開発した楽器で「Afro Blue」をやってくれるんですから、ワクワクしてきます。もちろんジョン・コルトレーンのオリジナル演奏と同じく、暴風のようなモード節は「お約束」なんですが、それが「Bessie's Blues」へ流れていくと、今度は熱血のハードバップとローランド・カーク特有のケイレン節が乱れ打ちされるのです。
あぁ、このあたりは言葉や文章にするのが、本当にむなしくなる暴虐の世界ですよっ!
とにかく聴いて吃驚、歓喜悶絶としか言えません。実際、これだけ真摯にジョン・コルトレーンの物真似をやったら、それは物真似の世界を超越した被虐のパロディとなるはずで、実はそれこそが、ローランド・カークの裏街道の証明かもしれません。
B-3 Three For The Festival
そして前曲のラストから、全く休みなしに突入していくのが、バンドテーマとも言うべき演奏です。ドカドカ煩いジミー・ホップスのドラムスからローランド・カークが十八番の複数管同時吹きで響きわたるテーマのリフ! その背後で暴れるロン・バートンの痛快なピアノ! 唯我独尊のペースも良い感じです。
さらにアドリブパートではローランド・カークがフルートの至芸で、これ以上ないというジャズ魂の完全なる心情吐露ですよっ! その叫びと血が滾るような情熱の嵐には観客も大熱狂! もちろん、このアルバムを聴いているスピーカーの前のファンだって、同じ気持ちになるでしょう。
オーラスの厳かなオトボケも流石だと思います。
ということで、これはジャズ喫茶の人気盤でもあります。特にB面はリクエストの定番であり、弛緩した店内の空気を戒める店側の切り札的存在かもしれません。とにかくこれが鳴り出すと、知っているファンはグッと気持ちがジャズ寄りとなってしまいますし、初めて聴く者にとっては驚愕し、飾ってあるジャケットを眺めてしまうのでした。
やはりジャズが好きになったら、一度は洗礼を受けるべき作品じゃないでしょうか。
白熱興奮のB面も大好きですが、個人的には「My Cherie Amour」だけでもOKです。