■True Blue / Tina Brooks (Blue Note)
今でこそ手軽に聴けるこのアルバムも、1970年代までは名門ブルーノート4000盤台の中でも、存在そのものが珍しいという特級の超幻盤として君臨していました。
主役のティナ・ブルックスは、如何にも黒人テナーサックスという直球勝負型のプレイヤーで、しいて言えば、デクスター・ゴードンやハンク・モブレーを混ぜ合わせて素直にしたスタイルでしょうか。バルネ・ウィランの黒人版という感じもしますし、もちろんジョン・コルトレーンのフレーズや影響なんか微塵も出ないという潔さが、ハードバップ中毒者の琴線に触れまくりという人です。
このアルバムはティナ・ブルックスの初リーダー盤で、しかも公式には唯一のリーダー盤でもありますが、それは本人の早世による所為でもあります。ただしブルーノートでは、この他にも幾つかのセッションに参加しており、如何に当時、プロデューサーのアルフレッド・ライオンが期待していた逸材だっかが証明されるところです。
録音は1960年6月25日、メンバーはフレディ・ハバード(tp)、ティナ・ブルックス(ts)、デューク・ジョーダン(p)、サム・ジョーンズ(b)、アート・テイラー(ds) という滋味豊かなクインテット♪ もう、このメンツだけで、愛好者はワクワクしてくるんじゃないでしょうか。
A-1 Good Old Soul
グッとタメの効いたリズム隊のグルーヴにダークなファンキーメロディというテーマが鳴り出した瞬間から、もうティナ・ブルックスの世界の虜になるのが、ハードバップ者の宿命でしょう。
そして真っ黒なアドリブフレーズを存分に吹きまくるティナ・ブルックスの雰囲気の良さ♪ これはもう、何処を切ってもハードバップでしかありえないという素晴らしさです。もちろんリズム隊の4ビートはエグイほどにハードエッジなんですが、デューク・ジョーダンの参加が独特の愁いを滲ませていますから、尚更に味わい深いと思います。
ですからフレディ・ハバードの若さに任せた朗々としたトランペットの響きも、絶妙に抑制された歌心に通じていて高得点ですし、デューク・ジョーダンの泣きメロのアドリブも良い感じ♪
しかし決して情緒に溺れずに力強いラストテーマの合奏も最高です。何気なく聴けば、あまりにも当たり前の演奏に聞こえるかもしれませんが、こういう雰囲気はかけがえのないモダンジャズ黄金期の追体験に他ならないはずです。
A-2 Up Tight's Creek
アップテンポで、ちょいとスマートな感覚も粋なハードバップの典型ですが、アドリブパート先発のフレディ・ハバードがイキイキとした満点の爽快感! 続くティナ・ブルックスもノリノリのフレーズを連発するという王道の展開ですから、実に和んでしまいますねぇ~♪ コルトレーンのフレーズが出ないのも素敵です。
そしてデューク・ジョーダンが特有のハスキーなピアノタッチというか、聴けば一発で納得という美メロのフレーズ展開がニクイです。
A-3 Them For Doris
ホレス・シルバーの名曲「Nica's Dream」をネクラに焼き直したような、ダークなラテン系ハードバップです。ちょっとモードが入っているような雰囲気も……?
しかし演奏全体のグルーヴィなムードは、まさに黒人モダンジャズとしか言えません! ティナ・ブルックスの微妙に煮え切らないアドリブ展開はウェイン・ショーター風なところが面白く、リズム隊のミステリアスな重心の低さは、明らかに新時代のハードバップを表現しているんじゃないでしょうか。
それでもジョン・コルトレーンのフレーズを出さないティナ・ブルックスの潔さ! ちなみにアドリブを演じているのはティナ・ブルックスだけというのも意味深でしょうねぇ。
B-1 True Blue
アルバムタイトル曲はワルツビートのハードバップ! そしてブルース衝動も強いんですから、たまりません。リズム隊の濁った雰囲気も私は好きですし、アドリブパートをバックアップするセカンドリフもカッコイイです。
う~ん、アドリブも含めて演奏時間の短さが勿体ないかぎり……。
B-2 Miss Hazel
アップテンポでバンドが疾走する、これも痛快なハードバップで、テーマのサビで炸裂するアート・テイラーのラテンビート、そして全編をスイングさせまくるハイハットとシンバルのコンビネーションが、もう最高です。
ティナ・ブルックスも直球勝負のハードバップ節ばっかりですし、フレディ・ハバードは明朗闊達に大ハッスル! するとデューク・ジョーダンが、これしか無いの美メロのアドリブで飛び跳ねるんですから、ジャズが好きで良かったと思える瞬間の連続になっています。
あぁ、それにしてもアート・テイラー、最高っ!
B-3 Nothing Ever Changes My Love For You
オーラスは哀愁たっぷりのハードバップという、まさに愛好者感涙の名曲♪ ホレス・シルバーだって、こんな演奏はなかなか出来ないであろうと思うほどです。テーマ演奏のアレンジも秀逸ですねぇ~~♪
もちろんアドリブパートでも泣きのフレーズが頻発され、まずはフレディ・ハバードがハードに迫りつつも、美味しいキメがニクイところですし、ティナ・ブルックスはテナーサックスの音色そのものが泣いているという感じでしょうか、そのソウルフルな感性の豊かさは、地味ながらも同時代のテナーサックス奏者としては抜きん出た個性だと思います。
そしてお待ちかね、こういう曲調ならば俺に任せろのデューク・ジョーダンが、もうこれ以上無いという美メロのせつないアドリブですから、涙がボロボロこぼれます♪
ということで、こんな素敵なバードバップ盤でありながら、リアルタイムでは売れなかったのでしょうねぇ……。アッという間に廃盤となって中古市場では高嶺の花の代名詞になっていたほどです。我が国のジャズ喫茶でも置いてある店は珍しいほどでした。
それが再発盤やCDが出ると、何処からともなくオリジナル盤がズラズラと現れて廃盤屋に並んだんですから、世の中の仕組みは分からないものです。尤も文字通りに「高値の花」ではありましたが……。
ちなみにティナ・ブルックスは既に述べたように、ブルーノートには未発表セッションがかなり残されていて、それらは今日までに集大成されておりますが、やはりこのアルバムの価値は内容の良さ、雰囲気の濃厚さで飛びぬけた1枚だと思います。
その秘められたR&B感覚が見事にハードバップに滲み出た黒人テナーサックスの醍醐味は、地味ではありますが、捨て難い魅力に溢れています。色見本みたいなジャケットデザインもイカシでいますねっ♪