「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

ちいさい秋 大きい秋

2006-09-03 06:10:08 | Weblog
# 秋来ぬと目には さやかに見えねども
  風の音にぞ 驚かれぬる  (藤原敏行)
「風立ちぬ」の季節である。どことなくどこかに「ちいさな秋」を感じる今日
このごろである。自然喪失の東京でも虫が集き始め、部屋に射し込む日
足も心なしか長くなってきた。”わずかな隙間から”の風も確実に秋だ。

# 月見れば千々にものこそ 悲しけれ
  わが身一つの秋にはあらねど(大江千里)
万葉の昔から日本人は「秋」に心をうたれる。小倉百人一首には「秋」の字を
直接織り込んだ歌が11首もある。ほかに「紅葉」など秋を季題にした歌も多い。
四季の中では「秋」が一番、心の琴線に訴えるものがあるのだろう。

勤めで札幌にあしかけ10年住んだ。札幌の「秋」は駆足でやってきて駈足
で去ってゆく。藻岩山の紅葉は10月初めには始まり、街路樹のナナカマドが
色づき、雪虫が舞い始まる。町には冬の準備を告げる漬物用の大根干しが
散見し出し、美味しい”秋味”の鮭も食卓にのぼる。季節は短いが”大き
い秋”である。

作家の渡辺淳一さんのお母さんは、札幌に秋が来ると本州に郷愁を感じ、
故郷に帰りたくなった、と同氏は随筆に書いていた。僕も同じ心境だった。
北海道の「秋」はビッグすぎ、本州の”ちいさい秋”を知っている者には
なじめないのだ。”柿食えば鐘が鳴る鳴る法隆寺”の日本の原風景のない
物足りなさも影響しているのかもしれない。