昨日の新聞に折り込まれて「昭和と戦争」のDVD・ビデオの商品広告が配れてきた。
満州事変の年(昭和6年)に生まれ日支事変(12年)勃発の時に小学校に入り20年
中学3年の時に敗戦を迎えた僕の半生は、まさにこのDVD・ビデオの収録されている
時代だ。自分の生きてきた時代の証左として見てみたいものである。
この激動の時代、よくぞこういった映像が残されていたものだ。そしてまた、よくぞこれ
だけ収録できたものだ。関係者の努力には頭が下がる思いだ。この時代を生きてきた
一人としてぜひ、子供たち孫たちの世代にも見てもらいたい。
ただ広告を見て気になったことが二つある。この時代を後世に正しく伝えるならば映像
だけでなく言葉も正しく残してほしい。一つは「太平洋戦争」である。正しくは「大東亜
戦争}であおる。昭和16年12月12日の政府閣議で正式に「大東亜戦争」と定義されて
おり、あの時代、僕らは「太平洋戦争」などと呼んだことはない。「太平洋戦争」という呼
称は戦後占領軍によって強制された名称にすぎない。
もう一つは「皇居遥拝」である。「宮城遥拝」が正式名称である。皇居という呼び方は戦後
のもので、「宮城遥拝」が国旗掲揚と同じく国家儀式であった。僕の耳にはまだ学校の
朝礼のさいの"キュージョー・ヨーハイ”と号令をかけた先生の声が残っている。
激動の時代を生き抜いてきた世代も年々少なくなってきている。当時の映像をこうして残す
ことは大変意義あることだが、同時に正しい言葉も残してもらいたい。