今日これから高速バスを利用して郡山の昔お世話になった民放テレビ局のOB会に出席する。たった2年間の勤務だったが、会社の創業時で、また個人的にも記者職から営業職への転換期だったこともあって想い出が一杯だ。45年前、高度成長が始まった頃で、テレビのCMには、ミニスカートの女性が強風にあおられ”モーレツ”と叫んでいた時代だ。
もう死語に近くなったそうだが”チョンガー”という言葉があった。朝鮮の昔の独身男の髪型「総角」が語源で、本来は男性の独り者への侮蔑語だったらしいが、戦後、日本では広く独身男性一般を指し、それからとくに、単身赴任の企業戦士にも汎用されるようになった。僕も郡山へは単身赴任で、「郡山」の”郡”と”チョンガー”の「チョン」をとって「グンチョン」と呼ばれたりした。
まだ新幹線以前で、東京―郡山間は特急で2時間40分かかった。週末、仕事が終わると、僕は汚れた洗濯物をカバンに入れ東京の自宅に帰り、月曜日の一番で、これを持って郡山に帰る生活が続いた。まだ地方都市では珍しかったマンションを同僚とシェアーで借りたが、今のようにコイン.ランドリーなどなく電気釜も電気掃除機もなかった。
テレビの営業といっても当時、UHF波を内蔵したテレビ器機はあまり普及しておらず、僕らはVHF波をUHFに転換するコンバーターと、受信のアンテナの販売から始まった。4年前の大津波で破壊された国道6号にそって、キー局払い下げの中古の中継車に乗り、開局ソングを流しながら電気屋さんめぐりをしたのが懐かしい。
急ぐ旅でもない。今回高速バスで出かけることにしたが、片道4時間すこしで行ける。それの方が僕には懐かしい。沿道には昔、スポンサー開拓で走りまわった造り酒屋や味噌屋の、古い建物が残っている。あのころは日本の経済も右肩上がりで、僕も元気であった。
もう死語に近くなったそうだが”チョンガー”という言葉があった。朝鮮の昔の独身男の髪型「総角」が語源で、本来は男性の独り者への侮蔑語だったらしいが、戦後、日本では広く独身男性一般を指し、それからとくに、単身赴任の企業戦士にも汎用されるようになった。僕も郡山へは単身赴任で、「郡山」の”郡”と”チョンガー”の「チョン」をとって「グンチョン」と呼ばれたりした。
まだ新幹線以前で、東京―郡山間は特急で2時間40分かかった。週末、仕事が終わると、僕は汚れた洗濯物をカバンに入れ東京の自宅に帰り、月曜日の一番で、これを持って郡山に帰る生活が続いた。まだ地方都市では珍しかったマンションを同僚とシェアーで借りたが、今のようにコイン.ランドリーなどなく電気釜も電気掃除機もなかった。
テレビの営業といっても当時、UHF波を内蔵したテレビ器機はあまり普及しておらず、僕らはVHF波をUHFに転換するコンバーターと、受信のアンテナの販売から始まった。4年前の大津波で破壊された国道6号にそって、キー局払い下げの中古の中継車に乗り、開局ソングを流しながら電気屋さんめぐりをしたのが懐かしい。
急ぐ旅でもない。今回高速バスで出かけることにしたが、片道4時間すこしで行ける。それの方が僕には懐かしい。沿道には昔、スポンサー開拓で走りまわった造り酒屋や味噌屋の、古い建物が残っている。あのころは日本の経済も右肩上がりで、僕も元気であった。