「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

「老人の日」を「敬老の日」に戻せ

2017-09-19 06:18:00 | 2012・1・1
昨日9月の第3月曜日は「老人の日」の国民の祝日であった。昔、「敬老の日」が9月15日に固定されていた時には覚えていたが、ハッピー.マンディになってから、老人の僕でさえ、「老人の日」がいつだか判らなくなってきた。それより、昨日まで僕は、祝日の名称は「敬老の日」だと思っていたが、正式には「老人の日」なのである。内閣府のHP(ホームページ)には「老人の日」と明記されている。しかし、僕のパソコンの前のカレンダーには「敬老の日」と書いてある。調べてみたら「敬老の日」が「老人の日」に変ったのは老人保健法が改正された2001年以来、すでに10年以上も経っているのだ。

同じ屋根の下に住む孫たちから昨日”敬老弁当”(写真)が届いた。”老人弁当”ではない。これまで気がつかなかったが、何故、「老人の日」に変えたのか。HPで今年の「老人週間」(9月15日―22日)のスローガンを見たら”みんなで築こう安心活気ある健康長寿社会”とあり、そのスローガンの一つには、高齢者知識、経験を生かし就労.社会に参加、ボランテァ活動を進める”とある。「老人の日」は、漠然と僕が思っていたような年寄りをいたわり、敬う日ではないのである。

80歳代後半の老人のヒガミかもしれないが、本来、日本人社会の美徳とされてきた「敬老」の精神が最近、薄れてきた感じがする。テレビ番組で「老人週間」の特集として、増える高齢者の犯罪を放送していた。かって「敬老週間」だった時代では考えられないことだ。年寄りの甘えではなく「老人の日」は本来の「敬老の日」に戻すべきである。”老い”は、人生において、順番にやって来るものである。