「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

非常時はGWもスーパーもなかった

2020-04-24 07:44:22 | 2012・1・1

東京都のコロナ.ウィルスの感染は病院など医療施設を中心に衰えを見せず、23日も132人の感染者を出した。この状施の中で小池百合子知事は昨日の記者会見でGW(ゴールデンウィーク)をっ前にして”stay home"と得意の横文字で呼びかけ、スーパーでの買い物は”三密”を避けて週に1回にしようと提案した。

4月末から5月初めて連休の大型連休がGHと呼ばれようになったのは、昭和23年の戦後の祝日改正法が施行された頃からか。それまでは、この時季の休日は4月29日の天長節(昭和天皇誕生日)だけだった。それが22年5月4日にに新憲法が制定されたのを記念して祝日となった。さらに土曜休日が社会で一般化したりして大型連休となり、このシーズンに故郷へ帰郷する人が増え、この季節に人の動き動きが激しくなる社会の慣習になってきた。

ふと思い出して戦争末期、75年前の昭和20年の”GW"は何をしていたのか、亡父の日記を見てみたら、29日(日)日記には”苛烈な戦局の天長節、日に3回も警戒警報有り、佳き日なれど都人士いずれも緊張の裡にすごす”とある。5月2日(水)は前年21歳の若さで早逝した姉の1周忌だったが、家族だけでお経をあげただけ。夕刻、米の配給所に代替えの馬鈴薯をとりに出かけている。

戦争という非常時(緊急事態)であった。店は配給制ですべて開店休業、むろんスーパーなどなかった。毎日の野菜は家庭菜園のものか、亡母が週に1回、買い出しに出かけて求めてきた。この非常時を生き抜いてきた僕らの世代は1か月たらずの”stay home"とか、3日に1度の買い物などなんということはない。未曽有の国難である。1か月たらず、自分の生命を守るためだ。お互いに協力し合おうではないか。