デジタルよりもフィルムの方がラチチュードが広い。ラチチュードとは、再現できる露光域のこと。音響学でいえば処理可能な信号の最大値と最小値の比率を意味するダイナミックレンジ(単位はdB)。
デジタルでは、簡単に明るすぎるモノは白飛びし、光量が足りなければ黒潰れしてしまう。それがフイルムではダイナミックレンジが広いために露光可能域が広がる。つまりデジタルでは黒く潰れるところでも、なんとか光が残っている。都市は光が回っているから真黒ではないのです。この差が気になるならばフィルムです。
そこでトライ-XフィルムをISO3200(3倍増感)で現像してみた。コントラストがより高くなるが、余計なモノも闇に消えてくれたみたいだ。
トップの画像は京都東本願寺。このように写ってくれると人間の業で満ちあふれた漆黒の闇の世界に燦然と輝く仏教世界のヌメヌメとした表現になる。
仏教は人間の生活世界の中に存在している。その生活世界は、業で満ちあふれた生き地獄といってよい。そこへ法灯をかざし、こうあれ!、と人間本来の生き方を示そうとした仏徒達の力強く、邪鬼に対する闘争的な姿をイメージさせてくれる。こう書けば格好がいいけど、実際仏壇とか、お坊さんのスタイルなどの造形をみると、微妙な直線のような曲線であり幾何学曲線とは無縁なヌメヌメ感がある。といって直線で格好良く!、といえば捨てられたガンダムの玩具を思い出すだけなんだけど・・・。
こうした表現は、ラチチュードが狭いデジタル機器では無理。フィルム画像は、そんな被写体の精神性まで表現しているようにみえませんか?。
トライ-XもISO3200で撮影したので+3の増感現像だった。ここまではゆけそうだなと実感した。
そうしたアーティスティックな表現に興味がなければ、デジタル機器とかiPhonとかいう玩具でもいじくり回していてちょーよだ。
もう一つプリント並みの画像づくりに貢献してくれるのがPhotoshopだ。フィルム画像をプリントしたかのように修正してくれる。だからモノクロ・フィルムと大変相性がよいソフトだ。実は、こうするとネガの微妙なトーンもそぎ落とされているようにも思われるが・・・。
それにコシナ製プラナーはシャープで、ニコン製標準レンズよりはよさげだ。ニコンは私のフィーリングに合った写真が撮れたためしがない。だから私はニコン嫌い。こんなことをしていると、やはりEOS1Dsを持ち出してフィールドへ行きたいとおもう今日この頃。
そんな暢気なことを考えつつ写真の整理をしていた。iPhonのライブラリーから、こんな画像をみつけた。お正月のお雑煮をつくってメモ変わりにしたのだろう。iPhonでよく撮れているじゃん!。ここまで写ればデジカメなんか使わない・・・、じゃなくて、いらない!!。
iPhon7の画像
京都駅界隈 2012年1月
NikonF3HP+MD4、Carl Zeiss Planar50mm/F1.4、トライ-X(+3増感現像)
現像所:写真弘社
iPhon7,ISO64,焦点距離3.99mm,_露出補正0,f/1.8,1/15
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