デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ヒルの出発点

2007-05-06 07:54:41 | Weblog
 一般的な知名度やリスナーによる評価は低くても、ミュージシャンの間で評価の高いアーティストのことを「ミュージシャンズ・ミュージシャン」と呼ぶ。ジャズ界にもそのようなプレイヤーは多いが、今年4月20日に75歳で亡くなったピアニストのアンドリュー・ヒルもまたその一人であったろう。アルバムのほとんどが自作曲だけに、とりわけミュージシャン間ではコンポーザーとして評価されているようだ。

 ヒルはブルーノートに63年から64年の数ヶ月間に4枚のアルバムを録音しているが、それも正式にデビューを飾る前であることから期待の大きさがうかがい知れる。ブルーノート創立者、アルフレッド・ライオンはヒルを聴いたときの感想を、セロニアス・モンクを初めて聴いたときのような感動と言っていた。その4枚はいずれも意欲的な作品で、とても短期間で制作されたとは思えないほど密度は濃く、溢れんばかりの才能を具現化したものであろう。モダンとフリーの感覚を併せ持つ音楽性は新しいスタイルであり、60年代のジャズシーンの方向性をも示唆している。

 その4枚の中に「Point Of Departure」というアルバムがあって、とにかく脇を固めるメンバーが凄い。死の3ヶ月前のエリック・ドルフィー、ジョー・ヘンダーソン、ケニー・ドーハム、リチャード・デイビス、そしてまだ18歳だったトニー・ウイリアムス、このパーソネルの意外さにおいても特筆すべきものであり、それは当時の最前線の音でもある。アルバムを埋める全ての曲はヒルのオリジナルでアイデアに富んだ斬新なものばかりだが、ラストに収められている「デディケイション」では歌心溢れるプレイを聴ける。ヒルの出発点はダイナ・ワシントンの伴奏者だ。新感覚のジャズとて歌心失くして成立しえない。

 60年代のジャズシーンはジャズ・ロック、フリー、モードが同時に混在し、誰もが新しい方向性を模索している時代だった。ヒルの作品にヴァイブのボビー・ハッチャーソンを加えた革新的な「Judgement」という作品がある。判断、評価という意だ。新しいジャズをつくり、シーンを生きたアンドリュー・ヒルの歴史的評価は容易に定まりそうにない。
コメント (16)
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