チック・コリアとのピアノ・デュオで話題の上原ひろみが、ツアーでスイスのクラブに行ったとき、エレキ楽器に必要なアンプが用意されていなかったという。ジャズとはアコースティックで演奏する音楽と信じているオーナーに、iPod で自分の曲を聴かせたところ、「これはジャズではない」と。上原が「あなたが言うジャズとは何なの」と聞くと、有名ジャズ・ミュージシャンの名前をつらつらとあげる。その中に上原の恩師の名があったので電話で事情を説明し、折り返しオーナーに電話をしてもらいアンプを用意させたそうだ。
その恩師とはアーマッド・ジャマルである。アーゴやカデットだけで20枚近いアルバムがあり、70年代以降の作品と合わせ50枚ほどのタイトルを数えるが、日本で再発されているのは数枚しかない。アメリカに比べ日本での人気や評価は著しく低いピアニストだ。カクテルピアノというレッテルを貼られたことにもよるが、知名度が低いのは何よりもビッグネイムとの共演がないことによる。かつてカクテルピアノと評されたレッド・ガーランドにしてもマイルスとの共演があったからこその人気であろう。知名度が上がったのは、皮肉にもジャマルがマイルスに自身のバンドに誘われたのを断ったことが伝えられてからである。
インパルスの「Freeflight」は72年のモントルー・ライブ盤で、マッコイ・タイナーやハービー・ハンコックの曲と十八番の「ポインシアナ」をエレキピアノで「弾き」聴衆を沸かしている。70年代初頭というとエレキピアノが盛んに使われた時期で、多くのピアニストは多彩な音色が出る楽器の器楽性を追求した。楽器を究めることはプレイヤーにとっては不可欠であるが、多様な操作ができる機械性に依存すると「弾く」プレイヤーではなく、「操る」オペレーターになる。ジャマルが件のオーナーに上原をどのように紹介したのかは分からぬが、エレキでもジャズは演奏できるものだと証明したのがこのアルバムかもしれないし、マイルスが求めたのもこのエレキピアノを「弾く」ピアニストだったのだろう。
飛んだり跳ねたりという躍動感のあるステージで沸かせる上原ひろみは人気のようだが、ピアノを「弾く」というジャズの基本姿勢も大事なことだ。マイルスは雑誌「the jazz review」でナット・ヘントフのインタビューに、「ジャマルみたいにピアノが弾ける息子がほしい」と答えたように、「ひろみみたいにピアノが弾ける娘がほしい」と言わせるピアニストに育ってほしい。
その恩師とはアーマッド・ジャマルである。アーゴやカデットだけで20枚近いアルバムがあり、70年代以降の作品と合わせ50枚ほどのタイトルを数えるが、日本で再発されているのは数枚しかない。アメリカに比べ日本での人気や評価は著しく低いピアニストだ。カクテルピアノというレッテルを貼られたことにもよるが、知名度が低いのは何よりもビッグネイムとの共演がないことによる。かつてカクテルピアノと評されたレッド・ガーランドにしてもマイルスとの共演があったからこその人気であろう。知名度が上がったのは、皮肉にもジャマルがマイルスに自身のバンドに誘われたのを断ったことが伝えられてからである。
インパルスの「Freeflight」は72年のモントルー・ライブ盤で、マッコイ・タイナーやハービー・ハンコックの曲と十八番の「ポインシアナ」をエレキピアノで「弾き」聴衆を沸かしている。70年代初頭というとエレキピアノが盛んに使われた時期で、多くのピアニストは多彩な音色が出る楽器の器楽性を追求した。楽器を究めることはプレイヤーにとっては不可欠であるが、多様な操作ができる機械性に依存すると「弾く」プレイヤーではなく、「操る」オペレーターになる。ジャマルが件のオーナーに上原をどのように紹介したのかは分からぬが、エレキでもジャズは演奏できるものだと証明したのがこのアルバムかもしれないし、マイルスが求めたのもこのエレキピアノを「弾く」ピアニストだったのだろう。
飛んだり跳ねたりという躍動感のあるステージで沸かせる上原ひろみは人気のようだが、ピアノを「弾く」というジャズの基本姿勢も大事なことだ。マイルスは雑誌「the jazz review」でナット・ヘントフのインタビューに、「ジャマルみたいにピアノが弾ける息子がほしい」と答えたように、「ひろみみたいにピアノが弾ける娘がほしい」と言わせるピアニストに育ってほしい。