デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

栗本薫がボディ・アンド・ソウルの謎を解く

2009-06-07 08:55:16 | Weblog
 先月26日に亡くなられた作家、栗本薫さんの作品に「身も心も」がある。続けて刊行された「聖者の行進」同様、名探偵伊集院大介が主人公のミステリーで、映画化された「キャバレー」という小説でデビューした栗本ファンお馴染みの天才サックス奏者、矢代俊一と小説で共演するのが面白い。矢代に届いた「ボディ・アンド・ソウル」を演奏するな、という不可解な脅迫状からストーリーが始まり、ジャズクラブを舞台にした展開はスタンダード曲やコード譜の解析もちりばめ、ジャズファンなら謎解きも楽しめる力作だ。

 20世紀最後の年、2000年に各マスコミで21世紀に残したいものを企画していて、ジャズ雑誌でも「21世紀に残したいジャズ・スタンダード」を募っていた。正確な順位は覚えていないが、「ボディ・アンド・ソウル」はベスト3に選ばれたと記憶している。おそらくジャズ・バラードでもっとも美しい曲であり、プレイヤーがバラードを、とリクエストされるとまず浮かぶのがこの曲だそうで、メロディは単純だが1コーラスで何度も転調する構造のため腕の見せ所にもなるという。ジョニー・グリーンが30年に作曲して以来、多くのプレイヤーがバラード表現の極致に挑み、多くのリスナーがその美しさに酔った曲だ。ビリー・ホリデイの名唱をはじめ、この曲が広く知られるきっかけになった39年のコールマン・ホーキンスの名演等、身も心も一体となった歌唱や演奏は枚挙に暇がない。

 「Jazz Is A Fleeting Moment」というアルバムで、ジミー・ロウルズが取り上げていてソロ・ピアノでじっくり歌い上げる。ソロはプレイヤーの特質や弱点、ときには音楽観をも露呈させるものであり、相応の実力がなければ挑めないものだが、ロウルズはジャケットのイラストのように一音一音確かめるように鍵盤を押さえ、珠玉のフレーズを紡ぎだす。ベン・ウェブスター、レスター・ヤング、ベニー・グッドマン、ズート・シムズ、レイ・ブラウン等々、ロウルズが共演したプレイヤーは実に幅広い。世代やスタイルを超えたプレイヤーと共演した音楽性は掴み難いが、どの時代でもどのような流儀でも、ロウルズにとっての音楽はジャズだったのだろう。このアルバムの発売レーベルは「Jazzz Records」である。一文字多い「z」からは端正なピアノの響きが聴こえてきそうだ。

 栗本薫さんの作品は時代小説からSF、ミステリー、ホラー、そして126巻まで刊行されたファンタジー大作「グイン・サーガ」と極めて幅広い。どの分野でも読者を惹きつける作風は見事なだけに56歳という若さが悔やまれる。「滅びの風」という小説のあとがきで、栗本さんは「死を見つめよ」と結んでいた。身は滅びてもその心は次世代の読者をも魅了するに違いない。
コメント (20)
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