デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

アート・テイタムの不思議

2009-06-14 08:59:08 | Weblog
 世界的演奏家を輩出している「バン・クライバーン国際ピアノコンクール」で、辻井伸行さんが日本人として初めて優勝した。生まれたときから全盲のピアニストで、普通は譜面を見て覚える曲を録音テープを聴いて学ぶという。人の何十倍もの時間をかけて曲を覚え、さらにそれを自分の中で磨き、見えない鍵盤をたたいては一音一音築いていく。多くの人が感動のあまり涙した演奏は努力や鍛錬というありきたりの言葉を超え感嘆としかいいようがない。

 全盲というハンデを克服した名だたる演奏家は多く、辻井さんが尊敬するスティービー・ワンダーをはじめ、レイ・チャールズ、ホセ・フェリシアーノ、そしてジャズ・ピアニストで忘れることができないのがアート・テイタムだ。驚異的なテクニックは、ヴラジーミル・ホロヴィッツをして「クラシックの世界でも巨匠となっていただろう」とまでいわせ、テクニシャンで知られるあのオスカー・ピーターソンは、初めてテイタムのレコードを聴いた時、ショックのあまりピアノに近寄れなくなったという。そのバリエーションの展開はジャズ・ピアノの可能性を大きく広げ、その後のピアニストへの影響ははかり知れないだろう。

 初期の演奏はデッカに大量に残されていて、写真のレコードはその中から、「タイガー・ラグ」、「ユーモレスク」「セントルイス・ブルース」等、選りすぐりのソロ作品を集めている。ヴァイオリン奏者のステファン・グラッペリが、「2人のピアニストの連弾だと思った」と言い、ハービー・ハンコックは、「ハーモニーの上でテイタムの演奏は未だに自分のそれよりも前進している」と語ったように多彩な音の広がりと目まぐるしい展開はピアノという万華鏡を見るようだ。ベースとドラムが参加しているのではないかと思わせるほどリズミカルな左手の動きが素晴らしく、アニタ・オデイは「You're the Top」で、素晴らしいものの一つに「Tatum's left hand」と歌詞をアドリブしていた。

 過去の例をみても盲目のピアニストがクラシックの世界でプロのレベルで活躍することはないといわれているようだが、辻井さんは今回の優勝をきっかけに国際的な舞台に飛び立つだろう。カウント・ベイシーはテイタムを世界の8番目の不思議と賞賛したが、9番目の不思議もある。
コメント (16)
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