デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングスをフレンチスタイルで

2012-02-05 08:03:12 | Weblog
 常にジャズシーンをリードしていたマイルスは、56年に黄金のクインテットを一時解散している。コルトレーンとフィリー・ジョー・ジョーンズの麻薬が激しくなりバンドの維持が困難という判断だ。ジャズマンの麻薬依存は「よくあること」だが、完璧を求めるマイルスにとってそれはマイナス要因にしかならない。そんな時、フランス人のプロデューサー、マルセル・ロマーノからヨーロッパでのコンサートの声がかかった。

 単身パリに渡ったマイルスはフランスのミュージシャンとツアーを組むのだが、これも「よくあること」で計画通りにいかない。そこでロマーノは出来なくなった分のギグの埋め合わせにと映画音楽の仕事を持ちかける。それはツアーのメンバーと録音に臨んだ「死刑台のエレベーター」で、地元で集められたメンバーは旧友のケニー・クラークをはじめ、当時巷の話題になっていたテナー奏者バルネ・ウィラン、のちにバド・パウエルと共演したベースのピエール・ミシェロ、そしてフランス一のバップ・ピアニストといわれたルネ・ユルトルジュである。映画のサントラ盤ではほとんどソロを聴けないが、そのバップフレーズをたっぷり楽しめるのが・・・
 
 「HUM」で、ミシェロとフランス一のドラマーを夢見るダニエル・ユメールの頭文字をとったトリオ盤だ。トップに持ってきた曲は、「よくあること」という邦題が付いているコール・ポーターの「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」で、ただでさえ印象的なテーマをドラムのビートに負けない強さで弾き出す。圧巻はユメールとの四小節交換で、ユメールもドラムという楽器が持てる音全てを巧みに叩きだすのだが、ユルトルジュの高音を生かしたソロもまた変幻自在だ。この火の噴くようなスピード感あふれる演奏にもかかわらず大変美しい。それはクラシックの素養というより楽曲の美しさを引き出す才能だろう。

 今ではアメリカのプレイヤーがふらりと外国に出かけ、その国のミュージシャンとレコーディングするのは「よくあること」だが、60年という時代では珍しいセッションだ。マイルスもおそらく期待していなかっただろうが、パリのジャズマンの実力の高さに驚いたかもしれない。ユルトルジュはパウエルに影響された「よくいる」ピアニストではなかった。そしてこのアルバムも「よくある」模倣の演奏ではない。
コメント (17)
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