デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

52丁目ぶらり散歩

2013-01-13 09:34:46 | Weblog
 87分署シリーズで知られる作家エド・マクベインが、エヴァン・ハンターの別名で書いた「黄金の街」(原題Streets of Gold)は、マンハッタンの52丁目を舞台にしたジャズ小説でパーカーやパウエルをはじめ数多くのジャズメンが実名で登場している。52丁目には「バードランド」、「ヒッコリー・ハウス」、「フェイマス・ドア」等、ライブ盤にも記録されている著名なジャズクラブが密集していたことからジャズ・ストリートと呼ばれていた。

 ガレスピーは、「52丁目は私の母だった」と言っているが、その52丁目の雰囲気を曲にしたのはモンクで、「52nd Street Theme」というタイトルが付いている。どういうわけかモンク自身のリーダー録音はないが、弟分のバド・パウエルがこの曲を得意としていて、昨年マシュマロレコードから発売された「In Scandinavia」のコペンハーゲンのセッションでも演奏していた。ニールス・へニング・オルステッド・ペデルセンのベースと、ヨーン・エルニフのドラムによるトリオで、62年に録音されたものだが、この時期のパウエルとしては驚くほど快調で、絶頂期にみられた閃きと唸り声も聞かれる。

 唸り声についてはライナーノーツを執筆した拙コメント欄でもお馴染みの珈琲パウエルの店主が触れておられるが、「唸り声は彼の演奏の一部」という件は思わずウーウーとうなずいてしまった。この曲での唸りはベースラインが膨らむほど激しくなるが、当時16歳のペデルセンに刺激を受けたことは容易に察しがつく。パリ時代のパウエルを老いたセイウチと評したのは大江健三郎だったが、16歳の天才少年の目にバップを疾走したピアニストはどう映ったのだろう。たとえ老いたセイウチに見えたとしても、パウエルから学んだものは大きいはずだ。セイウチの牙は生涯を通じて伸び続けるという。

 直井明氏の「87分署インタビュー」(六興出版)によるとマクベインはこの小説を書き上げたあと、ピアニストのジョン・ミーガンに見せてジャズの技術的な精度について意見を求めている。「いいかね、この本には大切なものが欠けているよ。君が描いた主人公からジャズを演奏する歓びというものが感じられないんだ」と指摘され、書き足して完成させたそうだ。晩年のパウエルの演奏が絶頂期よりも人を惹きつけるのは、ジャズを演奏する歓びにあふれているからかもしれない。
コメント (16)
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