デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ベティ・ブレイクのトラブル

2013-04-14 08:55:57 | Weblog
 ベツレヘムはジャズ専門レーベルでは珍しいことにヴォーカル・アルバムが揃っている。マイナーレーベルというと小さなオフィスひとつで営業するものだが、ベツレヘムはニューヨークを本社に西海岸にも拠点を構えていたというから全国展開を目指していたのだろう。カタログに厚みを増すためヴォーカルにも力を入れたことは考えられるが、クリス・コナーやニーナ・シモンのデビュー・アルバムをリリースしているので設立者であるガス・ウィルディーの好みかもしれない。

 クリスやカーメン・マクレエのビッグネイムをはじめ、ヘレン・カー、サリー・ブレア、テリー・モレル等、挙げたらきりがないが地味ながらも内容的にはヴォーカル・ファンを唸らせる作品が並んでいる。なかでもベティ・ブレイクの「シングス・イン・ア・テンダー・ムード」は、彼女が残した唯一のアルバムということもありマニア間では高値で取引されていたレコードだ。伴奏陣はズート・シムズ、マル・ウォルドロン、テディ・チャールズ、ケニー・バレル等々のベツレヘム・オールスターズという豪華さ、そして何よりもクリスに通じるクールさと知性が滲み出た歌唱、それでいて温かみのある声が一番の魅力だろう。

 アレック・ワイルダーの曲を中心にした選曲は、まさにタイトルの如くテンダー・ムードで、ジャケットからは吐息さえ聴こえてくる。ベティの経歴は明らかではないが、10代後半からアーニー・ルディやバディ・モロー楽団の専属シンガーとして経歴を積んだうえで、1960年に録音に臨んでいるので、録音時はおそらく20代前半と思われる。その歳で、悩みの種はもう私を愛してくれない男、と歌う「Trouble is a Man」は大人びて見えるが、なかなかどうしてこれが大人の女を表現している。男と女の裏の裏を知り尽くしながらも、女の性に引き摺られる歌ならビリー・ホリデイに敵わないが、それに匹敵する表現は見事だ。

 ベツレヘムに録音時ではクリス・コナーやニーナ・シモンも売り出したばかりでベティ・ブレイクも一線に並んでいたはずだが、これだけのシンガーが何故この1枚で消えたのだろうか。実力だけでは生き残れず、運にも左右される世界故、少しだけ運が悪かったとしか思えない。60年代といえばロックンロールが席巻した時代である。ロックの台頭がもう少しだけ遅れていたなら、大ブレイクしたかもしれない。
コメント (12)
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