楽器のなかでは最も後で生まれ、最も早く世界に広まったサックスの魅力を探る研究書に「サキソフォン物語」(青土社刊)がある。作者はジャーナリストのマイケル・シーゲルで、自身もサックスを嗜んでいるのでミュージシャンのインタビューもかなり深い技術論にも及ぶ。シーゲルはバス・ルームで練習をしたそうだが、タイル張りなので反響が酷く練習場所としては最悪とはいえ、鏡がついているので指の動きを確認するには最高だという。
住居に余裕があればわざわざ狭い場所でなくてもいいわけだが、家族が暮す狭いアパートだとそうはいかない。そんな一人になれるバス・ルームで練習を重ねた人にスタン・ゲッツがいる。今更説明するまでもないが、ジャズ史に名を残すサックス奏者だ。同書でも「アルコールに依存し、麻薬を常用し、ひとをだまし、税金をごまかし、妻に暴力をふるって、あげくは二度も自殺をはかった・・・」とサキソフォンのとりこになった演奏家の多くが心を蝕まれてきた典型としてゲッツを挙げているが、「・・・いっぽうではバラードの名手で独特の音を持っている」と。これほど端的にゲッツを語った言葉を他に知らない。
ゲッツにどのような心境の変化があったのかは知らないが、80年代に長年住み慣れたニューヨークからサンフランシスコに居を移している。推測に過ぎないが前述の蝕まれた生活から抜け出すためかもしれないし、音楽的にも求めるものがあったのかもしれない。当時はマイナー・レーベルだったコンコードと契約を結び、早速録音したのが「ザ・ドルフィン」で、ルー・レヴィーのトリオをバックに伸び伸びと演奏している。バラードプレイの素晴らしさは勿論だが、ミディアム・テンポの「夜は千の眼を持つ」は、今までにない陽気さを感じさせる。知的でクールで、どこか翳があるゲッツも魅力だが、開放的なゲッツもまた妙味である。
バス・ルームでゲッツが思いきり反響させながら吹いていると、近所から「ぼうずを黙らせろ」と言われたそうだ。すると母は「スタンリー、もっと大きい音でおやり」と返したという。近所迷惑を一顧だにしない母親は決して立派な母とはいえないが、少なくともゲッツとジャズ・ファンにとっては偉大な母だろう。母親が背中を押してくれなかったら、バス・ルームから音は消え、スタン・ゲッツという稀代のテナー奏者に巡り会うことはない。
住居に余裕があればわざわざ狭い場所でなくてもいいわけだが、家族が暮す狭いアパートだとそうはいかない。そんな一人になれるバス・ルームで練習を重ねた人にスタン・ゲッツがいる。今更説明するまでもないが、ジャズ史に名を残すサックス奏者だ。同書でも「アルコールに依存し、麻薬を常用し、ひとをだまし、税金をごまかし、妻に暴力をふるって、あげくは二度も自殺をはかった・・・」とサキソフォンのとりこになった演奏家の多くが心を蝕まれてきた典型としてゲッツを挙げているが、「・・・いっぽうではバラードの名手で独特の音を持っている」と。これほど端的にゲッツを語った言葉を他に知らない。
ゲッツにどのような心境の変化があったのかは知らないが、80年代に長年住み慣れたニューヨークからサンフランシスコに居を移している。推測に過ぎないが前述の蝕まれた生活から抜け出すためかもしれないし、音楽的にも求めるものがあったのかもしれない。当時はマイナー・レーベルだったコンコードと契約を結び、早速録音したのが「ザ・ドルフィン」で、ルー・レヴィーのトリオをバックに伸び伸びと演奏している。バラードプレイの素晴らしさは勿論だが、ミディアム・テンポの「夜は千の眼を持つ」は、今までにない陽気さを感じさせる。知的でクールで、どこか翳があるゲッツも魅力だが、開放的なゲッツもまた妙味である。
バス・ルームでゲッツが思いきり反響させながら吹いていると、近所から「ぼうずを黙らせろ」と言われたそうだ。すると母は「スタンリー、もっと大きい音でおやり」と返したという。近所迷惑を一顧だにしない母親は決して立派な母とはいえないが、少なくともゲッツとジャズ・ファンにとっては偉大な母だろう。母親が背中を押してくれなかったら、バス・ルームから音は消え、スタン・ゲッツという稀代のテナー奏者に巡り会うことはない。