デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ブラッド・メルドーの変なハーモニー

2014-09-14 09:25:23 | Weblog
 ピアニストの奥川一臣さんが、ジャズ批評誌7月号でブラッド・メルドーの演奏の魅力を分析している。引用すると、「ポップなメロディやパターンを一方で弾きながら、そのメロディに複雑なハーモニーをつけることで、全体として相反する雰囲気が混在した不思議な響きになるのである。耳慣れたいつものメロディが、初めて聴いたメロディのような新鮮なメロディとして聴こえてくる」と。ピアノを弾かない人をも納得させる明瞭な分析といっていい。

 最初にメルドーを聴いたのは1994年にジョシュア・レッドマンが発表した「Mood Swing」だ。その当時注目されていたレッドマンが起用したピアニストだけのことはあるなぁ、という程度の印象だったが、翌年出されたデビュー盤「Introducing Brad Mehldau」は驚いた。発売は大手のワーナーで、タイトルも次々と発表しますよ、というメッセージを含んでいるし、ジャケットの表情からは次のアイデアが浮かんでいるような自信さえうかがえる。オリジナル数曲に、「It Might As Well Be Spring」、「My Romance」、「Prelude To A Kiss」等のスタンダードというバランスの良い選曲はデビュー作の鉄板といえるだろう。

 そして、デビューに相応しい曲が選ばれている。コール・ポーター作詞作曲の「From This Moment On」だ。この曲を書いた1950年というと、ポーターは落馬事故の後遺症で性格にも変化をきたしている時期で、この曲を発表したあと、53年に「Can-Can」を手がけるまでの空白の3年間は、精神的なダメージから創作意欲が衰えていたといわれる。いうなればこの曲はポーターの体調が良かったときの最後の作品といえる。タイトルにもメロディにも歌詞にもポーターらしさが色濃く出ている曲を、メルドーは原曲の持ち味を最大限に生かしながら、複雑なハーモニーをからませることで全く新しい曲に変化させているのは見事だ。

 過去にもこのような方法でスタンダードに変化を付けたピアニストを聴いてはいるが、メルドーのそれは「変なハーモニー」に聴こえる斬新性にある。その「変なハーモニー」こそがジャズ的に心地良いのだ。奥川さんによると、メルドーは聴衆から「驚いた」という感想を言われるのが嬉しいと言っているらしいが、まんまとそのトリックにはまった。種がわかっても面白いマジックとはこれをいう。
コメント (8)
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