「リハーサルのときに渡された楽譜は普通の長さだった。それで何度かテーマ・パートを演奏しているうちに、マイルスがイントロの4小節分を加えて演奏するようになった。エンディングも咄嗟の思いつきだ。メロディは綺麗だが、展開が平坦で変化に乏しい。それで、構成に少し手を加えたのさ。結果はご機嫌なものになった」と。ジャッキー・マクリーンの回想が、小川隆夫著「ジャズマンが語るジャズ・スタンダード120」に紹介されている。
さて、曲はお分かりだろうか? マクリーンがマイルスと共演したのは1951年の初レコーディング「Dig」、次に52年のブルーノート、55年にミルト・ジャクソンが参加したプレスティッジしかない。この中から「メロディは綺麗」で絞ると一目瞭然「Dear Old Stockholm」である。元はスウェーデン民謡で、スタン・ゲッツが51年に同国をツアーしたときに録音した曲だ。当時ゲッツのバンドにいたホレス・シルヴァーがマイルスにこの曲を教えたという。二人は同じアパートに住んでいたので毎夜、これからのシーンを熱く語っていたのかも知れない。
日本人好みの哀愁を帯びたメロディなので、日本企画のアルバムに必ずと言っていいほど収録されているが、その殆んどは綺麗なメロディを強調した演奏だ。それはそれで良いのだが、やはりお座なりではないインパクトが欲しい。ジョルジュ・アルヴァニタスが、1997年に「DUG」のオーナー中平穂積氏に招聘されたときに録音された「Rencontre」はかなり刺激的だ。甘さを抑えながらも琴線のツボを外さない演奏に惹かれる。フランス人のアルヴァニタスはこの曲にどのような印象を持っているのかは分からないが、日本人に通じる郷愁を感じ取っていたことは確かだろう。
ゲッツといえば「枯葉」もマイルス以前に取り上げている。「枯葉」にしても、このスウェーデン民謡にしても素材をいち早く見付けるセンスの良さは抜群だ。その素材をモダンジャズ・ヴァージョンに仕立てたマイルスは見事としか言いようがない。デッサンをするゲッツ、それに色づけするマイルス。楽曲がジャズナンバーとして成立するには二つの才能が必要だった。
さて、曲はお分かりだろうか? マクリーンがマイルスと共演したのは1951年の初レコーディング「Dig」、次に52年のブルーノート、55年にミルト・ジャクソンが参加したプレスティッジしかない。この中から「メロディは綺麗」で絞ると一目瞭然「Dear Old Stockholm」である。元はスウェーデン民謡で、スタン・ゲッツが51年に同国をツアーしたときに録音した曲だ。当時ゲッツのバンドにいたホレス・シルヴァーがマイルスにこの曲を教えたという。二人は同じアパートに住んでいたので毎夜、これからのシーンを熱く語っていたのかも知れない。
日本人好みの哀愁を帯びたメロディなので、日本企画のアルバムに必ずと言っていいほど収録されているが、その殆んどは綺麗なメロディを強調した演奏だ。それはそれで良いのだが、やはりお座なりではないインパクトが欲しい。ジョルジュ・アルヴァニタスが、1997年に「DUG」のオーナー中平穂積氏に招聘されたときに録音された「Rencontre」はかなり刺激的だ。甘さを抑えながらも琴線のツボを外さない演奏に惹かれる。フランス人のアルヴァニタスはこの曲にどのような印象を持っているのかは分からないが、日本人に通じる郷愁を感じ取っていたことは確かだろう。
ゲッツといえば「枯葉」もマイルス以前に取り上げている。「枯葉」にしても、このスウェーデン民謡にしても素材をいち早く見付けるセンスの良さは抜群だ。その素材をモダンジャズ・ヴァージョンに仕立てたマイルスは見事としか言いようがない。デッサンをするゲッツ、それに色づけするマイルス。楽曲がジャズナンバーとして成立するには二つの才能が必要だった。