コタツ評論

あなたが観ない映画 あなたが読まない本 あなたが聴かない音楽 あなたの知らないダイアローグ

国産ワクチンはなぜできない

2021-04-01 12:36:00 | 政治
ご近所に北里大学病院がある。日本の「感染医学の父」といわれる北里柴三郎が創設した「北里研究所」を母体とする。

北里柴三郎は嘉永5年(1853)生まれ、安政の大獄がはじまる幕末期に育ち、明治3年(1870)熊本医学校に入学した。その後ドイツに留学してから、明治22年(1889)、破傷風菌だけを取り出す「破傷風菌純粋培養法」に成功。さらに破傷風菌体を少量ずつ動物に注射しながら血清中に抗体を生み出す「血清療法」を開発。明治27年(1894)にはペストが蔓延していた香港に派遣され、病原菌であるペスト菌を発見した。

いずれも、世界初の画期的な発見や研究であり、コッホやパスツールなど世界医学界の巨人と並ぶ業績を上げたといわれる。北里柴三郎と明治日本が西洋医学を学び導入してから、この間、わずか20年余しか経ていない。

というのは、ウィキペディア(Wikipedia)から得た知識であるが、そんな医学をはじめ科学技術の先進国だと思ってきた日本で、新型コロナワクチンが開発されたという話をいっこうに聞かない。

これにシオノギの手代木社長が明快に答えています。

ちなみに、北里柴三郎のウィキペディア(Wikipedia)を読むと、渋沢栄一以上のNHK大河ドラマ素材であることに気づくが、森鴎外(軍医総監・森林太郎)や東大の医学閥との確執を知ると、NHK大河ドラマ化はとても無理だなとわかります。ついでに、新型コロナ研究でも東大医学部の名前をさっぱり聞かないことにも、ちょっと納得します。

国産ワクチン、なぜ出てこない? 塩野義・手代木社長に聞く
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/032600173/

>もちろん、日本の製薬会社は規模が欧米に比べて小さいとか、バイオ医薬品の潮流に全体として乗り遅れたとか、そういった理由もあるでしょう。ただ今回、欧米で接種が始まっているメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンにしても、ウイルスベクターワクチンにしても、日本にそうしたプロジェクトをやるベンチャーや製薬会社がなかったのは、産官学でそうした基盤を育ててこなかったからです。その点については、欧米に学ぶところは多いと思います。

>ただ、現状では国内の感染症研究者はどんどん減ってきて非常に少ない。どうしてこのような状況になったかというと、感染症の研究をする人にお金が回らないからです。製薬会社も悪い。ほとんどのメーカーが感染症をやらずに、がんなどお金になるものばかりやってきました。

>がん研究者には潤沢にお金が回るんですよね。一方、感染症はお金にならないから、大学も研究室を維持できずにどんどん縮小してきました。

>日本で毒性の強い変異株が新たに出たとしましょう。そんなときに、日本株向けのワクチンを海外メーカーが迅速につくってくれるでしょうか。また、創薬国である日本が、新型コロナのワクチンを自らつくらず、海外から買い占めるような行為には批判がつきまといます。

>国産ワクチンを提供できない現状では、国民を守るために政府ができる限りのことをして人数分のワクチンを確保するのは正しいと思います。しかし、この先もそれを続けていいのでしょうか。

>ゴールは、診断薬、ワクチン、治療薬の3セットが具備されて、インフルエンザと同じような状況になって国民が安心して生活できるようになることです。


Lesley Gore - You Don't Own Me (HD)


「私はあなたの玩具でもトロフィでもない。何を言うな、するなとあれこれ指図しないで。私はあなたの所有物じゃない」という当時(1963)としては、画期的な歌詞です。

(止め)
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今週の拾得物 英語禁止令

2021-03-28 07:21:00 | 政治
これは朗報だが、続報が出ない。どうしてなのか。リモート会議にすぐ使えるのに。

ロゼッタグループが全社員に「英語禁止令
https://news.yahoo.co.jp/articles/a7981d5041f987b30e6b404aed597e23b57f645a

この会社では、英語と仕事の相関を否定したわけだが、いま母国語と仕事の相関を問われている職場もある。

間違いだらけの法案だそうで、書類づくりのプロ中のプロである官僚が書いた法案文章に誤字だらけ。人手不足の上にコロナ下の緊急業務が相次いだ激務が原因とのこと。

同情の余地なしとはしないが、この仕事にはどれくらいの人員と時間がかかるという見積もりと段取りは、どんな仕事においても備えているべき、基本中の基本のスキル。

見積もりに見合った段取りが組めず、結果として仕事の質を劣化させてしまうというのは、言い逃れできない無能・無責任であり、必ず損害賠償もの。

予算や人員を求めても適わないのは、民間も等しく同じ。無理を承知でそこを何とかするのがプロ。そこを何とかは、主に発注先やスタッフ・ワーカー相手への交渉のこと。

それができないのなら、組織として機能していない証拠。つまり役所ではないということ。

政府与党が反対して議会が開かれなかったことによって、議会はなくなった。まともな記者会見が開かれないことで、記者会見もなくなった。ついに役所もなくなった、というのが今日の日本。

(止め)
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ロバが旅しても馬にはなれぬ

2021-03-26 21:06:00 | 政治
人種や民族・宗教の違いとは何か。国民国家がどれほどアクロバティックな政略だったか。その国境を超えるグローバリズムとは何ほどのものか? 私たちが所与と思い、前提としているものすべてに???が返ってくる旅です。

はたしてアジアで旅した場合はどうなるか。案外、華夷秩序を裏づける結果が出たりして。

「DNAの旅」 日本語字幕版


ずいぶんな言われようのロバですが、場合によっては軍馬や競走馬、馬車馬として資産になる「馬だったらなあ」と思うのは人間だけで、ロバはそんなことは関係ありませなんだ、というバルタザールの話↓。

https://moon.ap.teacup.com/chijin/392.html

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反社はあっても親社という言葉はない

2021-02-27 23:59:00 | 政治
映画監督としての大島渚をあまり好きではない。カメラワークは心地よくないし、編集はぶつ切れるし、音声は聴きとりにくいし、セリフは生硬だし、人間の描き方がクソリアリズムかと思えば観念的だし。

そんな映画のいわゆる完成度とは真逆なところが大島映画なのだと思えば、貶したことにならないところにも業腹な感じがする。コメントを出している黒沢清もそれほど傑出した映画監督とは思っていなかったのだが・・・。

第2回大島渚賞は審査員総意のもと該当者なし、坂本龍一や黒沢清のコメント到着
https://natalie.mu/eiga/news/417753

>「いろいろあったけど、よかったよかった」となる映画が多すぎる。

そう、予定調和はつまらない。というか、意想外、想定外が現実的であって、(ふんふんなるほどやっぱりね)となるのは非現実そのものなのだ。

>表現の極北から見出される鋭い刃物のようなクサビで、人と社会とを永遠に分断させよう。これら二つが美しく共存するというのはまったくの欺瞞だ。

下の「君よ褌の河を渡れ」で言いたかったことの一部がこれだ。ふざけたタイトルだと思ったかもしれないが、たしかにふざけたつもりで、実はそうでもなかったことにこのコメントを読んで気がついた。

昔世話になって、もうとうに亡くなった先輩のNさんが越中褌を愛用していて、私と褌の接点は彼にしかなかった。そのNさんに限らないのだが、私が子犬のように懐いていた先輩たちのほとんどは、上のような考えだったように思える。

いや、「考え」などあったかどうかわからないが、少なくとも社会と人間が「美しく共存する」なんてことはまったく信じていなかったと思う。

私が「イージーライダー」を観たのは、彼らに出会う前だったから、朱に交わって感化されたわけではない。類は友を呼んだのだろう。

人が社会に統合されることが現実だとしても、「美しく共存する」なんてことはあり得ない。そうした物語がどれほど美しかろうと感動的だろうと、ペテンに回収されるに過ぎない。それをも予定調和とする人をも含めて、赤錆びたクサビを打ち込むのが表現の務めなのだ。

あ~肩凝っちゃいましたか。今夜のおまけはちょっと変わり種です。「夜のヒットスタジオ」は素晴らしい歌番組でしたな。

桃色吐息 / 松坂慶子


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君よ褌の河を渡れ

2021-02-23 16:47:00 | 政治

アメリカ人だからこそ言いたい、この大統領選挙には納得できない

https://news.yahoo.co.jp/articles/430098f9e36802c71b7c1f6a90ed7ef987c3c077

>しかし、バイデン支持者の33%もバイデンが勝ったと思っていないという結果には、びっくりするだろう。

典拠が明らかではないので、「勝ったと思っていない」が(選挙不正によって勝った、じつは負けていた)なのか、「トランプ以外ならバイデンでもしかたない」では(勝ったとは思えない)なのか。あるいは両方の混合なのか不明だが、「勝ったと思っていない」には、強い現実味を覚えてしまう。

>同様に民主党とメディアは融着関係があるといえるのは、民主党政権が終わると、政権関係者は番組のコメンテーターか司会としてメディア界に入り、民主党政権が誕生すると、メディア界から政権に「復帰」するという「回転ドア」があることだ。
共和党と、例えば保守系と言われているFoxNewsにもその関係もあるが、民主党系のメディアの例が圧倒的に多い。


利害相反関係にあるのに、保守系人士が政界と大企業を行き来する「回転ドア」はよく知られている。たとえば、イラク戦争を主導したチェイニー副大統領と世界最大の石油掘削機販売会社ハリバートンとの関係は有名だ。だが、リベラルとされる民主党にメディアと「回転ドア」があるような癒着はほとんど知られていないはずだ。

>CNNだけではない。だが、中でもCNNがかなり酷い。読者に記憶に新しいはずだが、2016年の大統領候補討論会の際、CNNのコメンテーターであるドンナ・ブラジルはヒラリー・クリントン候補に事前に何回か質問を渡したことが大スキャンダルになり、解任させるきっかけになった。だが、コメンテーターをしながら、幹事長にあたる民主党全国委員会の臨時委員長も務めていた。

NYタイムズをはじめ、アメリカのいわゆるリベラルなジャーナリズムへの疑念や不信は、トランピストたちだけが突出しているのではなく、共和党支持の穏健な保守派の間でももはや常識化しているようだ。

それはともかく、日本のジャーナリズムと比べて、「事前に何回か質問を渡したことが大スキャンダル」になるのに、驚いた。日本の場合、記者会見で事前に首相や官房長官などに記者が質問内容を出すのは、ほとんど「ルール化」しているからだ。

>「事前に質問をもらうのは、民主党の候補者のみならず、バイデン政権もそうしているとの報道がある。ホワイト・ハウスは、自らに近いメディアの関係者に「タフな質問」について事前に問い合わせている。アメリカのメディアは政府に対してチェック機能は果たしていない。むしろプロパガンダを手伝っている。」

最近は、菅政権の「パンケーキ朝食会」だが、安倍政権では番記者やメディア幹部との会食という場で、政権側が「情報収集」し、メディア側が「取材」するというアメリカでいえば、「癒着大スキャンダル」が「職務の一環」として日常的に行われていた。

新聞やTVの番記者や幹部に、「プロパガンダを手伝っている」といえば、色をなして怒り出すならまだしも、たぶん冷笑が返ってくるだけだろう。

筆者は既存メディアをはるかに情報量で凌駕するグーグルやフェイスブックなどのSNSやIT企業が、情報を統制し、支配する近未来を恐れている。「リベラルなデジタル監視社会」である。そのとき、世界でもっとも遅れをとるという形で「抵抗」するのは、「アナクロなアナログ忖度社会」を徹底させた日本だろう。

学生時代、友人たちとかの有名な「イージーライダー」のリバイバル上映を観に行ったことがある。観終わった後、友人たちはもちろん肯定的な評価を語った。私は、「これじゃ、ニューヨークタイムスだけが正義だみたいな世界じゃないか」と不満を漏らして、友人たちの失笑を買った記憶がある。

もちろん、ニューヨークタイムスをはじめ、アメリカのリベラルに対してほとんど知識など持ち合わせず、だからそのまま黙るしかなかったのだが、今回トランピストになった、貧しい田舎の、偏屈な、おおかた「差別主義者」の「レッドネック」たちが言上げする、「デープ・ステート」なるものの「正体」を映画にかいま見た気になったのかもしれない。と今になって思う。友人たちの失笑には、多勢に無勢以上に、なにか自信のようなものに裏づけられた圧力を感じていた。

とうとうコタツも陰謀論に与するようになったかと冷笑されるかもしれないが、ゾンビ映画でいえば、どれほどおぞましくともゾンビはかつて私たちの同胞だった。それより何より、彼らは圧倒的に多数派なのだ。つねに死者は生者より、はるかに絶対多数を占めている。

ゾンビ映画が数えきれないほど繰り返しつくられるのは、ゾンビが反乱や一斉蜂起のメタファーであるというだけでなく、こぎれいでこざっぱりした健康的な色つやをした私たちも一皮むけば、という解像力を否応なく喚起するからだろう。

肌と呼ばれる表層こそがいわゆる「リベラル」ではないか。私たちの血や肉や骨は、その皮膚によって覆われ、隔(かく)されて、守られているのか。

社会になぞらえば、人間の、血しぶきや肉の断裂、骨の軋みが、その終わることのない苦痛こそが、覆われ、隔され、守られている、と言えやしまいか。なにか、こぎれいでこざっぱりした健康的な色つやの肌で。

もちろん、隅々に達する活発な血流や躍動し同時に抑制する筋肉、大胆に小刻みに分節する大小の骨群が、ブランケットのように温かく、プラスティックのように強靭な皮膚によってくるまれているともいえる。皮膚はたんに表層ではないわけだ。

で、メタメタの今夜のおまけは、やっぱりメタルバンドというお粗末。

映画ヘヴィ・トリップ予告編

http://heavy-trip-movie.com/trailer/

(止め)








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