コタツ評論

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名もない時代の名もない国で

2002-04-14 20:00:00 | ダイアローグ
聞いたこともない町で
Yシャツの裾を出して
靴をスリッパのように履き潰した少年たちが
宿無しの読書人を
学習塾の行き帰りに殴り殺したとき
宿無し仲間は隣のテントで膝を抱えて震えていた
「謝れ!謝れ!」
という叫びとくぐもった呻き声を聞きながら

図書館で注意して先に手を出したのは
宿無しの読書人だったが
詫びの言葉はけっして口にしなかった
私たちは予期せぬときに意外な人から
人間の矜持の所在を知る
死に至る拷問に耐えたおかげで
宿無しの読書人は失った名前を取り戻し
被害者と呼ばれることになった

痩せ老いた女が玄関先で
新聞店の若者から
中途解約するなら
ビール券5枚の返却を
と迫られている
新聞を読まぬ老女は
まだ葬式も挙げていない
亡夫の署名を愚痴る
私たちの貧しさは
たいてい契約書に書かれている

桜が散り花水木が咲く
見知らぬ舗道を
私の名前が記された
調書や契約書を探して歩く
聞き覚えのある着信音が
私を呼んだ
涙ぐむほど嬉しくなって
見覚えのない電話番号に
かけ直した
相手が名前を呼んでくれるのを
たがいに息をつめて待った

(4/14/02)


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