コタツ評論

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戦力外ポーク

2007-07-03 14:41:52 | 新刊本
最近ファンになったゲッツ板谷本(角川文庫)である。相変わらずおもしろい。笑える一方、率直に仕事仲間への評価も下している。悪口を書いたといわれるのを恐れないのは、売文稼業にしがみつく気はさらさらなく、いつトラックの運転手に転職してもいいと思っているか、プライバシーを切り売りする「私小説」的なエッセイストとしての覚悟からなのか、それともその両方かはわからないが、めったに読めない率直であることには間違いない。

ゲッツ板谷の「姐さん」である西原理恵子も売れているそうだが、高卒後地元で暮らして夏になると高校野球に熱狂するような、いわば下層の隣人たちをお笑いネタにしたエッセイやマンガをこの時代に好んで読む人が何万人かいるということになる。その多くは、貧乏長屋やヤンキーなどには無縁だったお坊ちゃんやお嬢ちゃんだろうし、ゲッツ板谷が少し触れているように、その一部は「オタク」たちだろうと思う。

ゲッツ板谷本に登場するセージやベッチョ、ケンちゃんや秋葉、ジョニーたちを「弥次喜多」とすれば、「オタク」は江戸時代の自称通人だろう。お坊ちゃんやお嬢ちゃんや「オタク」たちは、江戸時代と同様な「粋」をゲッツ板谷本に見出しているのかもしれない。『逝きし世の面影』を読んだせいか、江戸時代の庶民とはどんな人たちだっただろうかとつい考えてしまう。弥次喜多が実はホモダチで、そのくせ女と金ににだらしなくというバカっぷりを知ると、そのままゲッツ板谷の家族や友人たちに当てはまってしまうのだ。

本歌取りをみるまでもなく、「粋」とは自意識を消した双方向のパロディ精神だから、「一貫したテーマもなければ、読んで得になることは何もない」というゲッツ板谷本には、その資格があるだろう。同じ「高卒の星」である長渕剛や矢沢永吉(その伝記である『成り上がり』でデビューした糸井重里を含め)などの自意識過剰な暑苦しさを「イモ」とすれば、世代の違いを織り込んでも、「役立たず」を笑って楽しむゲッツ板谷には洗練がある。

俺が蒲田育ちというだけでなく、しょせん明治になって近代化が接ぎ木された日本では、江戸時代の下層文化は残っても、上層文化は育たなかったといえるのかもしれない。弥次喜多のような人物は、古今東西居ただろうが、そうした人物を花鳥風月と同様に愛でる庶民文化が残っているのは珍しいのではないか。

『葉隠れ』は実は武士道を否定した書だという批評を最近読んだが、もしかすると『粋の構造』も的はずれなのかもしれないと思った。「粋」とは、破滅的な衝動を抱えるがゆえに、瞬間の生命力に溢れ、自らを裏返して世間を捉える無頼ではないか、ゲッツ板谷を読むとそんな直感に思えてくる。

わけがわからないことを書いたが、こんな賢しらな感想はゲッツ板谷は嫌うだろうし、野暮であることは間違いない。しかし、青少年向けの優良図書として推薦したい本である。

緒方供庵事件の訂正

2007-07-03 13:29:16 | ノンジャンル
先に、「緒方供庵と銀の鈴下ブローカー」のなかで、「仲介した」元不動産会社社長をナミレイ事件の松浦良右と書いてしまったが、その後の報道に周知の通り、バブル期の地上げ屋「三正」の満井忠男だった。

当初は、総連が本部ビルの明け渡しを逃れるための偽装売買と誰もが考えたが、現在では満井・緒方、その他の「金欲しさ」の詐欺事件として扱われている。どちらなのか、あるいは別の筋があるのか俺にはわからないが、公安庁長官だった緒方も含めて、全員ブローカーと呼んでいい役回りを演じたことは間違いない。

ブローカーは蔑称だから、ブローカーを自称する者はおらず、みなそれなりの前歴を顔やはったりに活かして、ふつうに働いては得られない大金をせしめようとしているものだ。さすがに元公安調査庁長官という前歴は緒方だけだろうが、元不動産会社社長や大手企業の管理職だったなどというブローカーは、「銀の鈴下」にも掃いて捨てるほどいる。

みなそれなりの背景があるわけで、だからこそ思わぬ情報源を持っていたり、社会の階層のあちこちに経路をつかんでいたりして、千三つの「ブローカー話」が実現可能性を帯びて、多少なりとも金が動くのだ。そしてその金とは、たいていの場合成功報酬ではなく、「運動費」や「運転資金」、「紹介料」といった中途で誰かから得る金である。

アメリカでは、ブローカーはれっきとしたビジネスマンらしいが、日本ではブローカーを詐欺師かうさんくさい輩と蔑視するのは、この成功報酬かそうでないかの違いだろう。今回の総連本部ビル売買事件でも、所有権移転登記はされたが実際には代金は支払われていないのに、すでに総連から数億円の金を満井らは得ている。これはブローカーの金の取り方だ。

ただし、資本主義には不必要な機能や装置はないわけで、インフォーマルな情報を介在するブローカーも、経済社会においてそれなりの役割を担っているようにも思える。カネボウをはじめ、かつて名門・優良とされた一流企業の粉飾決算が公になり、一流監査法人の不正監査が問題になったように、一般庶民には本当の、正味の情報は隠されている。

しかし、いかに隠されていても真実は洩れる。それは司法権力や正規の報道機関、優秀なジャーナリストのおかげではなく、たいていの場合、儲け話に敏い経済ヤクザや総会屋、営業右翼、詐欺師、そしてブローカーといった裏世界の住人たちがその端緒をつかみ、情報の格差をテコに利益を得ようとする「儲け話」が流通することでやがて表沙汰になるのだ。

当事者情報、もしくは当事者の周辺、あるいは公表されない極秘の内部資料といった一次情報を介在するというだけでなく、ブローカーには暴力団関係者など他の裏世界住人にはない優れた資質を持つ人間が少なくない。

第一に、かつては表社会で活躍していただけに、企業社会のグレーゾーンを知っているだけでなく、その狭間で葛藤し苦境に陥った経営者や社員の気持ちがよくわかるということだ。落ち目になってブローカーになったきっかけには、やはり騙された被害者だった過去がある場合が多い。欲だけでなく情と気配りがなければ、対手の信頼を得られない。

第二に、世間一般との情報の格差をいかに金に結びつけるかという企画力がある。説得力のある商品企画書や事業計画書、決算書、銀行への融資申込書づくりといった、実践的な実務能力を彼らは備えている。

第三に、それぞれのブローカーが意志決定者に近づく人脈の相関図というべきものが頭に入っている。

ブローカー事件という視点から見れば、今回の緒方は、満井という格上のブローカーに使い回されて捨てられた駆け出しブローカーであり、それ以上でも以下でもないように思える。そんな緒方に、諜報謀略機関としての側面を持つといわれるあの総連が騙されるかという疑問は解けないが、ファシズム国家は意外に統制のとれない脆い組織だという見方もあるので、よくわからない。