コタツ評論

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埼京線にこの人が乗ってきたら恐い

2013-09-18 02:38:00 | レンタルDVD映画
アジア最高の男優は誰かといえば、香港のジャッキー・チェンをはじめ、台湾、韓国、中国、タイ、インド、イランなど、いろいろな国の個性豊かな男優の名が上がるでしょう。日本なら、ハリウッド映画出演の多さから、渡辺謙、真田広之あたりが代表的な男優ということになるでしょう。

しかし、私見ですが、東アジアはもちろん、アジアのみならず、世界の映画俳優のなかでも、突出した個性派俳優が韓国にいます。最高は論議が分かれるでしょうが、最凶もしくは最恐は彼でしょう。韓国のチェ・ミンシク(崔岷植)です。



はじめて彼を知ったのは、「オールドボーイ」(2003年)」でした。カンヌ映画祭で上映されるや、クエンティン・タランティーノ審査委員長が絶賛し、審査員特別グランプリを受賞しました。

たしかブラッド・ピッドがアメリカでのリメイク権を買い取ったと報じられましたが、その後音沙汰を聞きません。リメイク権を放置するのは賢明なことで、「オールドボーイ」は、チェ・ミンシクの異様な存在感を抜きには成り立たない映画です。

先日、チェ・ミンシクの最近作、「悪魔を見た」(2010年)を観ました。これまでに覚えている限りの男優の顔や名前を思い浮かべては考えた後、チェ・ミンシクを最凶もしくは最恐の項目の筆頭に上げることにしました。この人の恐さに比肩する人はいまのところ思い当たりません。

異様な存在感といえば、「ポンヌフの恋人」(1999) のドニ・ラヴァンや「白昼の通り魔」(1966)の佐藤慶などを思い出します。ただし、ドニ・ラヴァンのパンク顔や矮躯、若き日の佐藤慶の蛇目や冷笑唇といった、容姿のアドバンテージはチェ・ミンシクにはありません。

チェ・ミンシクは上の写真をご覧の通り、小太りでドングリ眼のタヌキ顔という平凡な容姿に過ぎません。


ドニ・ラヴァン


佐藤慶

にもかかわらず、あるいは、だからこそ、唐突に、恣意に、殺人を繰り返すギョンチョルに圧倒されます。卑小な中年男が冷酷な捕食者へ変貌する、その瞬間をほとんど眼光と太い声だけで表現します。異様から異形の眼へ、人間から人間以前の声に、チェ・ミンシクは自在に変わります。

異様な人物像の造形に成功した例としては、最近では「ザ・マスター」のフレディ・クエル(ホアキン・フェニックス)に感心しました。ただし、フレディには難解な精神病理がつきまといますが、ギョンチョルはわずかにも「キチガイ」ではありません。



また、ホアキン・フェニックスの憑依的な熱演だけでなく、やはりメークアップやライティングのおかげで、かなり助けられていると思えます。こんな人間は見たことがないという意味でフレディは神に近く、じつは使徒であるフレディこそが教祖にとって教祖なのではと思わせ、実際に教祖になるのではないかと含意を込めて映画は終わります。

チェ・ミンシクのギョンチョルには、フレディのような存在論的な苦悩はもちろん、一瞬の屈託すらないかのようです。ただただ悪行に駆り立てられています。フレディの悶え苦しむ瞳には自己憐憫の色がさしますが、ギョンチョルの黒い瞳はときおり憂愁を湛えても、そうした自らへ向かう感情はありません。

いやはや、こんな風にああでもないこうでもないと消去法を重ねて、いくらチェ・ミンシクは凄い凄いといっていても、らちがあきません。

チェ・ミンシクの「悪魔を見た」を観る前に、注意点をひとつだけ上げて、もう終わりにしましょう。できれば、この映画を観るのは避けるべきです。チェ・ミンシクという俳優を知ることは危険です。たかが、映画となめてはいけません。恐れるべき映画などありませんが、恐るべき俳優はいるのです。

もしかすると、あなたは韓国や韓国民に対する差別感情を呼び起こされるかもしれません。 多少なりとも韓国や韓国民を嫌悪する感情があると自覚する人は、けっして観るべきではありません。作り物の映画で俳優が仕事で演じているだけなのに、韓国男はこんな風に残虐で悪魔的なのだ、そんな恐怖感を抱く恐れがあります。映画と現実の見境がなくなるのです。

それほどにチェ・ミンシクは凄いのです(やっぱり、凄いに戻ってしまったか)。

「オールドボーイ」の成功以来、チェ・ミンシクには、ハリウッドをはじめ世界の映画界からオファーが殺到したはずです。しかし、渡辺謙や真田広之、浅野忠信のように、彼は国際俳優を目ざしませんでした。三國連太郎がそうしなかったように。

それどころか、チェ・ミンシクは日本の記者の竹島質問に一喝を浴びせたり、「韓流」に加わるのも拒否したようです。その意地と意気やよし!です。私がプロデューサーや監督なら、三拝九拝してもチェ・ミンシクに出演を請うがなあ。

(敬称略)
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