コタツ評論

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too soon

2016-10-08 18:25:00 | レンタルDVD映画
あの日のように抱きしめて」(原題は Phoenix )というドイツ映画(2014)の佳作です。



敗戦直後1945年のベルリン。瓦礫の街でドイツ国民は食うや食わず、英米軍の兵士や将校たちで酒場だけが賑わっています。

かつてはピアニストだったジョニーも酒場の給仕や下働きでその日暮らし。そこへ一人の女が、「働きたい」と訪ねてきました。

強制収容所で死んだ妻に背格好や顔だちが似ていたことから、女を亡き妻の身代わりに立てることを思いつくジョニー。親族すべてが死んで宙に浮いた莫大な財産を相続させれば、こんな惨めな暮らしから抜け出せます。

ジョニーは妻に似せる特訓を女にはじめます。筆跡の模写からはじまって、特徴のある歩き方や口調、ファッションの好みや好きな女優、そして親戚や友人、近所の人々に関する知識、「違う、違う!」と怒鳴り苛立つジョニーです。

妻お気に入りの赤いドレスを着た女とジョニーは、かつて住んでいた町の駅のホームに降り立ちます。友人や知人たちからあたたかく迎え入れられ、レストランでささやかな食事会が開かれます。そこでジョニーの伴奏で歌われるのが、古いジャズナンバーの”Speak Low (優しくささやいて)”です↓

Speak Low performed by Nina Hoss @ Phoeni
https://www.youtube.com/watch?v=rkAHi2wNSsc

この”Speak Low ”という歌から、この哀切な恋愛映画が企画された。そう思えるほど、愛する女と愛される男のすれ違い、背中合わせのシルエットに、「トゥスーン、トゥスーン(too soon, too soon)」が耳に残ります。中学英語で習った、as soon as possible (できるだけ早く)の soonですね。


Speak low when you speak, love
Our summer day withers away too soon, too soon
Speak low when you speak, love
Our moment is swift, like ships adrift, we're swept apart, too soon
Speak low, darling, speak low
Love is a spark, lost in the dark too soon, too soon
I feel wherever I go that tomorrow is near, tomorrow is here and always too soon


愛を語るときは 優しくささやいて
私たちの夏の日はとても儚い
愛を語るときは 優しくささやいて
私たちの時間は難破船のよう
すぐに過ぎ去ってしまう
ダーリン 優しく 優しく
私たちの愛は花火のよう
すぐに暗闇に消え去ってしまう

Time is so old and love so brief
Love is pure gold and time a thief
We're late, darling, we're late
The curtain descends, everything ends too soon, too soon
I wait, darling, I wait
Will you speak low to me, speak love to me and soon


時はすぐに老い 愛もすぐに消える
愛は純金だけれど時は泥棒のよう
遅れないでダーリン 遅れないで
幕は下りて すべてはすぐに終わってしまう
私は待っている ダーリン それでも待っている
愛を語るときは 優しくささやいて

Nigel Price.Speak Low


ジョニーに色気があります。目端が利くようでいてひどく愚かしい、ちょっと見がよいだけのくだらない男です。しかし、その必死な瞳に映る瞬間こそが永遠であるかのように、女は見つめ続けます。

(敬称略)