「逃げるんじゃねえ! てめえっ」
夕刊フジのウルムチ駅爆破テロ事件を読んでいたら、つんざくような子どもの声。習近平が新疆ウイグル自治区を初視察中に、82人が死傷した大規模な爆弾テロが起きた。倒れよ、中華人民共和国政府。お前に正統性はない。
公園のベンチから立ち上がって声の方をみると、小学校4、5年の男の子が3人。自転車にまたがり両足のつま先をつけている金髪の子に向かっている。(3対1か、1人は外人の子のようだ。これはイジメだな)
「何やってんだあ、こらあ!」
大声出したら、近くのベンチでチワワやプードル抱いてお話しに夢中の犬ママ2人が飛び上がった。金網フェンスに囲まれた、テニスコートを3面も敷けばいっぱいになるほど狭い公園だから、サッカーのボールは止まり、ピッチャーはバッターに投げられず、こちらをうかがっている様子だ。もう、後悔しはじめた。
歩み寄る俺を、棒立ちの男の子3人が目を丸くして見ていた。自転車の金髪の子はうつむいている。前のカゴにはぼろぼろのサッカーボールが入っていた。
「大声をだして、なんだお前はっ」
とまた大声を出した。
「だ、だって、こいつが・・・」
いちばん体格がよく、きかん気の顔つき、やっぱり、こいつがリーダーらしい。口ごもりながらも、気丈に怒鳴られたショックから立ち直ろうとしている。ほかの二人は俺から目を逸らしている。
「こいつが、話があるって呼んでいるのに、行こうとするから」
と瞳を伏せながらだが、不満そうに口を尖らせる。
「さっき、お前、逃げるんじゃねえって言ったよな。ああ、どういう意味だ。どこへ行こうとこの子の勝手じゃねえのか?」
とたたみかけた。
さらに口を尖らせ、何をどう言おうか、迷っている様子。
瞳は薄い青、睫毛も金髪の端正な小顔を、うつむかせたままの外人の子を見遣る。3人に比べると、ひとまわり小さく細い。何か言いたそうな様子で、ちらちら俺を見る。(言いたいことがあるなら、言えよ)と口を開くのを待つが、開かない。しかたなく、視線を戻す。
「来ると云ったのに来ないし、遅れてきたくせに・・・」
とこちらは自分のスニーカーに話しかけている。いっこうに話が見えない。介入したのをはっきり後悔しはじめたとき、
「あのですね、」
と割り込んできた子がいた。残りの二人のうち、えらの張った子だ。
「この子は」
と肩に手を置いた。
「ダイキ君は、昨日、犬が死んじゃって、今日お葬式だったんです」
新事実は出たが、相変わらず、話は見えない。しかし、「この子は」とまず客観的な立場を示し、笑顔を浮かべながら俺の目を見て、落ち着いた口調で話すのに感心した。子分その1かと思っていたが、これは大人になると出世するタイプだなと頷いて、先をうながした。
「ウッウッ」
と声がする。
ダイキ君がとしゃくり上げはじめたのだ。ちょっと狼狽した。
犬ママたちは話を再開し、ボールを追う子どもたちの声も戻っていた。
「それで、君は約束を破ったのか?」
めまぐるしく考えながら、金髪の子に俺は尋ねた。ダイキ君は、仲間からとりなすような発言があったから泣いているのか、犬が死んだのを思い出して泣いているのか。いずれにしろ、ときに素直に感情を表に出す、開っぴろげなところがあるから、ダイキ君はリーダーなんだろう。人望とは弱さを支えたいという思いなんだなと納得していたりした。
金髪の子の頑固そうに結ばれた口許がようやく開いた。
「ぼ、僕は、たしかに、遅れてきたけど、約束は破ってない」
「そうなのか?」
誰にともなく俺がいうと、
「だから、今日はダイキ君の犬のお葬式で、リン君はあとで来るっていったのに」
と先ほどの子。
「約束ってのは、公園に来るってことなのか、犬の葬式にくるって約束なのか」
「それはですね、ダイキ君の犬のお葬式のときに、」
という声は無視した、如才はないが頭はよくないようだ。金髪のリン君に顔を向ける。
「ダイキ君の、おばあちゃんの、家に、遊びに行ったときに、僕のことを、嘘つきだ、とダイキ君が云ったから、それで僕は、」
と、つっかえ、つっかえ、云う。
「だから、話をしようって云ったのに、無視して行こうとするから」
とそこにダイキ君。目の縁が赤い。
もう、面倒くさくなってきた。小学生のケンカの仲裁も満足にできない俺自身に、いちばん面倒くさくなっていた。イジメどころか、ケンカでもなさそうだし、話はちっともわからない、さっさと切り上げたかった。
「とにかくだ、仲良くやれよ、なっ」
その後に起きたことは、すぐに起きたわけじゃなく、よくわからない事実関係の説明と沈黙がかなり続いた後に起きたことだが、俺の子ども時代からみると、ちょっと意外な成り行きだった。ダイキ君がリン君に、「ごめん」と手を差し出し、リン君が「僕も」と云って握手したのだ。その間、引き上げるタイミングをつかめぬまま、俺はぼんやり立っていただけだった。
それから、一週間。日曜日の夕方、俺は公園で一服していた。この狭い公園には、珍しく吸い殻入れが備え付けられたベンチが2脚ある。ベトナムの反中デモは抑え込まれた。にもかかわらず、中国は激しいベトナム批難を続け、中国企業の被害に補償を要求している。日本への反日デモの被害には補償を口にすらしなかったのに。中国の批難に正当性はない。
バットとグローブを持った二人の小学生が通りがかりながら、笑顔でこちらを見ているのに気づいた。
目が合うと、
「この前は、ありがとうございましたあ」
と二人は口をそろえた。
二人がダイキ君とえらの張った子であることに、ようやく気づいた。
「おおっ」
と俺は間の抜けた声を上げ、すぐ近くなのに手を振った。
最近の子どもは、よくなった。昔より、ずっと、よくなったな。
夕刊フジのウルムチ駅爆破テロ事件を読んでいたら、つんざくような子どもの声。習近平が新疆ウイグル自治区を初視察中に、82人が死傷した大規模な爆弾テロが起きた。倒れよ、中華人民共和国政府。お前に正統性はない。
公園のベンチから立ち上がって声の方をみると、小学校4、5年の男の子が3人。自転車にまたがり両足のつま先をつけている金髪の子に向かっている。(3対1か、1人は外人の子のようだ。これはイジメだな)
「何やってんだあ、こらあ!」
大声出したら、近くのベンチでチワワやプードル抱いてお話しに夢中の犬ママ2人が飛び上がった。金網フェンスに囲まれた、テニスコートを3面も敷けばいっぱいになるほど狭い公園だから、サッカーのボールは止まり、ピッチャーはバッターに投げられず、こちらをうかがっている様子だ。もう、後悔しはじめた。
歩み寄る俺を、棒立ちの男の子3人が目を丸くして見ていた。自転車の金髪の子はうつむいている。前のカゴにはぼろぼろのサッカーボールが入っていた。
「大声をだして、なんだお前はっ」
とまた大声を出した。
「だ、だって、こいつが・・・」
いちばん体格がよく、きかん気の顔つき、やっぱり、こいつがリーダーらしい。口ごもりながらも、気丈に怒鳴られたショックから立ち直ろうとしている。ほかの二人は俺から目を逸らしている。
「こいつが、話があるって呼んでいるのに、行こうとするから」
と瞳を伏せながらだが、不満そうに口を尖らせる。
「さっき、お前、逃げるんじゃねえって言ったよな。ああ、どういう意味だ。どこへ行こうとこの子の勝手じゃねえのか?」
とたたみかけた。
さらに口を尖らせ、何をどう言おうか、迷っている様子。
瞳は薄い青、睫毛も金髪の端正な小顔を、うつむかせたままの外人の子を見遣る。3人に比べると、ひとまわり小さく細い。何か言いたそうな様子で、ちらちら俺を見る。(言いたいことがあるなら、言えよ)と口を開くのを待つが、開かない。しかたなく、視線を戻す。
「来ると云ったのに来ないし、遅れてきたくせに・・・」
とこちらは自分のスニーカーに話しかけている。いっこうに話が見えない。介入したのをはっきり後悔しはじめたとき、
「あのですね、」
と割り込んできた子がいた。残りの二人のうち、えらの張った子だ。
「この子は」
と肩に手を置いた。
「ダイキ君は、昨日、犬が死んじゃって、今日お葬式だったんです」
新事実は出たが、相変わらず、話は見えない。しかし、「この子は」とまず客観的な立場を示し、笑顔を浮かべながら俺の目を見て、落ち着いた口調で話すのに感心した。子分その1かと思っていたが、これは大人になると出世するタイプだなと頷いて、先をうながした。
「ウッウッ」
と声がする。
ダイキ君がとしゃくり上げはじめたのだ。ちょっと狼狽した。
犬ママたちは話を再開し、ボールを追う子どもたちの声も戻っていた。
「それで、君は約束を破ったのか?」
めまぐるしく考えながら、金髪の子に俺は尋ねた。ダイキ君は、仲間からとりなすような発言があったから泣いているのか、犬が死んだのを思い出して泣いているのか。いずれにしろ、ときに素直に感情を表に出す、開っぴろげなところがあるから、ダイキ君はリーダーなんだろう。人望とは弱さを支えたいという思いなんだなと納得していたりした。
金髪の子の頑固そうに結ばれた口許がようやく開いた。
「ぼ、僕は、たしかに、遅れてきたけど、約束は破ってない」
「そうなのか?」
誰にともなく俺がいうと、
「だから、今日はダイキ君の犬のお葬式で、リン君はあとで来るっていったのに」
と先ほどの子。
「約束ってのは、公園に来るってことなのか、犬の葬式にくるって約束なのか」
「それはですね、ダイキ君の犬のお葬式のときに、」
という声は無視した、如才はないが頭はよくないようだ。金髪のリン君に顔を向ける。
「ダイキ君の、おばあちゃんの、家に、遊びに行ったときに、僕のことを、嘘つきだ、とダイキ君が云ったから、それで僕は、」
と、つっかえ、つっかえ、云う。
「だから、話をしようって云ったのに、無視して行こうとするから」
とそこにダイキ君。目の縁が赤い。
もう、面倒くさくなってきた。小学生のケンカの仲裁も満足にできない俺自身に、いちばん面倒くさくなっていた。イジメどころか、ケンカでもなさそうだし、話はちっともわからない、さっさと切り上げたかった。
「とにかくだ、仲良くやれよ、なっ」
その後に起きたことは、すぐに起きたわけじゃなく、よくわからない事実関係の説明と沈黙がかなり続いた後に起きたことだが、俺の子ども時代からみると、ちょっと意外な成り行きだった。ダイキ君がリン君に、「ごめん」と手を差し出し、リン君が「僕も」と云って握手したのだ。その間、引き上げるタイミングをつかめぬまま、俺はぼんやり立っていただけだった。
それから、一週間。日曜日の夕方、俺は公園で一服していた。この狭い公園には、珍しく吸い殻入れが備え付けられたベンチが2脚ある。ベトナムの反中デモは抑え込まれた。にもかかわらず、中国は激しいベトナム批難を続け、中国企業の被害に補償を要求している。日本への反日デモの被害には補償を口にすらしなかったのに。中国の批難に正当性はない。
バットとグローブを持った二人の小学生が通りがかりながら、笑顔でこちらを見ているのに気づいた。
目が合うと、
「この前は、ありがとうございましたあ」
と二人は口をそろえた。
二人がダイキ君とえらの張った子であることに、ようやく気づいた。
「おおっ」
と俺は間の抜けた声を上げ、すぐ近くなのに手を振った。
最近の子どもは、よくなった。昔より、ずっと、よくなったな。
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