最近、政治家としておもしろいのは谷垣禎一自民党総裁である。いや、政治家として云々というほど、実は政治に詳しくないし、谷垣さんについてもよくは知らないのだが、いつもこの人の言葉づかいの丁寧さには感心している。鳩山総理との初の党首討論の際は、「迫力不足」「生温い」と自民党内からも批判されたほど、淀みなく敬語と丁寧語を使っていたのが印象に残った。慇懃無礼という官僚的な物言いとは異なり、政見に異議はあっても、首相には相応の礼は尽くすべきだという姿勢がうかがえて、政権を失ったのがつい最近なのに、すぐに立場の違いを弁えられるとは、なかなか度量が大きい人だと思えた。
この国では、どれほど低劣愚昧な人間でも、政治家については、あることないこと憶測をまじえて誹謗中傷してかまわないという「合意」がネットを中心に形成されつつあるようだが、谷垣さんは鳩山政権を批判することはしても貶めることまではできないようだ。それを脆弱とするところが、この国の脆弱なところだと思う。論理的にはもちろん、実人生の経験からいっても、礼を尽くす、尽くそうとする人は例外なく強い人である。丁寧な言葉づかいをする人、そのように心掛ける人は聡明な人である。無礼な振る舞いをして乱暴な言葉を吐く人は、その実、自らの弱さや愚かさを隠そうとしている場合が多い。
で、谷垣さんを少し検索してみると、いかにもエリートらしい経歴だが、ところどころ余白があって、やはりなかなかおもしろい人のようだ。大学では山岳部にのめり込み何年か留年したり、司法試験に幾度も不合格になったり、ただの偏差値秀才ではないことがうかがえる。また、ロードレースで好タイムを出すほど、サイクリングのベテランらしい。つまり、文武両道ということで、プロ野球の始球式でボールを投げて、キャッチャーまで届かない人ではない。何が恥ずかしいといって、あれほど恥ずかしい場面はない。
で、ちょっとびっくりしたのは、影佐機関の影佐禎昭が母方の祖父だったこと。禎一の名前は祖父の禎昭から一字をもらったそうだ。阿片売買の里見機関の後ろ盾になり、親日の汪兆銘政権をつくった「影佐大佐」といえば、満州に謀略の網を張り巡らした特務機関のボスといったおどろおどろしい印象があるから、紳士然とした谷垣さんとは結びつかないが、むしろ逆に、陸大卒業後に、東大政治学科で学んだ「影佐大佐」とは、実際は孫の谷垣さんのような人だったのかもしれない。学校エリートというものは、何を学ぶかは選べるが、何を使命とするかは選べないものだ。
(敬称略)
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