徒然なるまま”僕の趣味と遊ぶ”

タイガース、水彩画、鉄道などの、僕の気ままな”独り言”

大名より高家の方が偉い!!!!

2005年12月11日 11時37分06秒 | 独り言・社会・ニュース

先回の続きです。
高家の吉良上野介は5万3千石の大名である浅野内匠頭より、位は下です。

官位とは、官職と位階のことで、官職を各々相当する位階に配して等級を定めることをで、律令制によって体系つけられていました。
位階は、皇族とは別に、臣下は正一位から少初位下の30階級ありました。
江戸時代には、武官官位として、官位を武士の統制の手段として利用されていました。

 
       束帯                      狩衣

高家の吉良上野介の位階は従四位下に対して、大名の浅野内匠頭は従五位下で位階では、上野介の方が上位にありました。

官職の上野介は、上野国を治める国司の次官で、内匠頭は、内医療の長官で宮中に努めた金銀工の束めですが、江戸時代には、「○○守」、「○○頭」等の官名名乗りは官位ではありませんでした。

大紋・長袴

 衣装も最も正式な装束である「束帯」から「直衣」、「狩衣」(公家の一般日常装束)、「直垂」(武士の装束)とありますが、江戸時代には四位は「狩衣」、五位は「大紋」となり、通常礼服として「大紋直垂」で長袴を用いました。

 


尼信博物館と世界の貯金箱

2005年12月10日 09時54分49秒 | 独り言・社会・ニュース

昨日は、尼崎信用金庫の博物館に行ってきました。
このあたりは、尼崎とは思われない寺町界隈で、歴史を感じるところです。


12月24日まで、当博物館で「第72回尼崎美術協会展」が開催されています。
尼崎市の美術関係の指導者が一同に会しての展覧会で、絵画、工芸部門からの出展がされています。

同博物館には、常設の展示もあり、展示物は尼崎藩主の松平(桜井)家ゆかりの尼崎指定文化財である歴史的に貴重な資料を多く展示されていました。

尼崎藩は、1617年に戸田氏鉄が五万石の大名として入り、尼崎城を築城して、後は遠州掛川から青山氏が入城したが信濃飯山に転封、又1711年に同じく遠州掛川から桜井氏が4万石で入り、その後七代に亘り襲封され、明治維新を向かえます。

桜井氏は、松平姓を名乗る譜代大名で、大阪の西を守る要所として、又京都と西国を中継する港湾都市として栄えました。

尼崎城の模型

展示資料は、当時の鎧、刀、鉄砲、や図面、巻物、藩札等があり、現在の工業都市の面影はなく、のどかな港湾都市で、海の近くのお城を想像することが出来ます。

又、その近くに世界の貯金箱博物館もあり、よくこれだけ集められたものと感心してしまいます。 日本は勿論、欧米、中近東、アジアの世界60カ国の古今東西の貯金箱が約11000個収蔵されています。

数の多さに圧倒されると同時に、懐かしい昔のものや、遊び心を起こさせるような絶品もあり、ここは是非、必見です。


刃傷 松の廊下に異論あり

2005年12月08日 12時15分22秒 | 独り言・社会・ニュース

何故、浅野匠内頭長矩は、吉良上野介義央に斬りつけたのでしょうか?

元禄14年(1701年)3月10日~18日まで、東山天皇の勅使と霊元法王の院使が江戸に着ており、3月14日は、帰洛のあいさつが行われ予定でした。将軍の徳川綱吉と御台所、桂昌院(綱吉の母)から、勅使・院使への贈り物をするというものです。

事件が起こったのは午前11時頃、浅野匠内頭(35歳)が吉良上野介(61歳)に松の廊下で刃傷に及んだと言うものです。

 
 松の廊下の推察CG           狩野寿石秀信の筆とされています。
                       富田林市興正寺別院にある松の襖絵

刃傷事件の原因については、一般的には、上野介が匠内頭の進物の少ないのに対して意地悪をし、それに怒った匠内頭が斬りつけたものということになっています。

しかし、匠内頭は二度目の勅使ご馳走役であり、以前にも上野介に指図を受けています。匠内頭の家来も役目には慣れているはずであり、指南役に進物を送るのは、授業料・必要経費の性格で当時は常識であり進物が少ないという原因はないと思われます。嫌がらせをすれば、指南役として上野介の責任となり、意地悪云々はありえなかったと思われます

  
 吉良上野介の肖像画         吉良家の家紋(二つ引両)
                       「清和源氏足利氏流」

原因として匠内頭の痞え(つかえ)の持病があり、突発的に起きた乱心説。
饗応費の出費の問題で意見が対立したとする饗応費説
両者の国許の塩田の製法と販路をめぐっての塩田説。

色々な原因の説がありますが、どれも決定的ではなく、空想の域を出ず、この刃傷事件の真相は、今もってとされています。


今日は何の日!!-12月7日ー

2005年12月07日 10時57分00秒 | 今日は、何の日

今日は、二十四節気の一つの「大雪」です。

昔の人は、この季節感を巧く考えたものです。
昨日、今日は、京都にも雪が降り、平均気温より低くなり、この時期にぴったりの感がします。
この二十四節気は、太陰暦を使用していた時代に、季節を現すための工夫として考え出されたもので、1年を24等分にし、その区切りに名前をつけたものです。

二十四節気成立に先立って、二至(冬至・夏至)二分(春分・秋分)がまず考えられ、その後に八節(二至二分に立春・立夏・立秋・立冬を加えたもの)が出来たと思われます。
この八節に更に細分化されたものが二十四節気です。

 

1年の日数を24等分(15.22日)し名付ける方法と太陽の横道上の位置を24等分(角度で15度)し、その点を太陽が通過する方法があります。
旧暦は、後者を採用されています。

  雪いよいよ降り重ねる折からなれば也

朝夕には、池や川に氷を見るようになり、山々は雪が降り、冬の姿になる頃で、冬至(12月22日)までの期間を大雪と言います。


地下鉄の開業・・・・

2005年12月06日 13時06分49秒 | 鉄道のよもやま話

地下鉄は、地下を走る高速鉄道で、地下鉄道の略称です。
1863年にイギリスのロンドンで馬車に代わる都市交通機関として蒸気機関車牽引の地下鉄が開業したのが、世界初です。

2005年、現在、49の国と地域にある約140の都市で地下鉄が運転されています。
今後もアジアを中心に都市への人口集中が予想され、これに合わせて地下鉄を運転される都市が増加し、路線延長傾向にあります。

 
 日本初の地下鉄、10銭       昭和2年、地下鉄工事

日本では、昭和2年(1927年)12月30日に、浅草~上野間2.2Kmが始めてでその後、昭和9年に上野~新橋間が開通しました。

大阪では昭和8年(1933年)5月20日梅田~心斎橋間3.1Kmが開通しました。
その後、昭和10年に難波まで、昭和13年に天王寺まで開通しました。

 
昭和6年地下鉄工事高麗橋付近  開業当時の淀屋橋駅

日本での地下鉄は、東京・大阪以外では、昭和32年(1957年)に名古屋、昭和46年に札幌、昭和47年に横浜、昭和52年に神戸、昭和56年に京都、福岡で開業しました。

一日の乗客は、全地下鉄で1300万人もの利用客があります。 
地下鉄は、大半が地下を走っていますが、一部高架を走ったりしていますが、地下鉄でも踏み切りのある地下鉄もあります。


地下鉄銀座線にある踏み切り

2005年9月現在、最長は、東京地下鉄の183.2Kmで大阪は、115.6Km、東京都営は、109.0Km、名古屋は、88.6Kmの営業をしています。

ちなみに最近では、仙台地下鉄(仙台市交通局)は、昭和62年(1987年)に開業し、14.8Kmの営業をしています。

全国では、10事業体により、9都市で地下鉄が運転されています。


高家筆頭の吉良上野介とは・・・・

2005年12月05日 13時50分01秒 | 独り言・社会・ニュース

昨日の続きです。

赤穂浪士の討ち入りは、元禄14年(1701年)3月14日江戸城、松の廊下で始まりました。
 
                          松の廊下の図面

  顔赤う(赤穂) させたがことの 起こりなり

赤穂藩主の浅野匠守長矩が、高家 吉良上野介に切りつけましたが、この刃傷事件がなぜ起こったのかをめぐって諸説があります。

巷間よく言われているのは、勅使接待に対して浅野が充分な進物をせず、指南役の吉良が意地悪をしたというものです。

  
  浅野長矩像          本所松阪町の吉良邸跡

しかし、こんな歌もあります。

  餌をかわぬが 鷹の羽(浅野家の家紋)の 落ち度なり
  進物の安い(安井) がことの おこりなり

安井とは、浅野家の江戸家老安井彦右衛門のことです。

高家とは江戸幕府としてどんな役職でどのような人がなっていたのでしょうか?

高家は、幕府の老中配下で名門、名家のことで、幕府の儀式や典礼を司った役職の一つです。
主に公家、足利一門の血筋を引く者で、日光や増上寺等の代参や朝廷の使者の接待や諸大名に対して公式の場での礼儀・作法を伝授するのも高家の役割でした。

この伝授に対して諸大名が金品の謝礼を受けることは、認められていました。

高家には、役職に就いている者を奥高家といい、役職に就いていないのは、表高家と言いました。 高家は26家あり、主な高家は、吉良家の他は、今川家、上杉家、織田家、京極家、六角家、戸田家、土岐家、由良家、中条家などがあります。

又、高家は、幕府の旗本でもあり、禄高でも万石以下で、諸大名(1万石以上)より低く、この伝授によって得る金品は、高家の大きな収入源でもあった訳です。

 


赤穂浪士の討ち入り

2005年12月04日 08時33分03秒 | 独り言・社会・ニュース

12月と言えば毎年、赤穂浪士の討ち入りの話や真珠湾攻撃(太平洋戦争の始まり)が度々出てきます。
真珠湾攻撃の経緯や太平洋戦争の開戦は、日本人にとって忘れることの出来ない不幸な出来事であり、その後の日本の状況を見れば、多くの犠牲の上に、今の日本があることを忘れてはなりません

しかし、赤穂事件は比較は出来ませんが、これも日本人には、忘れることの出来ない出来事であったのでしょう。


皇居東御苑にある松の廊下跡

日本三大仇討ちは赤穂浪士の討ち入り、曽我兄弟の仇討ち伊賀超えの仇討ち(荒木又衛門)ですが、中でもこの赤穂浪士の討ち入りは、日本人なら誰でもが知っている事件です。

でも、事件発生当時においては、この事件が一般に知られていたかは不明です。事件の発端である松の廊下の刃傷事件の真相もはっきりしないのが実情だそうです。


江戸城の図面 右上が天守、右半分が大奥、
松の廊下は、左半分の上部の真ん中の中庭に面してます。

日本人に特に知られるようになったのは、事件の4年後(1706年)に浄瑠璃で「碁盤太平記」が竹本座で上演され、以降歌舞伎にも取り入れられ、一般に知られる人気演目となり、明治以降は、徳川幕府への遠慮が無くなって益々人気を博しました。

 
 泉岳寺             泉岳寺山門

日本人好みの「判官ひいき」は、義経に始まり、この赤穂事件(この事件を基に脚色した物語の総称を「忠臣蔵」といいます)は、最たるものです。

この「忠臣蔵」で、江戸時代というものを調べて見るのも面白いもので、次回よりあらゆる角度から検証して見たいと思います。 


鉄道は正確が当たり前!!!-その17-

2005年12月03日 09時32分15秒 | 鉄道は正確が当たり前!!

トラブルがあった時、列車をなるべく駅間に止まらぬようにするダイヤの組み方をするとは如何してなのでしょうか?
もし、駅間に長時間止まっていると、乗客がパニックに陥り、それが新たなトラブルを生み出すことになり、そのことが列車を益々遅れを増幅します。

列車を駅に止まれば、乗客を降ろすことが出来、車両は自由度が増し、折り返し運転も出来ます。


小田原駅の待避線

駅には、待避線もあれば、別の線路に移動することが出来る分岐器もあり、駅はシステムの安全装置となり、トラブルの発生したら駅に止まるようなダイヤの組み方をしていれば、運転整理の自由度が増し、ダイヤ回復力が出るのです。

 分岐器

        ダイヤモンド分岐器

幸いにも、日本の鉄道は、人が歩いて旅をした名残で、在来線に限って言えば、駅間が比較的短く、駅員も現場に駆け付きやすく、駅への停車がしやすく、ダイヤ回復にとって有利となります。

実は、日本の鉄道では、年に一度のダイヤ改正の他に、毎日毎日違うダイヤが作られているのです。 基本ダイヤとは別に「実施ダイヤ」というものがあって実施ダイヤは毎日違うのです。

例えば、今日に線路の補修工事があるとすれば徐行運転をしなくてはならず、行き違いや、待避駅は、このように変更するといったダイヤ修正を毎日、どこらかで行っています。

このように基本ダイヤを毎日のように変更できるのは、このダイヤにそもそも可変性があるから出来ることなのです。


「小泉劇場」と「想定の範囲内」

2005年12月02日 16時17分50秒 | 芸術・水彩画

今年の流行語大賞が昨日、発表されました。

”小泉劇場””想定の範囲内”だそうです。 
昨年も、武部幹事長の「サプライズ」と堀江氏の「新規参入」でした。
今年も二人とも連続の受賞となり、今年の世相と話題を反映した言葉です。

これは、「現代用語の基礎知識」が選定したもので、今年は、このほかに、
「クールビズ」 「刺客」 「ちょいモテオヤジ」 「フォーー!」 「富裕層」 「ブログ」
「ボビーマジック」
 「萌え~」ノミネートされたそうです。

自分的には、「JFK」 「耐震強度偽装」 「ポスティング」 「アキバ族(アキバ系)」
 「カラ手当て」
等も入れて欲しいものです。

今日の絵は、”清荒神さんの参道”です。 F20号

 


今日は何の日ー12月1日ー

2005年12月01日 15時32分27秒 | 今日は、何の日

今日から12月です。 早いもので、暦もあと1枚を残すのみとなりました。

今日は、映画産業団体連合会が1956年に映画の日と定めました。
明治29年(1896年)11月25日に、神戸で日本では始めての映画が一般公開され、この会期中のきりの良い日ということで、12月1日と定めたそうです。
カラー映画の日は、別にあって3月21日だそうです。

                    新日鉄製鉄所(釜石、明治11年撮影)、  

又、今日は、鉄の日でもあります。 これは、日本鉄鋼連盟が1958年に制定したもので、安政4年(1857年)、岩手県の釜石高炉(現在の新日鉄釜石製鉄所)が操業を開始し、日本の近代製鉄の幕開けとなりました。

その他に、世界エイズデーは、世界保健機構(WHO)が昭和63年(1988年)に定めたものです。又冬の省エネ総点検の日防災用品点検の日カイロの日、などがあります。

12月は、地球温暖化防止月間大気汚染防止推進月間骨髄バンク推進月間でもあります。   

なぜ、12月が大気汚染防止推進月間なのかは、1年を通して12月が1番大気が汚れているそうです。 暖房や自動車の排気ガスなどのNO2が一番多い月というのが、統計上に出ています。
室内の温度を下げ、自動車の使用を控えるようにしましょう。

そして、12月といえば、年末年始の防犯運動の月でもあります。