極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

合成ペプチド巡礼の明日Ⅱ

2013年05月26日 | 新弥生時代

 

 

 

 

【熱烈歓迎 スパイバー時代Ⅱ】

合成クモ糸繊維のニュースの衝撃はテレビを席捲した。今朝、彼女が階上から携帯でテレビを見ろという
コールが入るくらいだ。何だってこんなことぐらいで携帯するなんて? そんな時代なのはわかるけれどと
渋々チャンネルを変える。自動車のパネルに使われると自動車事故での死亡率が下がるって?!とは言え、
こんなニュースも流れている。「理化学研究所(野依良治理事長)は、大腸菌が通常持っているタンパク
質合成過程において、タンパク質合成終了の目印となる終止コドンを除いた環状のメッセンジャーRNA(m
RNA)を鋳型に用いてエンドレスにタンパク質合成反応を起こすことに成功しました」と。コドン!?いま
さら聞けない言葉のトップなぐらいに、第二次産業革命(『デジタル革命渦論』)で急速に社会変容が起
きている。早すぎるのじゃない?!大丈夫なのかなぁ?!と心配させるぐらいだが、頭の中でもうひとり
の僕が「大丈夫であるわけないだろ!?と囁いているのも確かだけれど、生体を構成するタンパク質は、
細胞核内にある遺伝情報をもとに合成され、その合成過程ではDNAがメッセンジャーRNA(mRNA)に転写さ
れ、続いてmRNAの配列がアミノ酸に変換されて、それが複数連なることで1つのタンパク質が完成するが
「この合成反応をエンドレスに続けられないか?」と考えたのが運の尽き!?いやいやそれが進歩という
ものだ。

 

iPs細胞の発明が人工的細胞の多様化としてあるのに対し、このローリングサークルタンパク質合成の
発明-大腸菌のタンパク質合成反応は直鎖状のmRNAを鋳型として起き、mRNAの配列情報を読み取ってタン
パク質を合成するリボソームという複合体がmRNAの先頭に結合し開始コドンから合成が始まる→終止コド
ン(コドンはタンパク質を作るアミノ酸を指定する3つの塩基で構成され、終止コドンはアミノ酸を指定
しません)に到達して反応が終わる→終了するとリボソームはmRNAから離れ、長時間をかけ次の反応の結
合に向かう。この終止コドンを取り除くことでこの過程をスキップすることでこの環状mRNAを、直鎖状m
RNAと比較して単位時間当たり約200倍という高効率でタンパク質の合成反応が進むことで-人工
的細胞の
量産化を特徴としている。この発明の応用で、長鎖タンパク質のコラーゲンやシルクを人工合成など、多
様な応用が期待できということらしい。何れこの成果の結果が明確となり量産化・多様化技術に成功すれ
ば「新石器時代」から「新弥生時代」に移行することになるが、そんなにすんなりといくかどうか?!ど
うだろう。

 

 

 



 

 「シロがよく弾いていたピアノ曲を覚えているか?」とつくるは尋ねた。「リストの『ル・マ
 ル・デュ・ペイ』という短い曲だけど」
  アカは少し考えてから首を振った。「いや、その曲は覚えてないな。おれが覚えているのは
 シューマンの曲だけだ。『子供の情景』の中の有名な曲。『トロイメライ』だっけな。それを
 ときどき弾いていたのは覚えている。でもそのリストの曲は知らない。それがどうかしたのか
 ?」
 「いや、べつに意味はない。ちょっと思い出しただけだ」とつくるは言った。そして腕時計に
 目をやった。「長い時間をとらせてしまった。そろそろ失礼するよ。君とこうして話せてよか
 った」
  アカは椅子の上で姿勢を変えず、つくるの顔をまっすぐ見ていた。その目には表情がなかっ
 た。まだ何も刻まれていないまっさらな石版を見つめている人のように。「急いでいるのか?」
 と彼は尋ねた。
 「ちっとも」
 「もう少し話をしていかないか?」
 「いいよ。こちらは時間ならいくらでもある」

  アカは口の中でしばらく言葉の重みを測っていた。それから言った。「おまえは、おれのこ
 とがもうそんなに好きじゃないだろう?」
 つくるは一瞬言葉を失った。ひとつにはそんな質問をまったく予想していなかったからだし、
 もうひとつには、自分が今前にしているこの人物に対して、好きとか嫌いといった二分的な感
 情を抱いてしまうことが、なぜか適切ではないことに思えたからだった。
  つくるは言葉を選んだ。「何とも言えないな。十代の頃に感じていた気持ちとは、たしかに
 違っているかもしれない。でもそれは-」

  アカは片手を上げ、つくるの言葉を制した。

 「そんなに表現に気を遺ってくれなくていい。好きになろうと努力する必要もない。おれに好
 意を抱いてくれる人間なんて、今ではどこにもいない。当然のことだ。おれ自身だって、自分
 のことはたいして好きになれないものな。でも昔はおれにも、何人かの素晴らしい友だちがい
 た。
 おまえもその一人だった。しかし人生のどこかの段階で、そういうものをおれは失ってしまっ
 た。シロがある時点で生命の輝きを失ってしまったのと同じように……。しかしいずれにせよ
 後戻りはできない。封を切ってしまった商品の交換はできない。これでやっていくしかない」
 
  彼は上げていた手をおろし、膝の上に置いた。そして指で膝がしらを不規則なリズムをとっ
 て叩いた。まるでモールス信号でどこかにメッセージを送るみたいに。
 「おれの父親は長く大学の教師をやっていて、そのせいで教師特有の癖が身にしみ込んでいた。
 家の中でも教え諭すような、上から見下ろすようなしゃべり方をした。おれは子供の頃から、
 それがいやでしょうがなかった。しかしあるときふと気がついたら、おれ自身がそういうしゃ
 べり方をするようになっていた」
  彼はまだ膝がしらをとんとんと叩き続けていた。
 「おれはおまえに対してずいぶんひどいことをしたと、ずっと思っていた。それは本当だよ。
 おれには、おれたちには、そんなことをする資格も権利もなかったんだ。それでいつかおまえ
 にきちんと謝らなくちゃいけないと思っていた。しかしどうしても自分からはその機会を作れ
 なかった」
 「そのことはもういい」とつくるは言った。「そういうのも、今さら後戻りできないことだ」
  アカはしばらく何かについて考え込んでいた。それから口を聞いた。「なあ、つくる、おま
 えにひとつ頼みがある」
 「どんな?」
 「おれの話を聞いてほしい。打ち明け話というか、これは今までほかの誰にも話しかことはな
 い。そんなもの聞きたくないかもしれないが、おれとしては、おれ自身の傷のありかをいちお
 う明らかにしておきたいんだ。おれが背負っているもののことを、おまえにも知っておいてほ
 しい。もちろんそんなことでおまえに負わせた傷の埋め合わせができるとは思っちゃいない。
 これはただのおれの気持ちの問題だ。昔のよしみで聞いてくれないか?」

  ものごとの行き先がよくわからないまま、つくるは肯いた。

  アカは言った。「おれはさっき、大学に入るまで、学問の世界が自分に向かないことがわか
 らなかったと言った。そして銀行に勤めるまで、会社勤めが自分に向いていないことがわから
 なかったと言った。そうだな? 恥ずかしい話だよ。たぶん自分をまっすぐ真剣に見つめると
 いう作業を、おれは怠ってきたのだろう。でも実はそれだけじゃないんだ。実際に結婚してみ
 るまで、自分が結婚に向いていないということが、おれにはわからなかった。要するに、男女
 のあいだの肉体的な関係がおれに向いていないということだよ。言いたいことはだいたいわか
 るだろう」
 
  つくるは黙っていた。アカは話を続けた。


 「はっきり言えば、おれは女性に対して、うまく欲望を持つことができない。まったく持てな

 いわけじゃないが、それよりは男との方がうまくいく」
 部屋に深い静寂が降りた。そこでは物音ひとつ聞こえなかった。もともとが静かな部屋なのだ。
 「そういうのはとくに珍しいことじゃないだろう」とつくるは沈黙を埋めるように言った。
 「ああ、とくに珍しくないことかもしれない。おまえの言うとおりだよ。しかしそういう事実
 を人生のある時点できっちり突きつけられるっていうのは、本人にとってはかなりきついこと
 なんだ。とてもきつい。一般論じゃすまない。どう言えばいいんだろう。まるで航行している
 船の甲板から、突然一人で夜の海に放り出されたみたいな気分だ」
  つくるは灰田のことを思い出した。沢田の□が夢の中で---それはおそらく夢なのだろう
 自分の射精を受け止めたことを。そのときつくるはずいぶん混乱したものだ。一人で突然、
 の海に放り出される、たしかにそれは的を射た表現だ。

 「何はともあれ、できるだけ自分に正直になるしかないだろう」とつくるは言葉を選んで言っ
 た。「正直になり、少しでも自由になるしかない。亜乙いけど、僕にはそれくらいのことしか
 言
えない」
 
  アカは言った。「知ってのとおり、名古屋は規模からいえば日本でも有数の大都会だが、同
 時に狭い街でもある。人は多く、産業も盛んで、ものは豊富だが、選択肢は意外に少ない。お
 れたちのような人間が自分に正直に自由に生きていくのは、ここではそう簡単なことじゃない
 ……なあ、こういうのって大いなるパラドックスだと思わないか? おれたちは人生の過程で
 真の自分を少しずつ発見していく。そして発見すればするほど自分を喪失していく」
 「おまえにとって、いろんなことがうまくいくといいと思う。本当にそう思うよ」とつくるは
 言った。彼は心からそう思っていた。
 「もうおれのことを怒ってはいないか?」
  つくるは首を短く横に振った。「おまえのことを怒ったりはしていないよ。もともと誰のこ
 とも怒ってはいない」
  自分が相手に向かって「おまえ」と呼びかけていたことに、つくるはふと気づいた。それは
  最後になって自然に口から出てきた。
  アカはエレベーターの前までつくるを歩いて送った。
 「ひょっとして、もうおまえに会う機会はないかもしれない。だから最後にもうひとつだけ短
 い話をしたいんだが、かまわないかな」とアカは廊下を歩きながら言った。
 
  つくるは肯いた。

 「おれがいつも新入社員研修のセミナーで最初にする話だ。おれはまず部屋全体をぐるりと見
 回し、一人の受講生を適当に選んで立たせる。そしてこう言う。『さて、君にとって良いニュ
 ースと悪いニュースがひとつずつある。まず悪いニュース。今から君の手の指の爪を、あるい
 は足の指の爪を、ペンチで剥がすことになった。気の毒だが、それはもう決まっていることだ。
 変更はきかない』。おれは鞄の中からでかくておっかないペンチを取りだして、みんなに見せ
 る。ゆっくり時間をかけて、そいつを見せる。そして言う。『次に良い方のニュースだ。良い
 ニュースは、剥がされるのが手の爪か足の爪か、それを選ぶ自由が君に与えられているという
 ことだ。さあ、どちらにする? 十秒のうちに決めてもらいたい。もし自分でどちらか決めら
 れなければ、手と足、両方の爪を剥ぐことにする』。そしておれはペンチを手にしたまま、十
 秒カウントする。『足にします』とだいたい八秒目でそいつは言う。『いいよ。足で決まりだ。
 今からこいつで君の足の爪を剥ぐことにする。でもその前に、ひとつ敦えてほしい。なぜ手じ
 ゃなくて足にしたんだろう?』、おれはそう尋ねる。相手はこう言う。『わかりません。どっ
 ちもたぶん同じくらい痛いと思います。でもどちらか選ばなくちゃならないから、しかたなく
 足を選んだだけです』。おれはそいつに向かって温かく拍手をし、そして言う、『本物の人生
 にようこそ』ってな。ウェルカム・トゥー・リアル・ライフ
  
  つくるはほっそりとした旧友の顔を、何も言わずにしばらく見つめていた。
 
 「おれたちはみんなそれぞれ自由を手にしている」とアカは言った。そして片方の目を細めて
 微笑んだ。「それがこの話のポイントだよ」
  
  エレベーターの銀色のドアが音もなく開き、二人はそこで別れた。

                                      PP.202-207
                     村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 

 

 

【従軍慰安婦とTPPの話】 

昨日のランチでの話。例によって彼女が、皐月の『赤備御膳』を口にしながら、「橋元さんの発言は女性
仲間の評判では最低よ!どうなの?」とたずねる。「ボクシングのジャブとクリンチ戦といったところ。
チキンレースならずチキンゲームだし、『明日のジョー』のような必殺のクロスカウンタやアッパーカッ
トがないね」。「それって、なんなの?」「歴史見識がないということだよ。さっさっとチャンネルを切
り替え他の番組を観るだけだよ。」そんなやりとりを交わし、キリンラガーを一口飲み込む。外では結婚
式の記念集合写真を撮っている。「それにしても薔薇の開花が素晴らしかったね」「予定通りね!?」「
だろう?!花の世話をしているボランティアの話を聞いておいて良かった」。そして、彦根城の世界遺産
と三島由紀夫の『絹と明察』の話をすると。「ねぇ、彦根の繊維産業はどうして衰退したの?」とたずね
る。「沖縄返還と繊維業界のトレード・オフの『縄と糸』で衰退していく。日米経済構造協議の自動車産
業と半導体産業のトレード・オフの『車と石』と同じだね」と答えると、「ところでTPPはどう思うの
?!」とたずねる。「米国政府に上手くやられている。マルチなFTAで十分だし、相も変わらず中国包
囲網は戦前のABCD包囲網と同じ手口。目先だけでは国土荒廃するばかりだ」。「それって、例のオク
ラホマの竜巻の話?!」「そう、歴史的自由貿易主義の話」というような会話を交わしていた。松本城の
旅行といい、実にリッチな気分ではないか。五月晴れの風に吹かれいろは松の緑が鮮やかだ。

 

 

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