『私にとっての公文式』
2022年10月20日発行
本の表紙カバー装丁がブルーのグラデーションで目を惹きます。
土佐の海と記されてます。
公文式を創始された公文公会長は高知県のご出身です。
「おまんら 舐めたらいかんぜよ」
村田英雄さんの歌セリフが思い浮かびました。
土佐のいごっそ 黒潮育ち
馬鹿じゃ出来ない 利口じゃ出来ぬ
中途半端じゃ 尚更出来ぬ
これが男の 生きる道 ♪
公文式誕生の1958年から20年近く経った1970年代後半。
学校卒業して就職したのが公文数学研究会でした。
当時、大阪駅前第2ビルの9階ワンフロアで100人までの職員が見渡せた。
公文会長と直にお話できて、教育にかける熱い思いを職員が共有できた懐かしい思い出。
落ちこぼれをなくすとと同時に、出来すぎて足踏みさされてる子らもさらに伸ばす。
各個々の能力に注目。
その子にあったところから始めたら、常に階段は登れる。
幼児でもステップ踏んで継続すれば方程式が解ける。
学生時代数学専門の家庭教師のアルバイトしてました。
勤務して知った、公文式自習教育法は衝撃的でした。
たかが計算、されど計算。
計算に習熟すること、諦めずに継続すること。
これらの習慣が身につくと、ただ単に概算が早くなるだけじゃない。
数学的思考は脳の何かを開花させるように思います。
数学は面白いとフィールド賞の広中平祐先生も言われてましたね。
表紙カバー角に公文禎子先生の短歌が記されてます。
藍青の海分けて穏し航跡に
終わらむとする旅いさぎ良し
過去何度か青の色調についてブログ書いてます。
2014-9-25
あべのハルカス美術館でデュフィ展 - 秋麗(あきうらら)
新しいスマホのカメラはピントくっきりあべのハルカス16階からの眺めです。目の前のベンチと遠景のビル群がともに写ってるのがスゴイと思いました。展覧会場では撮影禁止な...
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>青は色調が変化しても本来の個性を保ち続ける唯一の色彩だ
とデュフィは思ってたそうです。
デュフィは90歳をこえる近しい人が一番好きな画家だと
ずっと昔に聞いてましたが初めて生で見れました。
ここに登場する、90歳をこえる近しい人は、公文禎子先生のことでした。
デュフィを愛した禎子先生。
昭和にデュフィの画風に惚れ込むってすごくないですか。
今でもぜんぜん古くない。
初めて聞いた時もスゴイと思いましたが、今なお驚きです。
公会長と奥様と二人三脚で築かれた公文式。
娘の眞帆子さんが両親の思い継承され、一つの記録として伝記出版されました。
遺伝子受け継いで公文式の越し方を実際に体験され見続けて来られた、
眞帆子さんだからこそ書ける本なんでしょう。
わずか1年3ヶ月しか勤務してないのです。
あれから45年。
今なお気に掛けていただき、こうした御本も頂戴して。
なんか不思議なご縁でしょう、というお話でした。