秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
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閉業のお知らせ

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野崎まいりは屋形船で参ろ♪

2023-05-03 | おでかけ・近畿
昭和初期の歌謡曲『野崎小唄』さながらのマンホール見ました。





1週間前4/26夕方のローカル番組で野崎詣り映ってました。
行ったことなくともしみこんでる昔の歌謡曲。
えみちゃんにメールしたら一緒に行ってくれるって。

朝9時に京阪守口市駅ホームで待ち合わせ。

JR片町線野崎駅から700mの門前参道には露天商準備中。
9:38


帰る時10:41同じ位置から


コロナ対応が変わって世間はGW真っ盛り。
境内だってお詣り列ずーっと続いてましたもん。
早く行って正解でした。



『野崎小唄』


野崎参りは 屋形船でまいろ
どこを向いても 菜の花ざかり
粋な日傘にゃ 蝶々もとまる
呼んで見ようか 土手の人


野崎参りは 屋形船でまいろ
お染久松 涙の恋に
残る紅梅 久作(きゅうさく)屋敷
今も降らすか 春の雨


歌詞の説明によれば、

江戸時代の野崎参りでは、寝屋川を行く屋形船の乗客と、川沿いの土手を歩いていく人々との間で、互いを冷やかしたり罵ったりする「ふり売り喧嘩」という口喧嘩の風習があったという。

これはあくまでも口喧嘩だけで、決して石を投げたり手を上げたりしてはいけないという暗黙のルールもあったようだ。

『野崎小唄』一番の歌詞で「呼んで見ようか 土手の人」とあるのは、この「ふり売り喧嘩」の風習を踏まえたもの。上方落語「野崎詣り」でも大きく取り上げられている。


二番の歌詞にある「お染久松 涙の恋に」とは、江戸時代に心中事件を起こしたとされるお染と久松のこと。

江戸時代の人形浄瑠璃や歌舞伎の人気演目として様々な作品に登場するが、『野崎小唄』と関連が深いのは、安永9年(1780年}に初演された近松半二『新版歌祭文』(しんぱんうたざいもん)における「野崎村の段」。