秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
不思議だなと思う心、いつまでも忘れずにいたいな

24)囃し言葉の不思議

2009-03-07 | 古代史のミステリー
旅の予習で「ゾグド人」で検索しているうちに興味深い話を見つけたのでご紹介します。

桃太郎の歌5番と6番に「えんやらや」と掛け声のような歌詞があります。

おもしろい おもしろい
のこらず鬼を 攻めふせて
分捕物を えんやらや

万々歳 万々歳
お伴の犬や猿雉子は
勇んで車を えんやらや

この「えんやらや」
ヘブル語では、「エァニ ア リャ リャー」
ここから「エンヤラヤー」に転化したのではないかという説があり、「他人はいざ知らず、我こそはエホバを賛美たてまつる」という意味だそうです。

また神輿の周囲では囃し立てる言葉にはいろいろあります。
日本語としては意味不明でも、古代ヘブル語とすると、
「ヨーオン ヨーヤサー」(ヤーウェなる主は造り主、主は救いたもう)
「ヨイショオ」(主、彼を助けたまえ)
「エンヤーラヤー」(「エアニ・ハレルヤ」私は、ヤーウェーなる主をほめまつる

「ヤッショ ワッショ ヨイヨイ ヨホホエ ヨエドナ ヨヤサット アリャリャ コリャリャ イヤサガサッサイ」など、
神輿をかつぎながら天地の創造主をほめたたえていた?

日本各地の民謡の囃子詞には、「ヤー」「ヨー」「ヤウ」「ヤーエ」など、
ユダヤ王国滅亡以降にはつかわれなくなったハヤウェの神の古名も歌い込まれています。

「羅漢さんが揃ろうたら 廻わそうじゃないか ヤウエ ヤシアノ ヤウエ ヤシア」
古くから奈良県、宮城県、秋田県で歌われてきた童歌も、日本語では意味不明です。

「ヤウエヤシアノ ヤウエ ヤシア」は、
「ヨイヤサーノ ヨイヤサー」とか、
秋田県では「ジョー ヤサノー ジョー ヤサー」と歌われて残っているそうです。

これもヘブル語なら
「主は我らの救いの神なり、主は救いの神なり」と言う意味となります。


伊勢音頭「伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ、ヨーイヨイ
尾張名古屋はヤンレ城で持つ
ササ ヤートコセー ヨーイヤナ アリャリャ コレワイセ コノナンデモセ」

モーセの姉の紅海渡歩の後の歌はヘブル語で次のように歌われます。
「シャシャ ヤー トコーシェル ヤーエ ヨハナン アハレリャー コレ ワイシェ コーノ ナギイト モシェ」

伊勢音頭(ヘブル語)その意味として併記すると
ササ(シャシャ)汝ら喜べ喜べ
ヤートコセー(ヤー トコー シェル)主は仇を海に投げたまえり
ヨーイヤナ(ヤーエ ヨハナン)主はあわれみ深くいますなれ
アリャリャ(アハレリャー、ハレルヤー)我、主をたたえまつらん
コレワイセ(コレ ワイシエ)彼は呼び出しかつ救い給えり
コノナンデモセ(コーノ ナギイド モシェ)彼は立てたまえりモーセを

イスラエルの民が紅海を渡った時の感謝の歌と伊勢音頭、
実に不思議です。

知らず知らずのあいだに、日本古来から歌い継がれた言葉の中にヘブル語を用い、
聖書の神、天地の創造主、唯一の神を古代から崇めて歌ってきたのかもしれません。

以上は岩手県一戸町出身の神学博士・川守田英二『日本ヘブル詩歌の研究』(1956)
ヘブライ語の衝撃的な説は1950年代に一度全国的に有名になったそうです。

「古代のヘブル語は、BC586年南ユダ国がバビロン帝国に滅ぼされた時から、次第に商業用の言語であるアラマイク語に移行していった。
そして古代ヘブル語は、AD2~3世紀の頃にはほとんど語り言葉としては失われていたと言う。
キリスト出現の頃の公用語は、コイネーギリシャ語となっていた。
しかし、不思議なことに日本に古くから伝わる民謡の囃言葉の中には、
そのままヘブル語で意味の通ずる言葉が多数見いだされているのである」

あなかしこ(アナー カシイドコ)恩寵汝らにあらんことを祈る
さらばー(サラマー)平安汝らにあれ
さいならー(サイルニアラー)汝の行く処、汝の仇人は追払われよ

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