2011年3月11日、東日本大震災の大津波により、石巻市立大川小学校では多くの子どもが亡くなった。地震が起きてから約50分、逃げもせずただ校庭に置かれていた子どもたち。逃げようとしたところに、津波が襲い、多くの子どもが帰らぬ人ととなった。
この件については、以前にも書いたことがある。学校管理下において、本来ならば子どもたちの安全を確保しなければならないのに、学校は子どもたちを守る方針を立てないまま無為に過ごし、多くの子どもを死なせてしまった。
以前に書いた内容は、なぜ教員たちが適切な方針をたてられなかったのかについて論じた。学校の中にある「上意下達」の構造が、教員の自主的な意見表明を押さえ込み、校長不在(校長は年休)の中最終決定できなかったのではないかと記した。
この本は、その日不在であった校長、そして教育委員会の遺族等に対する対応や、この事件に関する調査の杜撰さなどを記したものだ。
教育委員会の責任回避のための様々な姑息な動きは、どこでも同じ。そういう人物が教育委員会の事務局を担い、その後校長などに昇任していく。
全国ほとんどの学校は、文科省→県教育委員会(市町村教育委員会)→県立学校(義務教育諸学校)という、中央集権的な「上意下達」が貫徹している(もちろん教師集団の力があるところは、上からの圧力を跳ね返している)。
大川小学校の悲劇とそのあとの対応は、このような構造の所産であると思う。
なお、この本は内容が冗長。300頁もいらない。
この件については、以前にも書いたことがある。学校管理下において、本来ならば子どもたちの安全を確保しなければならないのに、学校は子どもたちを守る方針を立てないまま無為に過ごし、多くの子どもを死なせてしまった。
以前に書いた内容は、なぜ教員たちが適切な方針をたてられなかったのかについて論じた。学校の中にある「上意下達」の構造が、教員の自主的な意見表明を押さえ込み、校長不在(校長は年休)の中最終決定できなかったのではないかと記した。
この本は、その日不在であった校長、そして教育委員会の遺族等に対する対応や、この事件に関する調査の杜撰さなどを記したものだ。
教育委員会の責任回避のための様々な姑息な動きは、どこでも同じ。そういう人物が教育委員会の事務局を担い、その後校長などに昇任していく。
全国ほとんどの学校は、文科省→県教育委員会(市町村教育委員会)→県立学校(義務教育諸学校)という、中央集権的な「上意下達」が貫徹している(もちろん教師集団の力があるところは、上からの圧力を跳ね返している)。
大川小学校の悲劇とそのあとの対応は、このような構造の所産であると思う。
なお、この本は内容が冗長。300頁もいらない。