強い雨音で目が覚めた。土砂降りということばがぴったりするような雨音である。▲昨日は雨が降る前まで畑にいた。野菜の苗は水をたっぷり吸うと大きく生長する。雨が降る度に苗は大きくなる。しばらく雨が降らなかったので、毎日如露で水遣りをするのであるが、それは気休めにすぎない。というのも、如露でかけた水は土の表面だけを湿らし、土の中まで入っていかないからだ。そのため、小さな苗は雨が降る前、あるいはその直後に植えるのがよい。そう思って大粒の雨が降り出すまで畑で作業をしていたのだ。▲しかし野菜の苗も生長するが、雑草はもっと元気がよい。雑草は雨がなくとも生長し、降ればさらに大きく生長する。日本の農業は雑草との闘いである。昨日もニンニクを収穫しながら、その後を耕す。その際にはスギナとその長く伸びた根を除去していく。スギナはどんなに根ごと抜いても、毎年生えてくる。とはいえ、毎年毎年抜いていけば減ることは減る。しかし少し手を抜くとすぐに復活するし、雨が降ればほかの雑草も生長する。時に畑に行って驚くことがある。土が露出していたはずなのに、雨後に行ってみるとみどりに覆われている、そういう光景を何度も経験した。とにかく日々雑草を除去しながら農業は行われる。▲台風到来時や土砂降りの時はいつ頃去るのかと、ネットで雨雲レーダーを見る。土砂降りの時は、オレンジないしは赤色で示される。5分ごとに更新されるので、雨の動きをある程度予想することができる。土砂降りの領域は東に去っていく。いまは駿河湾から富士市、山梨県方面にある。遠州地域はいま濃い青であるが、いずれその雲も去っていくことだろう。すでに紀伊半島には雨雲はない。▲もうひとつ強い雨で困ることがある。私は花も育てている。バラが雨滴の重みでぐったりしている。キンセンカも道路に倒れかかっている。雨が止んだらそれらを起こして細い金属製の棒で支えてやらなければならない。雨が止んでみずから立ち上がる花もあるが、そのままのものもある。植物との付き合いはなかなかたいへんである。▲雨雲レーダーの青色が水色になりつつある。雨足もじきに通り過ぎるだろう。そうなったら出動である。
『朝日新聞』に「退職願2度認めず→突然の解雇通告 その日に命絶った夫」という記事があった。リードは、「男性(当時46)が自殺したのは職場でのパワハラが原因だったとして、男性の妻らが勤務先の給食センターを運営する「エイエスワイ」(青森市)に損害賠償を求めた訴訟が15日、仙台高裁で和解した。同社は解雇により男性に精神的苦痛を与えたことを認め、妻らに和解金2400万円を支払う。給食を作ることが大好きだった夫はなぜ自殺したのか。悲しみを抱え続けた妻が、胸中を明かした。」である。
「原告らによると、自殺したのは平内町の花田司さん。勤務先のエイエスワイは当時、平内町から委託を受けて町内の学校給食の調理や輸送をしており、町の職員がセンター長を務めていた。花田さんは1999年から勤務し、2012年からは主任を務めていた。
14年、従業員同士で無視し合ったり従業員が花田さんに反抗的な態度をとったりするようになり、花田さんは会社に改善を求めた。しかし、従業員と面談した社員は花田さんが女性従業員と交際しているなどのうわさを聞いたとして、事実関係を確認しないままに花田さんに注意したという。その後、数人の従業員が退社した。
従業員の態度はその後も改善されず、花田さんは食欲が減ったりめまいを訴えたりするようになった。花田さんは2度にわたり退職したいと会社に申し出たが、認められなかったという。ところが15年6月12日、花田さんは会社から「多数の人員異動の原因を作った」として、即時解雇を言い渡された。
その日の夕方、花田さんは自宅で命を絶った。」
ここに悪しき日本社会の特質が見える。
一定の集団に、ある「空気」が醸成されると、集団の構成員はその「空気」に支配される。どんよりとした「空気」が集団を覆う。他に数人の従業員が退社していったというから、花田さんだけがその「空気」を感じていたわけではなさそうだ。花田さんと彼らとの違いは、彼らが退社していったことだ。花田さんは「退社できなかった」。
しかし「退社できなかった」ということは、現代日本社会では法的にはあり得ないはずなのだ。「退職の自由」は権利として存在している。退社を通告するだけで、それは成立する。それができなかった、ということは、そのエイエスワンという会社がいわゆる“ブラック企業”であるということであり、トップが町の職員なら、その町役場も“ブラック”であったということである。
花田さんは仕事が好きであり、また「主任」という立場であった。その点で責任感を強く持っていたのだろう。「退社」できなくとも、行かないようにすればよかったのだが、花田さんはそれができなかった。
職場に醸成された「空気」を誰も破壊しようとしなかった。破壊するべきまず第一の当事者は経営者でなければならない。しかし、経営者はそういうことに無頓着である。日本的風潮、「波風を立てたくない」があるからだ。この場合の経営者は町の職員。役場のひとつのポジションとしてその職はあり、「波風」が立てばその後の彼のポストに傷が付く。だから見て見ぬ振り、改善に手をつけない。
そういう「空気」をまったく顧慮しない従業員が二人くらいいれば、と思う。私は「出る杭は打たれる」に対して、「出過ぎた杭は打たれない」という考え方で生きてきた。もちろんそういう生き方は「出世」とは無縁である。しかしこれほど自由な生き方はない。
以前、東日本大震災で津波に遭って多くの子どもの犠牲が出た石巻市の大川小学校に行ったことがあり、その経緯を調べた時、私がいれば救えたと思った。校長が不在という中で、教員等が校庭でどうしようかと思い悩んでいた、すぐそばに山があるのに、津波が到来する直前に川の方に向かっていくという謝った判断をしたのだ。誰も判断をしないという「空気」。責任をとりたくないからだ。山に逃げようという意見があったがそれは採用されなかった。山に逃げた人だけが助かった。どんどん子どもを山に逃がせばよかったのだ、子どもがケガをしたらごめんなさいすればよい、死ぬよりかずっとマシだ。
ある種の悪しき「空気」を破壊するパワーを持つべきだ。あるいはそこから脱出する「勇気(?)」を。悪しき「空気」の下で、善人ぶることはない。
良き人であった花田さん。責任感が強い善良な性格であったために死に追い込まれた。闘うことができなかった。闘う組合(仲間)があれば違っていたなあ。いまは、闘う組合はほとんどなく、残っているのは「御用組合」だ。こういう時代、個人が強くならなければならない。「出過ぎた杭は打たれない」のである。それもまた日本社会の「空気」である。
「原告らによると、自殺したのは平内町の花田司さん。勤務先のエイエスワイは当時、平内町から委託を受けて町内の学校給食の調理や輸送をしており、町の職員がセンター長を務めていた。花田さんは1999年から勤務し、2012年からは主任を務めていた。
14年、従業員同士で無視し合ったり従業員が花田さんに反抗的な態度をとったりするようになり、花田さんは会社に改善を求めた。しかし、従業員と面談した社員は花田さんが女性従業員と交際しているなどのうわさを聞いたとして、事実関係を確認しないままに花田さんに注意したという。その後、数人の従業員が退社した。
従業員の態度はその後も改善されず、花田さんは食欲が減ったりめまいを訴えたりするようになった。花田さんは2度にわたり退職したいと会社に申し出たが、認められなかったという。ところが15年6月12日、花田さんは会社から「多数の人員異動の原因を作った」として、即時解雇を言い渡された。
その日の夕方、花田さんは自宅で命を絶った。」
ここに悪しき日本社会の特質が見える。
一定の集団に、ある「空気」が醸成されると、集団の構成員はその「空気」に支配される。どんよりとした「空気」が集団を覆う。他に数人の従業員が退社していったというから、花田さんだけがその「空気」を感じていたわけではなさそうだ。花田さんと彼らとの違いは、彼らが退社していったことだ。花田さんは「退社できなかった」。
しかし「退社できなかった」ということは、現代日本社会では法的にはあり得ないはずなのだ。「退職の自由」は権利として存在している。退社を通告するだけで、それは成立する。それができなかった、ということは、そのエイエスワンという会社がいわゆる“ブラック企業”であるということであり、トップが町の職員なら、その町役場も“ブラック”であったということである。
花田さんは仕事が好きであり、また「主任」という立場であった。その点で責任感を強く持っていたのだろう。「退社」できなくとも、行かないようにすればよかったのだが、花田さんはそれができなかった。
職場に醸成された「空気」を誰も破壊しようとしなかった。破壊するべきまず第一の当事者は経営者でなければならない。しかし、経営者はそういうことに無頓着である。日本的風潮、「波風を立てたくない」があるからだ。この場合の経営者は町の職員。役場のひとつのポジションとしてその職はあり、「波風」が立てばその後の彼のポストに傷が付く。だから見て見ぬ振り、改善に手をつけない。
そういう「空気」をまったく顧慮しない従業員が二人くらいいれば、と思う。私は「出る杭は打たれる」に対して、「出過ぎた杭は打たれない」という考え方で生きてきた。もちろんそういう生き方は「出世」とは無縁である。しかしこれほど自由な生き方はない。
以前、東日本大震災で津波に遭って多くの子どもの犠牲が出た石巻市の大川小学校に行ったことがあり、その経緯を調べた時、私がいれば救えたと思った。校長が不在という中で、教員等が校庭でどうしようかと思い悩んでいた、すぐそばに山があるのに、津波が到来する直前に川の方に向かっていくという謝った判断をしたのだ。誰も判断をしないという「空気」。責任をとりたくないからだ。山に逃げようという意見があったがそれは採用されなかった。山に逃げた人だけが助かった。どんどん子どもを山に逃がせばよかったのだ、子どもがケガをしたらごめんなさいすればよい、死ぬよりかずっとマシだ。
ある種の悪しき「空気」を破壊するパワーを持つべきだ。あるいはそこから脱出する「勇気(?)」を。悪しき「空気」の下で、善人ぶることはない。
良き人であった花田さん。責任感が強い善良な性格であったために死に追い込まれた。闘うことができなかった。闘う組合(仲間)があれば違っていたなあ。いまは、闘う組合はほとんどなく、残っているのは「御用組合」だ。こういう時代、個人が強くならなければならない。「出過ぎた杭は打たれない」のである。それもまた日本社会の「空気」である。