浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

本多勝一

2024-10-03 14:25:15 | メディア

 『週刊金曜日』を創刊した本多勝一。創刊時から編集委員として彼の名前がいつも印刷されていた。しかし、今彼の名はない。

 本多勝一という名は、わたしにとって重要な人物であった。

 母は、ずっと『朝日新聞』を購読していた。だからわたしも、『朝日』を読みつづけた。連載記事が好きだった。本多勝一は、アラビア遊牧民、ニューギニア高地人などを取材、それは『極限の民族』という単行本として出版された。本多のルポルタージュは『朝日』の紙上に何度も掲載され、わたしはそれを読みふけった。そして単行本になれば、それを買い求めた。今もそれらは書庫に並んでいる。

 わたしと同世代の人間は、本多勝一の文を読んで育った。大学卒業後に知り合ったメディア関係者は、申し合わせたように、本多勝一を読んでいた(また共同通信の斎藤茂男の本も、わたしは好きだったが)。本多に影響されて新聞記者になった者もいた。だから、彼らとの話には、かならず本多の名がでてきた。

 それほど本多勝一は、私たちの世代の精神的な、あるいは知的な成長において、重要な存在である。

 わたしの文の書き方も、本多の『日本語の作文技術』に拠る。いろいろな『文章入門』を読んだが、本多のそれがもっとも、他者に理解しやすい文の書き方を教えていると思ったからだ。

 さて今日、『地平』11月号が届いた。最初に読んだのが、「朝日はもう人生のパートナーではない」である。何度も書いているが、わたしは小泉の郵政選挙の際の社説を読んで、その日に『朝日』の購読をやめた。ものごころついてから、ずっと『朝日』を読んでいたのだが。

 最近辞めた『朝日』の記者二人のことが書かれていた。そのひとり、当時静岡支局にいた阿久沢さんからは、大杉らの墓前祭について取材を受けたことがある。『朝日』の記者、といってももうやめた人も多いが、知り合いが多い。みな能力のある優秀な記者であった。そういう記者がいられないような状態を、『朝日』はつくっている。『朝日』はもったいないことをしていると思う。

 凋落する『朝日』の復活は、もうないだろう。『朝日』自体が、全国紙としてのリベラルな言論機関という立場を放棄しているからだ。今後は不動産企業として生きて行くことになるだろう。「朝日不動産」か、いいじゃないか。

 ジャーナリズムは、今や『東京新聞』、地方紙、そしてデモクラシー・タイムスなどのネット、さらにTansaなどに集うジャーナリストに支えられている。

 

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歴史認識を問われる本

2024-10-03 13:11:33 | 

 わたしがもつ歴史認識を鋭く問うような本や話を、わたしは求めている。日本近現代史というわたしが主に学んでいる(最近は研究をしていない、ただ学び続けているだけである)分野でも、そうした刺激あるものがなくなっていると思わざるを得ない。

 今私は、担当している歴史講座の準備をしているが、そこでは浜田知明という画家をとりあげる。彼には、「初年兵哀歌」というシリーズがあるが、画家として何を描こうとしていたのか、を考えている。浜田知明の展覧会は、今まで四回行き、その都度図録を購入している。そのため、材料にはことかかないのだが、彼の絵からも、日本の「戦争」に対する歴史認識が鍛えられる。

 従軍して何を見るのか、あるいは自分自身の脳裡に何が刻印されるのか。それは個人個人に任される事柄であるが、主体としての浜田が見たものを、あるいは刻印されたものを考えることによって、戦争の本質をうかがうことはできはしないか。

 そういうことを考えながらいたときに、岡真理、藤原辰史さんらによる『中学生から知りたいパレスチナのこと』(ミシマ社)を知った。さっそく図書館から借りてきて読んでいるのだが、これは購入して読むべきものだと思った。わたし自身の歴史認識をびしびしと問い詰めるのだ。知らなかった事実が次々と突きつけられる。それらの事実は、それぞれが重く、すぐには咀嚼できないのだが、少なくともわたし自身が持っていた歴史認識が激しく動揺していることを感じる。

 素晴らしい本である。多くの人に読んでもらいたいと思う。

 この本は『週刊金曜日』9月27日号で知った。その書評の最初、藤原さんの「そもそも、歴史学そのものが、人間の足跡と尊厳を簡単に消すことができる、人の生きてきた痕跡をなかったことにできる暴力装置である・・」が引用されていて、歴史学に多少とも関わってきたわたしとしては、この記述に驚かされたのである。早速読まなければならないと思った。

 こういう歴史認識を揺るがすような研究がおこなわれなければならないのだが、わたし自身は一線から身を引いているので、何とも言えない。せめてみずからの属する研究会こそ、そういう研究を、と思っているのだが、その動向を見ていると、あまりにも専門的な研究ばかりに偏っている。

 わたし自身は、問題意識が鋭角的であればあるほど良い研究ができると思いながら研究してきたが、そういう姿勢は、「時代遅れ」なのかも知れない。

 

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