ミシマ社の『中学生から知りたいパレスチナのこと』は、新たな歴史認識に誘う良書である。以前にも紹介したが、パレスチナ問題を考えるにあたって、この本はもっとも本質的なことを記していると思う。記されていることに、立ち止まって考えるという体験は、本を読んでいてあまりないが、本書は様々な気づきを与えてくれた。
引用された埴谷雄高のことば。
「敵は制度、味方はすべての人間、そして認識力は味方の中の味方、これが絶えざる死の顔の蔭に隠れて私達ののあいだに、長く見つけられなかった今日の標語である。」(『幻視のなかの政治』未来社)
敵は、すべての人間のなかに区別をつくりだし、差別して分断していく。その手段として、いろいろな制度を生みだす。国境もその一つだ。また言説も、「敵」がつくりだすものならば、それは制度に他ならない。つくられた制度は、さらに区別する力を強化し、それを差別化し、分断を強めていく。
イスラエルに移民として入植してきたユダヤ人の多くは、中・東欧からが多いという。その地域は、「流血地帯」(blood land)といわれるそうだ。
わたしは今、『ナチズム前夜 ワイマル共和国と政治的暴力』(原田昌博、集英社、2024年)を読んでいるが、ワイマル共和国時代、ドイツ国内では、同国民を殺傷する暴力事件が頻繁に起きていたことを知って驚いたが、そのドイツの東側の地域は「流血地帯」と呼ばれ、まさに多くの血が流されていた。他人の血を流すことに何の痛みも感じない、そうしたことに慣れたユダヤ人が、シオニストとなってイスラエルを建国し、担ってきたのである。
イスラエルの果てしない暴力をみつめるということは、欧米の歴史をひもとくことにならざるを得ない、ということになる。
ユダヤ教徒であるとしてのみあったユダヤ人、しかしそのユダヤ教徒を「中東に由来するセム人」だとして、ユダヤ教徒を単なる宗教的な存在としてではなく、「人種」として区別し差別するという動きが、近代になって生まれた。シオニストのユダヤ人は、それを利用し、みずからをセム人として措定し、だから私達はパレスチナに祖国を持つ権利があると主張し、イスラエルという国家をつくった。
人種概念を創造したのは、欧米である。そしてイスラエルは、「入植者植民地主義」国家で、植民地主義も欧米原産であり、さらに「優生思想」もである。まさにナチズムの思想は、西欧由来のものであった。
それらをイスラエルという国家がまとめ、パレスチナ人を攻撃し殺戮している。
イスラエルの問題は、欧米近代史のなかから生まれてきた。パレスチナ問題を考えるということは、西欧近代史をさかのぼることになる。
きわめて知的刺激にあふれた本である。この本は、図書館から借りてきたが、返却して購入するつもりである。